性別を問わず国民の25人に1人、若い女性に限定すれば3人に一人が美容クリニックに通うという韓国。激戦区であるソウル・江南エリアにはクリニックが500店舗以上ひしめき、ビル1棟がまるごと美容外科ということも珍しくないという。なぜ韓国は、ここまで美容医療大国になったのか。韓国文化に詳しいスンジュン氏に話を聞いた。
まず驚くべきは、その施術ハードルの低さだ。
「日本だと『今日、肌管理しに皮膚科行ってくるわ』って人、あんまりいないですよね。でも韓国では、それが当たり前になりつつある。日本でイメージしやすいように言うと、『そろそろ美容室行かなきゃ』『今日、ちょっとマッサージ行こうかな』くらいの感覚で美容クリニックに行くんです」
それは数字にも如実に表れている。米調査会社ギャラップの調査では、19~29才の女性の3人に1人が、整形や肌管理など何らかの施術を経験したと答えたという。
「お金持ちの子供とかになると、中学生くらいから通っていてもまったく変ではない。ニキビができたからクリニックで肌をみてもらおう、くらい気軽な場所。ただ手術となると18才を超えないとできないものもありますが、高校の卒業祝いに二重にするなんて子もいます」
根っこにあるのは、韓国社会に深く根づいた外見至上主義だ。それを象徴するのが、就職活動の証明写真だという。
「日本にも”盛れる”証明写真の機械はありますけど、せいぜい肌を明るくする程度の補正で、そこまでガッツリは変えられないじゃないですか。でも韓国は、お店が加工してくれるんです。シワを消したり、顎を鋭くしたり、目を大きくしたり。もはや何を証明するんだろうみたいな(笑)。
でも、就活の書類審査などではガッツリ顔で判断されることが多いので、写真がイケてないと同じスペックの人に負けてしまう。書類審査で『この子可愛い』なんて言って、実際に面接に来たら全然違う人が来てびっくり、なんて話もたまにあったりします」
江南に500店舗 芸能人がビルごと持つ理由
その需要を受け止めるのが、ソウルの江南エリアだ。
「江南区は、日本でいう港区みたいな場所なんですけど、そこだけで美容クリニックが500店舗くらいある。これは世界最高レベルの密度らしいです。ビル1棟が全部美容外科、なんてことも普通にある。駅の壁の広告も、全部クリニックで埋め尽くされています」
秋葉原が”電気街”なら、江南はさしずめ”美容クリニック街”。そしてこの一帯は、韓国の富裕層にとって垂涎の投資先でもある。
「例えば芸能人は、幼い頃から芸能活動をやっている人が多いので、ビジネスの手腕や投資の知識が特別あるわけじゃない。だから韓国でいちばん安定した固定収入が得られる資産、つまり不動産にお金が向かうんです。自分のビルを持つのは、もう全国民の夢ですから。そして、テナントに入るのは美容クリニック。これが、家賃収入として最も安定するといっても過言ではありません。不動産という韓国最大の投資先に、クリニックの実需が完全にマッチしているというのも大きいと思います」
切らない手術が7割 夜の街は”パク・ソジュン”だらけ
では、実際にどんな施術が人気なのか。スンジュン氏の知人の美容外科医によれば、女性で最も多いのは二重で、目の手術が全体の約2割を占める。次いで鼻、胸と続く。
「ただ、メスを入れる整形がメインってわけじゃないんです。切らない手術が全体の7割以上で。ボトックス、フィラー、糸リフトとか、ダウンタイムが少ないものが好まれる。がっつり整形というより、肌管理やシワ取りに軽く行くっていう感覚が主流ですね」
男性のトレンドはまた違う。
「男性は鼻がいちばん多いかな。江南を歩いてると、高身長で目が細くて、鼻だけめちゃくちゃ高いなんて人をよく見ます。最近は一重が人気で、糸目塩顔の鼻筋イケメンが理想とされてるんです」
憧れの的は、ドラマ『梨泰院クラス』で主演を務めたパク・ソジュンだ。
「彼が昔のドラマでやってた、片側をペタッとつけて前を垂らす髪型がめちゃくちゃ流行った時期もありましたね。梨泰院や江南の夜の街、ナンパ居酒屋みたいなところに行くと、男の8割くらいがその髪型ですよ。みんな同じ」
これだけ広がれば、価格は当然下がる。
「ありえない密度でクリニックが固まってるので、結局は価格競争になるんです。『うちが1番安いですよ』を始めると、どんどん相場が下がる。今は本当に安くなってて、それはそれで美容業界も大変らしいですね」
日本人客は世界一 それでも消えない”ゴースト手術”
海外に目を向ければ、この市場の最大の顧客は日本人だという。
「’24年の医療観光客120万人のうち、45万人が日本人で、外国人ではダントツの1位なんです。そのうち31万人くらいが皮膚科の患者で、3分の2は肌管理が目的。残りの3分の1が整形しに来てる感じですね」
背景には、韓国政府が美容医療を国策として後押ししている事情がある。
「国が外国人向けに『韓国へ美容医療を受けに来てください』って策を取ってるんです。技術も今は世界一ですし。滞在費や航空費を入れたら日本でやるのとそこまで変わらないんですけど、それなら韓国旅行のついでに受けられる方がいい、と」
ただ、光があれば影もある。医療事故と、執刀医をすり替える”ゴースト手術”だ。
「’23年に、男性が顔の手術中に大量出血で亡くなった事故があって。有名な先生がカウンセリングだけして、実際は経歴の浅い医者が執刀してたんです。同意書のサインも本名ではなくあだ名で、本人確認すらされてなかった。杜撰な体制がかなり非難されました」
この一件で取り締まりはさらに厳しくなり、美容クリニックのクリーン化はどんどん加速。正規のコーディネーター登録制度も厳格だ。それでも、無登録の違法ブローカーは約2000人いるとされ、「どれだけ取り締まってもヤバい奴はいる。日本の方も、クリニック選びはきっちりとお願いします」とスンジュン氏は喚起する。
「現地に旅行会社を作って、整形と観光をパッケージで抱き合わせて、こっそり売るんです。そういうクリニックには気をつけた方がいいですね。もっとも、韓国政府がいま最も力を入れている施策でもあるんで、強引な勧誘やぼったくりは日本よりずっと少ない。なにせ取り締まりが厳しく、発覚すれば即閉院ですからね」
国民25人に1人が通い、世界一の技術と謳われる美容大国・韓国。きれいでいることは、もはや身だしなみなのだ。

【スンジュン氏】
韓国ソウル生まれ。京都大学総合人間学部(脳科学、生理学、言語学専攻)卒業。大学卒業後、2年間の兵役を経て株式会社リクルート入社。翌年に起業。韓・日・英・中の4カ国語を操る。YouTubeチャンネル「韓国語は発音が9割」を運営し、オンライン韓国語スクール「K-PRO」主宰。韓国語や韓国文化、韓国エンタメに関する情報を発信している
文/桜井カズキ
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