東南アジア・マレーアシアは在住日本人が約2万人と世界でも14番目に大きな日本人コミュニティがあり、イオンやダイソー、ファミリーマートなど日系企業も進出している。当然、マレーシアでは日本の食べものは広く認知されている。
日本の飲食との接点も多く、元首相のマハティール氏が日本のパンを好んで自ら店を開いたり、旅行に出かけて和食のおいしさに感動したひとが飲食店を始めたりという逸話にも事欠かない。今回はイスラム教徒にも受け入れられている「すき家」を紹介する。
マレーシアで「牛丼」といえばすき家?
すき家は2012年にマレーシアに出店、首都クアラルンプールを中心に24店舗がある。海外ではマレーシアが4か国めの出店だ。メニューは牛丼、カレーのほか、日本の店にはないラーメンがあるのが特徴だ。

すき家マレーシアの主力は牛丼で、店内にはJapanese No.1 Beef Bowlという表示がある。同じく牛丼でチェーン展開している吉野家は、すき家進出の3年後、2015年にマレーシア1号店を開いている。

ところで、もし外国人に牛丼は何かと尋ねられたら、あなたはどう答えるだろう。すき家では牛丼をGyudon beef bowlとよぶ。公式ウェブサイトにはマレーシア人向けに「牛丼ってなに?」という説明コーナーがあって興味深い。ちなみに牛肉はオーストラリア産だ。
「『東京丼』は、薄切りのやわらかい牛肉を風味のある甘口のおいしいスープで煮込み、香りよくしっとりした日本風ごはんにのせた、最高の組み合わせです。」
世界の米の8割は、炊いても粘り気の少ない長粒種だ。わざわざ「日本風ごはん」と断っているのは、牛丼に使っているのは甘くて粘り気のあるジャポニカ米だという説明であり、「東京丼」としてあるのも、牛丼は日本の食べものだというアピールだろう。
「すき家マレーシア」のご当地メニュー
マレーシアのすき家で目を引くのは、「スモーキーバターミルク牛丼」だ。説明によると「ほのかにスモーキーな風味を加えた、クリーミーなバターミルクソース」を牛丼にかけたもの。
なぜ牛丼にソースが必要なのか?という疑問はさておき、注文してみる。Sサイズ(14.80リンギ、約592円)を注文した。標準のMサイズなら15.90リンギ(約640円)だ。
スモーキーバターミルクのシリーズには、牛丼のほかに「スモーキーバターミルクチキンカツ丼」「スモーキーバターミルクカレー」があり、漬物と味噌汁がついたセットにもできる。

地元では気軽な食堂なら10リンギ(約400円)もあれば麺料理や定食が食べられるから、価格帯は少々高めといっていいだろう。しかし、若者でも払えない額ではない。チェーン系のカフェなら紅茶やコーヒーもこのくらいはするはずだ。
店内には4人がけのテーブルが12卓、2人がけが4卓あり、日本のようなカウンター席は見当たらない。卓上には、数人分をまとめて頼む「ファミリーセット」を勧めるメニュースタンドが置かれている。家族や友人と食事を楽しむ客を想定しているようだ。


マレーシアでは、日系のラーメン店でもファミリーレストランのような雰囲気のところが多い。牛丼やラーメンは日本では手早く済ませる食事でも、ここでは外国料理で、時間にも財布にも余裕のあるときに選ぶ店なのだろう。

陶器のどんぶりに盛られて、牛肉の上にとうもろこしと黄味をおびたソースがかかっている。これがバターミルクソースだ。
食べてみると、バターと聞いて想像していたほどの違和感はない。牛丼だけでもわたしには十分な味付けだが、バターミルクソースとからめて食べるといっそうコクが増す、といったところだ。なにしろマレーシア人は、ソースやドレッシングが大好きなのだ。
たとえばファストフード店では、ケチャップとチリソースが用意されている。多くのひとがディスペンサーからケチャップやチリソースを自由に小皿に取る。フライドポテトに、ケチャップやチリソースをたっぷりつけて食べるのだ。見ていると、たいていは小皿に山盛りで、2、3皿分のソースを使う客もいる。ポテトの塩味だけでは足りないらしい。
マレー系、中国系、インド系が暮らすマレーシアでは料理も3系統あり、いずれも味つけが濃い。共通するのは唐辛子の辛みが好まれ、「サンバル」という辛いソースが味の決め手としてよく使われることだ。
ふと見ると、すき家の卓上の薬味入れには刻んだ青とうがらしもあった。牛丼にのせるとピリリと辛く、マレーシア人には紅しょうがより好まれそうだ。卓上には食具を入れた箱があり、箸のほかにスプーンやフォークも用意されていた。箸を使う習慣のないマレー系やインド系の客への配慮と推測でき、こういうところに海外向けの工夫を感じる。

ハラール認証取得でイスラム教徒も来店
マレーシア在住の日本人の大半は、首都クアラルンプールとその周辺に住んでいる。このため日本発の飲食店チェーンや、日本人料理人のいる店は首都圏に多い。それでも、マレーシア人経営の日本食レストランなら各地にある。
その点すき家は、日本発の「本物」として地元で親しまれている印象がある。地元では少々高めの価格帯と先に書いたが、日本食レストランと比べればはるかに安い。
ここでいう「日本食」は、「和食」とは少し意味合いが違う。海外ではラーメンやたこ焼きも“日本の食べもの”として扱われていて、伝統的な日本料理よりかなり範囲が広い。
イポー店で意外に感じたのは、若いマレー系女性の姿が目立ったことだ。日本食レストランの顧客はたいてい、日本人でなければ中華系が多い。

イオンモール内の専門店やスーパーマーケットで働く店員にはマレー系が多いので、すき家も利用しやすいのだろう。マレー系はイスラム教徒だ。飲食では「ハラール」(戒律で許されたもの)かどうかを重視して豚肉やその加工品を食べず、酒類は摂らない。
マレーシアのすき家は、牛丼チェーンとしては初めてハラール認証を得ている。このため豚肉料理を扱っていない。一般にマレー系は、こってりとした味付けの肉料理を好む。日本食のなかでも牛丼やカレーはマレー系の嗜好に合っているのだろうが、すき家についてはハラール認証による安心感があることも見逃せない。

ハラールであるためには食材の輸送・保存、調理環境でも禁忌のものと接していないことが求められる。マレーシアの場合は、政府機関の宗教局が審査をして合格した場合のみ「ハラール認証」が与えられる。公的機関が保証するハラール認証を得るには手間も時間もかかるが、信頼度は高い。
ジャパニーズ・フードは、日本に住む日本人の知らないところで確実に世界に広がっている。
※1マレーシア・リンギ=約40円。内容は2026年5月の取材時点。
取材・文/森純
文筆業。出版社・国際協力NGOなどを経て、マレーシアに在住十余年。日本と東南アジアを往復しながら、複数拠点生活を営む現役バックパッカー。衣食住など、ひとの暮らしに興味があり、東南アジアの社会・生活文化の観察を新聞・雑誌・Web媒体、ラジオなどで紹介している。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。
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