熱海といえば温泉街。だが、いま若者たちがこの街を訪れる理由は、それだけではない。昭和の豪華リゾートホテルに泊まり、純喫茶でクリームソーダを味わい、夜はネオンが灯る歓楽街を歩く。
まるでタイムスリップしたような体験が、この街ではごく自然にできる。こうした魅力もあってか、2025年度の宿泊者数は過去最高を更新し、宿泊税ベースでも約349万人を記録した。
なぜ、生まれる前の時代にこれほど惹かれるのか。実際に熱海を歩きながら、その人気の理由を探ってみた。
豪華リゾートホテルから純喫茶まで。熱海で出会う〝生きた昭和〟
東京駅から新幹線で約1時間半。今回訪れたのは、熱海の海岸沿いに建ち、赤いロゴがひときわ目を引く「ホテルニューアカオ」だ。

1973年に開業した同ホテルは、高度経済成長期の熱海を象徴するリゾートホテル。創業者・赤尾蔵之助が「海の上のホテル」という前例のない構想を掲げ、断崖絶壁の錦ヶ浦に建設された。海へ張り出す大胆なロケーションとヨーロッパ調の豪華な館内は、多くの観光客を魅了し、昭和の熱海ブームを代表する存在となった。
その後、旅行スタイルの変化やコロナ禍などを経て2021年に閉館するも、多くの復活を望む声を受け、2023年に再びグランドオープン。昭和の面影を受け継ぎながら、新たな魅力を備えたホテルとして生まれ変わった。
館内でまず目を引くのは、ロビーの大きな窓越しに見える「ニューアカオ」の赤いロゴ。少し色あせた文字はホテルの歴史を感じさせ、昭和世代には懐かしく、若い世代には新鮮に映る。また、ロゴをあしらったTシャツやキーホルダーなどのオリジナルグッズも人気だ。

さらに注目したいのが、リニューアル後に誕生した「にぎわい横丁」。射的や輪投げなどの縁日ゲームや駄菓子、レトロ雑貨が並び、館内にいながら当時の温泉街文化を歩いているような気分を味わえる。他のエリアまで足を延ばさなくてもレトロな雰囲気を満喫できるほか、ホテルの近くには「熱海秘宝館」もあり、一帯で昭和カルチャーを楽しめるのも魅力だ。

ホテルには、モダンな「ホライゾン・ウイング」と、開業当時の姿を色濃く残す「オーシャン・ウイング」の2棟がある。昭和の世界観を味わうなら、ぜひ宿泊したいのは後者。赤い絨毯が敷き詰められたロビーや、オペラハウスを彷彿とさせるような巨大な扇状の劇場型レストラン「メインダイニング錦」には、きらびやかな昭和リゾートの空気がそのまま残されている。

純喫茶や商店街が当時の日常を映す場所なら、ホテルニューアカオは、高度経済成長期の日本が憧れた華やかなリゾート文化を体感できる場所と言えるだろう。歴史を残すだけでなく、「にぎわい横丁」のような体験型コンテンツを取り入れたことで、世代を問わず当時の空気を味わえる新たな名所となっている。


ホテルで昭和リゾートの華やかさを満喫したら、今度は街なかへ。熱海駅近くでぜひ立ち寄りたいのが、「展望レトロ喫茶 桃山館」だ。
店内には昭和の純喫茶を思わせる家具や当時のゲーム機、看板などが並び、どこを切り取っても絵になる空間が広がる。しかし、この店の魅力は昭和の再現だけではない。サーキットゲームを楽しめるコーナーや、平成世代の心をくすぐるアイテムが随所に配され、昭和と平成、二つの時代のカルチャーが自然に溶け合っている。





クリームソーダを片手に店内を眺めていると、昭和を知る世代には懐かしく、若い世代には新鮮に映る理由がよく分かる。〝昔はこうだった〟と振り返るだけではなく、世代を超えて同じ空間を楽しめるよう工夫されているのだ。
昭和を博物館のように保存するのではなく、現代の感性で楽しめるようアップデートしている。だからこそ昭和を知らない世代でも自然に入り込める。
こうした〝進化する昭和〟に出会えることも、いま熱海が支持される理由のひとつだ。
遊んで、食べて、歩いて楽しむ。熱海の昭和カルチャー
熱海の昭和カルチャーは、若い世代だけでなく、かつてこの街を訪れた人たちにとっても特別な存在だ。懐かしさと新鮮さが同居するスポットが多いのも、熱海ならではだ。駅前商店街を散策するのも楽しいが、少し足を延ばして熱海銀座へ向かってみたい。
江戸時代に温泉街の商業の中心として発展した熱海銀座は、昭和には新婚旅行や団体旅行ブームを背景に、多くの観光客でにぎわう熱海屈指の繁華街だった。
その後、旅行スタイルの変化などから一時は活気を失ったものの、近年は空き店舗のリノベーションや新たな店舗の出店によって再び息を吹き返し、現在では昭和の面影と新しいカルチャーが共存する街へと生まれ変わっている。
カップルや女子旅向けのスイーツショップが立ち並び、街歩きを楽しむ若者の姿も多く見られる。しかし、この街を訪れたなら、ぜひ立ち寄りたいのが、1952年創業の老舗喫茶店「ボンネット」だ。

創業者・増田博が1952年に開いたボンネットは、日本でハンバーガーがまだ一般的ではなかった時代から提供を続ける先駆け的な存在。谷崎潤一郎や三島由紀夫をはじめ、美輪明宏、トニー谷、越路吹雪など、数々の文化人やスターたちにも愛されてきた名店として知られている。
看板メニューのハンバーガーは、レタスと玉ねぎを別添えにする創業当時から変わらないスタイル。コロンビアをベースにしたオリジナルブレンドをサイフォンで一杯ずつ丁寧に淹れるコーヒーも、この店ならではの味わいだ。

純喫茶で昭和の喫茶文化に触れたら、次は昭和の遊び文化を体験してみたい。ボンネットから徒歩数分の場所には、昭和の遊び文化を今に伝える「ゆしま遊技場」がある。
店内には当時から使われているスマートボールや射的場が並び、レバーを弾く軽快な音やガラス球が転がる音、的を狙う乾いた銃声が響き渡る。デジタルゲームにはないシンプルな遊びだからこそ、世代を問わず楽しめる。


近年のレトロブームも追い風となり、熱海には若い世代や外国人観光客も数多く訪れている。一方で、かつて家族旅行や社員旅行でこの街を訪れた世代にとっては、懐かしい記憶を呼び起こす場所でもある。豪華リゾートホテルで華やかな時代の面影に触れ、純喫茶で昔ながらの味を楽しみ、遊技場で童心に返る。そんなふうに、昭和の暮らしやカルチャーを五感で味わえることこそ、熱海でしかできない体験だろう。
夜になると、熱海はもっと〝エモく〟なる
熱海の昭和レトロは、昼だけでは終わらない。日が暮れると街にネオンが灯り、温泉街は昼間とは異なる表情を見せ始める。
熱海銀座から徒歩数分の「なぎさ中通り」は、昭和の面影を色濃く残す歓楽街だ。入口に掲げられたレトロな太陽のシンボルをくぐると、年季の入った看板やネオンが並び、まるでタイムスリップしたかのような空気に包まれる。

この界隈には昔ながらのスナックやバー、居酒屋が今も営業を続ける一方、近年は古い建物をリノベーションしたカフェやビストロ、セレクトショップも増え、新旧のカルチャーが自然に共存している。昭和の風景を残しながら、新しい世代を惹きつけていることも、いまの熱海らしさと言えるだろう。

昭和から続くストリップ劇場「熱海銀座劇場」も、この街を象徴するスポットのひとつだ。温泉街の歓楽文化を今に伝える数少ない劇場として、夜の街に当時の面影を残している。
昼は華やかなリゾート文化に触れ、夜はネオンが灯る歓楽街を歩く。時間帯によって異なる昭和の表情に出会えることも、熱海ならではの魅力だ。
なかでも一度は体験してみたいのが、スナック文化。初めて訪れる人には少しハードルが高く感じられるかもしれないが、熱海には観光客を温かく迎えてくれる店も多く、〝スナックデビュー〟にもぴったりだ。
今回、筆者が訪れたのは地元でも人気の「スナック亜」。熱海の地酒を片手に、地元の常連客や旅行者との会話に花が咲き、気づけば時間を忘れて過ごしていた。観光スポットを巡るだけでは味わえない、人との交流もまた、熱海の夜ならではの醍醐味だ。



豪華リゾートホテルで当時の憧れに触れ、純喫茶で名物メニューを味わい、遊技場で童心に返り、夜はスナックで地元の人々と言葉を交わす。そんな一日を過ごせば、昭和は決して過去のものではなく、いまも街の暮らしの中に息づいていることを実感できるはずだ。
若者が熱海に惹かれる理由は、ただ昭和の風景が残っているからではない。〝見る〟だけではなく、〝過ごす〟ことで昭和を体験できる街だからだ。ホテルに泊まり、純喫茶でくつろぎ、遊技場で遊び、スナックで人と語らう。
そんな何気ない時間の積み重ねが、熱海の昭和を「過去」ではなく「いま」を楽しむカルチャーへと変えている。懐かしいのに新しい。その不思議な魅力が、世代を超えて人々を熱海へと引き寄せている。
取材・文/Tajimax
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