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模型好きの元アナウンサーとエコノミストが考察!人を惹きつける「タミヤ」の模型力

2026.08.23

DIME (ダイム) 2026年 9・10月合併号は「僕らのタミヤ再入門」特集!ホビー界の最先端を走り続ける模型メーカー・タミヤ。実物取材に基づく精密なスケールモデルにはじまり、RCカー、ミニ四駆、工作シリーズなど数々のエポックメイキングな製品と徹底したユーザーサービスにより、多くのファンに支持される同社の〝今〟に迫る。

特集の中から今回は、小さな町工場として旗揚げしたタミヤが、世界的模型メーカーとなった軌跡を紹介。タミヤ製品の歴史研究をつづける松井康真さんと、大のタミヤファンであるエコノミストのリチャード・クーさんと一緒にひもといていくことにしよう。

あの頃夢中になった思い出が蘇る!DIME最新号はタミヤの大特集、「レッツ&ゴー!!」激レア付録つき!

DIME最新号の特集はプラモデルからRCカー、ミニ四駆、工作まで僕たちを夢中にさせてきたタミヤ製品の魅力を約40ページのボリュームで大特集! 特別付録に合わせて…

タミヤ再入門

野村総合研究所研究創発
センター主席研究員
リチャード・クーさん
(左)
1954年生まれ、兵庫県神戸市出身。エコノミストとして多くの著作を上梓。趣味はカメラと模型作り。自作の飛行機模型を撮影した写真集『幻のドイツ空軍』を刊行した。

株式会社タミヤ
模型史研究顧問
松井康真さん
(右)
1963年生まれ、富山県南砺市出身。元テレビ朝日アナウンサー。2023年にテレビ朝日を退社。2024年、株式会社タミヤ模型史研究顧問、富山県南砺市アンバサダーに就任。

2人が訪れたのはタミヤのフラッグシップ拠点

TAMIYA PLAMODEL FACTORY TOKYO

[住]東京都港区新橋4-3-1新虎安田ビル1階
[営]平日(月〜金) 11:00〜20:00、土・日・祝祭日 10:00〜19:00

ジグザグに配置された高さ約4m、全長約100mの大きな商品棚に約6000アイテムが集まる。1/1 「ミニ四駆 エアロ アバンテ」などを展示するカフェスペースも併設する。

TAMIYA PLAMODEL FACTORY TOKYO

豊富な品揃えと物量に圧倒される。

TAMIYA PLAMODEL FACTORY TOKYO

必要な塗料や工具もここで揃う。

TAMIYA PLAMODEL FACTORY TOKYO

定期的に体験型イベントも開催。

創業間もなく日本一の木製模型メーカーに躍進

 2026年に創立80周年を迎えたタミヤは、国境や世代を超えて愛されるグローバルな総合模型メーカーだ。精密で品質が高く、組み立てやすいスケールモデルを中心に、RCカーやミニ四駆など、ホビーの常識を覆す数々のエポックメイキングな製品を多数生み出してきた。

創業者の田宮義雄氏が、木工産業の盛んな静岡市小鹿に、タミヤの前身となる「田宮商事合資会社」を設立したのは1946年のこと。一般建築用木材の加工・販売を行なう製材業としてスタートすると、2年後には木工部門を開設し、教育用教材として需要の見込める木製模型の製造にも着手した。

51年、漏電によって工場が全焼すると、53年には製材業を完全に廃止し、手持ちの端材などをいかした木製模型の専業メーカーへと舵を切る。木製とは思えない精巧なディテールが評判を呼び、艦船模型の分野では日本一のメーカーに躍進。58年には、創業者の次男であり、後にタミヤを世界的メーカーに育て上げた元会長の田宮俊作氏(2025年逝去)が、田宮商事に入社する。

最大のピンチを乗り越えプラモデルが大ヒット

 俊作氏は新製品の企画と設計を担当し、木製模型事業を軌道に乗せたが、それも束の間、’50年代後半にアメリカから、模型の概念を塗り替える黒船「プラモデル」が上陸する。当時の俊作氏の心境を松井さんは直接ご本人から聞いている。

「どんなに素晴らしい木製模型を作っても、プラモデルには勝てない。問屋からの注文が激減するのを目の当たりにし、木製模型の役目が終焉したことを痛感したそうです」(松井さん)

この大ピンチに創業者は、会社の生き残りをかけてプラモデル製造を決断。60年、タミヤ初のプラモデルとして、木製模型で人気の高かった『戦艦大和』を発売した。しかし、同業のニチモが、同型艦の『戦艦武蔵』を安価で喫水線の下の部分を見映えよく、赤く着色して一足先に投入したことで、セールスは惨敗に終わる。

資金不足に窮する中、新製品開発のつなぎとして発売したのが、使い終わった玩具の金型を流用して、箱絵をアメリカの雑誌から拝借した『ベービーレーサー』だった。売価50円の小さなプラモデルであったが、これの売れ行きが好調で会社の最大の窮地を崖っぷちで救うことになった。

現在ではコレクターにとって超希少な製品と化した『ベービーレーサー』に、クーさんは忘れられない思い出があるという。

「13歳でアメリカに移住した時、日本から持っていった茶箱の中に、駄菓子屋で買った『ベービーレーサー』が偶然入っていました。後年、野村証券の仕事で田宮元会長と初めてお会いした際、それを持参したところ、涙を流さんばかりに喜ばれました」(クーさん)

『ベービーレーサー』のヒットで資金を蓄えると、新たなプラモデル開発に取り掛かった。これがタミヤにとって最初のエポックメイキングとなった、モーターライズの『パンサータンク』だ。

「私がテレ朝のアナウンサー時代、ビートたけしさんの番組でタミヤの歴史が特集されました。見当違いの模型で再現ドラマを撮ろうとしていることを知り、個人で所有していたパンサータンクの初版を持ち込み、砲身の先端を赤く点滅させながら走る完全再現撮影をしました」(松井さん)

『パンサータンク』には直進するだけのシングルタイプと操縦できるリモコンタイプがあり、タミヤ初の大ヒット商品になった。

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精密なものづくりが評価され日本のタミヤから世界のタミヤに

’60年代に入っても勢いは止まらない。溝のついた専用コース上を模型自動車が走るスロットカーがブームになると、ベアリングやシャーシ素材などにこだわった精密なモデルを開発。海外製を凌駕する性能の高さを実現、ヨーロッパを中心に世界中を席巻した。

「当時、近所にあった『白金レースウェイ』というサーキットでよく走らせていました。タミヤ製品はコーナーでも脱線することなく安定した走りを見せ、当時小学校高学年だった私はすっかり魅了されました」(クーさん)

66年、スロットレーシングカーの登場とともに、タミヤを象徴する「ツインスター」のロゴも現在のデザインへ変更された。これは俊作氏の実弟・田宮督夫氏がデザインしたもので、「赤には情熱、青には精密さ」の想いが込められている。

さらに松井さんが「タミヤにとって大きな転換期となった年」と語る1966〜67年、2つのエポックメイキングな製品が現れる。

「その1つが、ドイツのニュルンベルクで開催された国際トイフェアへの初出展で披露した『Honda F- 1』です。ゴムタイヤのトレッドパターンまで再現された精巧な作りに世界中が驚愕しました。『日本のタミヤ』から『世界のタミヤ』へ羽ばたいた瞬間と言っても過言ではないですね」(松井さん)

2つ目が、アメリカのアバディーン戦車博物館まで足を運び、戦車をあらゆる角度から撮影した膨大な資料を基に開発された「1/25 ドイツ中戦車パンサー』だ。

「それまで、どのメーカーも既存の報道写真や図面だけを頼りに商品を設計していました。しかし、独自の取材データをいかすことで、ボヤけていた細部のディテールまでもが克明に再現され、その精密さとリアリティーは業界に衝撃を与えました。『綿密に取材をして立体化する』という、その後のタミヤにおける製品開発の鉄則を作ったモデルになりました」(松井さん)

この精密なモデルの出現は、それまでの「動かして遊ぶ」モーターライズの時代から、「見て楽しむ」ディスプレイモデルへの大きな転換点となる。タミヤは、戦車とともに情景を彩る歩兵セットなどを『ミリタリーミニチュア(MM)シリーズ』として展開。1/35スケールで統一されたこのシリーズからは第2次世界大戦時の戦車や車輌が次々と送り出され、やがて1/35という縮尺はプラモデル界の世界標準として定着する。

RCカーがホビーの主役に。子供たちはミニ四駆に熱狂

’70年代に入ると、自動車やオートバイのスケールモデルが充実する一方で、タミヤにRCモデルという新たな柱が生まれる。きっかけは74年に発売した1/16RCタンクシリーズの『M4シャーマン』。さらに76年、初の電動RCカー『1/12 ポルシェターボRSR934レーシング』が登場。金属パーツを多用したシャーシにスケールモデル譲りのリアルなボディーを搭載。サスペンションやデファレンシャルギヤを備えた走りは、それまでの走るクルマ模型の概念を一新するものだった。とはいえ、当時のRCカーは高嶺の花。子供たちに「自分のお小遣いで買えるものを作りたい」という元会長の想いから、82年に誕生したのが「ミニ四駆」だった。

「RCカーの魅力をそのままに、1/32サイズへ縮小。配線不要で簡単に組み立てられるモーター付き模型として生まれました。ミニ四駆が社会現象になるほど売れても、製品の質やイベントの運営において、常に真摯な姿勢を貫いたのはタミヤらしいですね」(松井さん)

86年の「レーサーミニ四駆」に始まり、94年の「フルカウルミニ四駆」へと続く流れは、日本の自動車模型史で空前絶後のブームとなる。その車種は420種類以上、累計販売台数は1億9000万台(2022年時点)を数える。また、71年から続く、メカニズムを自分の手で作り、動かすという原体験を提供する『楽しい工作シリーズ』も、ロングセラーとして、子供たちの好奇心を刺激しつづけている。

日本のものづくりの基盤はプラモデルで鍛えられた

 駆け足で辿ったタミヤの80年。松井さんが持参した貴重な模型を前に、両者の模型談義は尽きることがない。歴史を振り返り、改めてタミヤとはどのような存在かを松井さんに問いかけてみた。

「かつてプラモデルに夢中になった少年たちの多くが、のちに技術者として日本のものづくりを牽引してきました。私見ですが、タミヤの模型は、その成長を支える基盤として大きな役割を果たしてきたと感じています」(松井さん)

また、元会長の姿勢について、かつて証券マンとしてタミヤ経営陣と対峙したクーさんは、深い敬意を込めてこう締めくくる。

「かつて元会長に何度も上場を打診したのですが、頑として受け付けませんでした。理由は『上場したら、好きなことができなくなるから』の一言。株主の顔色を窺うことで、妥協のない、本当に作りたいものを作れなくなることを嫌ったのです。結果的に、その判断は正しかったと言えますね。今もタミヤの製品を見るたびに、作る人の身になった設計の工夫や情熱が伝わってきます」(クーさん) 

次ページからは、歩みを止めることなく現代の模型シーンを牽引する現在のタミヤにフォーカス。今まさにタミヤが描き出す最前線のトピックを詳しく紹介していこう。

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DIME最新号

最新号
2026年7月16日(木) 発売

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