長野県野沢温泉村。冬になれば世界中からスキーヤーやインバウンド客がひっきりなしに訪れる、日本屈指のスノーリゾートだ。1990年代のバブル期には12月から4月までのシーズン利用者が110万人にのぼった野沢温泉スキー場だが、昨シーズンの利用者は約45万人と半数以下に。さらにグリーンシーズン(夏)になると、月の観光客数は1万人以下にまで激減する。
「これでもシーズンの利用者数はコロナ禍以降では最高を記録していますが、今年の1月・2月は来客の実に6割がインバウンド。雪を求めて世界中から人が集まる一方で、夏はどう人を呼ぶかが長年の課題でした」そう話すのは、野沢温泉村出身で、スキークロスのワールドカップ選手として活躍した河野健児氏だ。
宿泊施設や飲食店は、冬のシーズンの稼働だけで夏の分まで稼げてしまうため、夏期に休業する店が増えてグリーンシーズンの開発が停滞する「繁閑差の悪循環」が続いている。
このように、日本の観光地が共通して抱える深刻な観光構造に、“待った”をかけるのが株式会社NEWLOCALだ。同社は、“地域からハッピーシナリオを共に”をミッションに掲げ、人口減少社会における持続可能な地域モデルを目指す。
野沢温泉では、その豊かな資源や活気ある人に着目し、当時野沢温泉村観光協会の会長を務めていた河野氏と一緒に、2022年「株式会社野沢温泉企画」を立ち上げた。今回は、彼らが仕掛ける、スキー場のオフシーズンを再定義する「地域イノベーション」の全貌を紐解く。
住宅地の地価上昇率全国第6位に。海外資本から村を守るには
野沢温泉で生じている「冬の稼ぎに依存する」構造は、通年での安定した雇用機会の不足を招き、地域の経済基盤を常に不安定なものにしてきた。さらに深刻なのが、遊休資産の増加だ。ホテルや民宿などでは、オーナーの高齢化と建物の老朽化が進み、宿泊施設が閉業するケースも少ない。かつて村の活気を支えた貴重な歴史的建造物や古民家が、次々と使い道を失い、遊休化していく。近年では、冬のシーズンだけを狙った外部の資本が、これらの物件を高額で購入するケースも増えている。しかしその多くは、やはり冬にしか活用されておらず、村の繁閑差に拍車をかけている。
「現在、海外の方も含めて物件を買われる機会が増え、住宅地の地価上昇率が全国6位になりました。地価が上がったことで、地元の子育て世代や移住者が住みたくても住めないという課題に直面しています。私たちはこうした遊休施設を運営・活用し、移住者を受け入れることで地域の課題を同時に解決しようとしています」(河野氏)
築100年、村のランドマークを再生したホテル「mont」
野沢温泉企画では、点(単体のホテル)として利益を追求するのではなく、面(村全体)の地域リノベーションによってまち全体の収益と活力を最大化させ、野沢温泉のグリーンシーズンとスノーシーズンの観光客数を同数にすることを目指している。
この地域イノベーションの象徴であり、グリーンシーズン開拓の主たる滞在拠点として、2026年1月にオープンしたのがブティックホテル「mont(モン)」である。「mont」の舞台となったのは、かつて温泉通りのランドマークとして村民や湯治客に深く親しまれながらも、長らく閉業していた築100年の元旅館「旧白樺」。河野氏の生家でもあるこの建物は、抜群の好立地にありながら、長年そのポテンシャルを活かしきれずにいた。
ここで行われたリノベーションは、単なるスクラップ&ビルドではない。外資系資本のように土地を買い叩いて所有権を奪うのではなく、「長期定借」の仕組みを活用して建物を長期で借り上げる手法を選択した。
ロビーの中央には、温泉や湧き水、冬の雪といった水資源をモチーフにしたモニュメントが据えられ、ゲストを迎え入れる。レストランのタイルには、道祖神祭りの社殿を燃やした後の灰を混ぜて作った釉薬が使われている。
「今の日本の観光は『冬にスキーに来た人が、空いている宿に泊まる』という構造ですが、それだと冬以外にお客さまが来られません。この宿に泊まるために野沢温泉に来る、という『デスティネーションホテル』を作る必要がありました。そこで、野沢温泉を象徴する要素として辿り着いたのが『火と水』です」(NEWLOCAL 代表 / 野沢温泉企画 代表取締役石田氏)
全10室の客室やパブリックスペースには、土・石・木・そして和紙といった、野沢の風土から採取されたローカルな素材がアートとして生まれ変わり飾られている。洗練された空間を作り出しながらも、「故郷に戻ってきた」感覚を覚えるのは、旧白樺」が紡いできた築100年の記憶と気配を巧みに残しているからだろう。
「mont」の1階に構えるレストランの舵取りを行うのは、東京・代々木の「PATH」の料理長を務め、2025年に野沢温泉へと移住した寺島惇シェフ。「山からの恵みが循環し、巡る。炎と静寂が生まれる場所。」をコンセプトに、その時一番美味しい野沢の肉や野菜を使用し、目の前の薪火で仕上げる。
食材の一部は、寺島シェフ自ら畑で育てたものや、朝や休憩時間に山へ入って採取した山菜が使われている。時には、野沢温泉の源泉が湧き出る共同の煮炊き場「麻釜(おがま)」で茹でた野沢菜を振る舞ってくれることもあるという。村の恵みを存分に味わえるディナーは、宿泊者だけでなく、外部のゲストや地域住民にも好評を博している。
村全体をひとつの「面」にする
温泉街の端から端まで歩いてわずか15分という、野沢温泉村のコンパクトな地形を生かし観光客を回遊させる仕組みを作っている。元々は野菜や食材を缶詰にして保存し村を支えていた歴史的な工場を改装した蒸留所「野沢温泉蒸留所」や、元々本屋だった物件を再生したミュージックバー「GURUGURU」、解体の危機にあった歴史的建造物を引き継いだ「野沢温泉ロッヂ」など、村全体にコンテンツを分散配置している。
宿泊は「mont」、夜の一杯は「GURUGURU」、そして村に点在する伝統的な「外湯」へ。顧客を回遊させることで、村全体で経済を回すこと。一過性のブームに頼らず、10年後に「あの人に会いに行こう」と言われる持続可能な関係人口を増やすこと。スキー場のオフシーズンを、クリエイティビティと地域経営の実験場へと変貌させた彼らの「地域イノベーション」は、これからの日本の地方創生が目指すべき、幸福で合理的なハッピーシナリオを提示している。
取材・文/岡のぞみ
地方創生の切り札になるか?教育施設から観光施設へ、進化する植物園の知られざるポテンシャル
日本全国には美しい花々や珍しい植物が楽しめる植物園が多数存在するが、多くは教育施設といった印象が強い。そんな植物園がエンターテインメントも提供する施設へと変わり…




DIME MAGAZINE























