モナキ、パンチくん、ボンドロ…2026年上半期のヒット商品&トレンドを総力取材!SNSで話題の『みぃちゃんと山田さん』やマンジャロも独自視点で切り込む大特集!第4回は、SNSを中心に大きな話題を呼び、多くの人々の関心と共感を集めている市川市動植物園の人気者・パンチくんをピックアップ。その愛らしい姿やしぐさが〝癒やし〟として広く拡散された裏側には、動物たちを「見世物」として消費させない、命と真摯に向き合う同園の取り組みがあった。
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母親代わりのオランウータンのぬいふぐるみを抱きしめる1頭の子ザルに、日本のみならず世界中の人々が心を奪われた。
その名も〝パンチ〟。名前の由来は『ルパン三世』の作者・モンキーパンチさんにちなんでだという。今年の初め、市川市動植物園の公式Xでオランウータンのぬいぐるみにしがみつくパンチくんの写真が投稿されると、たちまち1万超のリポストを記録。SNS発の社会現象となった。
千葉県郊外の小さな動物園で起きたムーブメントから数か月。パンチくんの現在地と、その先を見据える動物園の未来を探る。
もう、ぬいぐるみを持たないパンチくん

「あ、あそこにいますね。ちょこんと座ってます。まんまるとしててね、体の色といい、果物のキウイみたいでしょう?」
市川市動植物園の「モンキーゾーン」。大小さまざまなニホンザルが行き交うサル山で、同動植物園の安永 崇課長がパンチくんを指さした。
人差し指の先に、あのパンチくんがいた。そこにはいつも抱えていた、ぬいぐるみのオランウータンが見当たらない。
「バックヤードには置かれていますが、サル山で持ち歩く時間は目に見えて減りましたね。オランウータンのぬいぐるみは、パンチにとっての母親代わりと言われますが、それを持たずにサル山で行動するようになったのは良い傾向です」
ほかのサルたちと戯れるパンチに目を細めるようすは、さながら、保護者から大事な園児をあずかる保育園・幼稚園の先生といったところだ。
「パンチがSNSでバズってからというもの、いろいろなことがありました。『なんでこんなことになっちゃったんだろう』っていう出来事も数えきれないほどありましたが……」
パンチくんの〝一挙手一投足〟が日本、いや世界の注目を浴びるまでに、何が起こったのか? 園の運営と広報を担当する安永崇さんに振り返ってもらった。

母親の『育児放棄』と人工哺育

「パンチが生まれたのは、2025年7月26日のことでした。その日は非常に暑くて、母親が、産み落とした直後のパンチを放置した状態になりました。いわゆる『育児放棄』といわれるものですが、人間のそれとは少し異なり、ニホンザルの世界では一定の割合で起こります。しばらく様子を見守りましたが、一晩経っても状況は変わりませんでした。人工哺育をするのか、それとも、このまま自然の摂理に委ねるのかという判断をする必要に迫られました」
自然の摂理に委ねる、つまりそのまま見守り続けて、もし親が育児に戻らなかったらパンチくんは命を落としてしまうかもしれない。
「最終的には、飼育員がミルクを与えたり、一緒に遊んだりしてパンチを育てる人工哺育の道が選ばれました」
しかし、と安永さんは続ける。
「人工哺育で命を永らえること自体はそこまで難しくはありません。それよりも、スタッフの間で議論されたのは『パンチを、サル山の群れへどのように戻すか?』ということでした」

オランウータンのぬいぐるみを〝母親〟として
ニホンザルは、〝アルファ(※)〟と呼ばれるサルを筆頭に、群れをつくってくらしている。通常、子ザルは生まれた直後から、群れのなかで社会性を身につけるが、人の手で育て続けると、その機会が失われ、最悪の場合、隔離された環境で飼育せざるを得なくなる。
人の手でパンチくんの成長をサポートしつつ、かつ、サルのコミュニティに戻すにはどうしたら良いか?幸いなことに、同園には過去5例の人工哺育の実績があった。『育児放棄』をした母親の代わりに、ぬいぐるみなどを与えられてサル山に入り、無事にサルの社会に適応した事例もあったという。
「ニホンザルの赤ちゃんは、母親に抱きつくことで安心感を得る習性があります。パンチの場合は巻いたバスタオルなど、いろいろなものを試す中で、たまたま当園にあった毛足の長いオランウータンのぬいぐるみがフィットしました」
こうしてパンチくんは、オランウータンのぬいぐるみを〝母親〟として、1月19日にサル山デビューを果たした。
※ニホンザルの群れのリーダーは、かつて「ボスザル」と呼ばれていたが、近年の研究で最上位のサルが群れを積極的に率いたり、支配力を誇示したりしないことがわかったため「アルファ」「第1位」などの呼び名に改められている。
サル山デビューと「#がんばれパンチ」に込めた願い

――ぬいぐるみを持った子ザルがいる。
動物園ファンの間で、サル山周辺がざわついたのは、それから間もなくのこと。2月5日に同園の公式Xに1枚の写真がアップロードされ、その翌日の投稿に『♯がんばれパンチ』のハッシュタグがつけられると、閲覧回数は急激に跳ね上がった。
「『♯がんばれパンチ』は、私がたまたま思いついた言葉ですが、これには2つの願いが込められています。1つは、ぬいぐるみを持った子ザルの名が『パンチ』であり、パンチの頑張りを応援して欲しいという願い。もうひとつは、半年間苦労をして、パンチに寄り添ってきた2人の飼育員の頑張りが報われて欲しい、という願いです」
安永さんは、昨年の4月の異動で、園の運営や広報を担う立場としてこの園にやってきたが、今回のパンチをめぐる出来事に不思議なめぐり合わせを感じている。
「異動して来てすぐ『動物のことを第一に考える優しい園だな』と感じました。私は前の部署でもSNSなどをよく使う人間だったので、園の情報発信に力を入れ始めたところ、たまたま、そこにパンチの誕生が重なりました。しかも2025年に当園で生まれた唯一のニホンザルです。どのピースが欠けても、こうはならなかったでしょう」

「バズる」の光と影。動物第一を掲げた「声明文」
2月5日の公式X以降、パンチくんは文字通りのアイドルになった。ゲートは入場待ちの客であふれ返り、サル山には二重、三重の人だかりができた。
サルがストレスを感じないように、スタッフで急造の柵もこしらえたが、それをもなぎ倒す勢いでお客さんは押しかけてきた。パンチばかりではなく、パンチ担当の飼育員にもカメラが向けられた。画像と映像が個人のSNSにアップされて、またたく間に地球の裏側まで駆けめぐり、世界中の人々からさまざまに受けとめられた。
とある日、大人のサルにひきずり倒されたパンチが、ぬいぐるみの〝オランママ〟に駆け寄って抱きしめる動画が拡散された。「パンチがいじめられている」「かわいそう、大人のサルはひどい」「飼育員は何をしている」そんなコメントが、園に続々と寄せられた。

「パンチは一日の大部分を平穏に過ごしますが、たまに仲間に怒られたりして学ぶことがあります。でもそれは、ニホンザルの群れのルールを覚えるために必要なプロセスです。そうした全体の流れを無視するかのように、特定のシーンだけを切りとって、切ないBGMまでつけて編集された動画では、正しい理解に繋がりません」
皮肉にも、ネットに上がった煽情的な動画や画像がさらなる話題を呼び、メディアに大々的に報じられることになった。
安永さんは公式ウェブサイトにパンチやニホンザルに関する「声明文」を次々とアップロードして、動物第一を掲げる園の姿勢を訴え続けてきた。
「動物園の使命は、動物をできるだけ野生に近い状態で展示をすることで、来園者に楽しさや学び、あるいは癒しを体験していただくこと。しかし、それを愛玩動物のような存在と履き違えると、〝かわいそう〟という感情が先走ってしまう。でも『それはちがいますよ』と、園としてちゃんと伝えたいと考えました」と安永さんは話す。

世界からの支援を環境づくりへ

もちろん、パンチくん効果は、ネガティブな要素だけではない。
「パンチが世界中から注目されて、これ以上の喜びがあるだろうかと……動物園冥利に尽きます。今までにこれだけ動物園のニホンザルが注目される機会もなかったんじゃないでしょうか」
パンチくんへの「ありがとう」や「がんばれ」を綴ったメッセージカードやお便りが、海を超えて届くなかで、パンチくんを、市川市動植物園を支援したいという問い合わせが増えた。そこで安永さんは、市川市における寄附のルールや、海外からの寄附の受け入れなどをまとめた「#がんばれパンチサポーターズガイド」を作成。ウェブサイトで公表したところ、6月末までに5600万円以上の寄附金が集まった。
「みなさんからいただいた寄附金のおかげで、サル山のバックヤードにエアコンを設置できました。もうすぐパンチの誕生日がやってきますが、猛暑の過酷な環境で出産して、子育てができなかったパンチの母親のようなサルをもう出したくない。エアコンの他にも暑さ対策として、サル山の中に、土いじりができるような場所を作ったり日除けを設置したりして、コンクリートの照り返しを防ぐことも考えています」

パンチくんの〝親離れ〟を見守るまで

パンチくんは、群れに加わった当初からはくらべものにならないくらい、他のサルたちとコミュニケーションができるようになった。
「最近は『#がんばれパンチ』ではなく『#がんばってるねパンチ』というハッシュタグも作ったくらい、パンチは一日一日を頑張って暮らしています。飼育員譲りの、ポジティブで少しだけやんちゃな性格のおかげでしょうか。〝親離れ〟が一歩一歩近づいていると実感しています。とはいえ、この先、何かのきっかけでパンチの気持ちが折れてしまう心配もあります。持ち前のパンチらしさが失われることなく、無事に体が大きくなって、群れの中でポジションを築いていけるように手助けしてやるのが、私たちに課せられた最優先のミッションです」と安永さんは話し、こう続けた。
「パンチがサル山になじんで、ほかのサルたちと見分けがつかなくなることを期待しています。でも、そうなっても残念に思わず『一人前になれたね』と喜んでやってください」
パンチくんがオランウータンのぬいぐるみから離れる時は、いつかやってくる。その時まで、温かく応援してくれるリピーターが増えてほしい、それが安永さんの願いだ。

愛され続ける動物園の未来へ
世の中のあらゆるトレンドや流行はいつか終わりを迎える。インターネットを通して、次々と新しい情報で上書きされる現代ではなおさらのことだ。パンチくんがサル山で市民権を獲得すれば、パンチくんの記憶も人々から少しずつ薄れてゆくだろう。しかし「だからこそ」と安永さんは続ける。
「一過性の話題で、動物たちを見世物として消費したくないのです。私たちは、来園者の学びや、憩いを支える公共施設に携わる身として、パンチのもたらしてくれた機会、そして財産を大事にしていくべきだと思います。ブームが去ったとしても、パンチをきっかけに訪れた人が、当園の魅力を見つけて、年間パスポートで何回も通ってくれるようになる。そういった持続的なファンの方に支えられることが、当園の存在価値を高めてくれるのだと考えています」
サル山を包む雰囲気や、多くのサルたちからパンチくんを見つけ出す時のワクワク感は、取材をした我々にとっても、テレビやパソコンのディスプレイでは味わえない体験だった。ぜひ市川市動植物園へ足を運んでみてほしい。

取材・文/丹羽毅 撮影/小倉雄一郎 編集/井田愛莉寿
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