ミニ四駆の歴史を語る上で、リモコン操作のRCカーに対する言及は欠かすことができない。そして、RCカーを語る際にはテレビ東京製作の番組『タミヤRCカーグランプリ』に対する言及もまた欠かすことができない。
タミヤの単独提供番組として、『タミヤRCカーグランプリ』は日本全国の子供たちに極めて大きな影響を与えた。「影響」というのは、それまで「大人の道楽」だったRCカーを「小学生でも楽しめるスポーツ」として視聴者に認識させたという意味合いだ。静岡市のタミヤ本社で行われるレースの模様を取り上げつつ、開催予定のレースの出場者を番組で募集する。それを見た子供たちは、静岡市の「聖地」の光景に夢を馳せていた。
自治体としての静岡市がホビー産業の振興を前面に押し出す遥か以前、このような野心的な番組が存在したのだ。
1/35MMシリーズの斜陽の中で
1970年代、日本のプラモデル分野には「MMシリーズブーム」というものが発生していた。
陸軍兵器をモデル化するタミヤ1/35MMシリーズが、当時の子供たちの間で大いに流行したのだ。このMMシリーズが他社製品と一線を画した点は、ひとえに「取材力」である。タミヤはより精密かつ正確な戦車の構造を得るために、時として駐日ソビエト大使館にも押しかけた。当時は東西冷戦時代の真っ只中で、ソビエト大使館への出入りを警察が監視していたほどだ。
段違いの再現度を誇るMMシリーズは、しかし1975年のピークを境に人気が下火になっていった。代わりに台頭したのが、バンダイが製造する『機動戦士ガンダム』のモデルキット、通称「ガンプラ」である。
が、それはあくまでも動かないプラモデルの話。MMシリーズが人気の絶頂を迎えていた頃、タミヤは既に電動RCカーの開発に着手していた。なぜわざわざ「“電動”RCカー」と表現するかというと、かつてのRCカーは小さなガソリンエンジンを搭載するものが主流だったからだ。
このあたりは、タミヤの創業者田宮俊作もこう書いている。
それまでのRCといえば、もちろんエンジン動力です。騒音や油をまきちらかすため、遊べる場所がかぎられていました。住宅地などで走らせたら、とんでもない近所迷惑になってしまいます。その点、乾電池のモーターなら音は静かです。排気もないから屋内で走らせることだって可能でしょう。
(田宮模型の仕事 田宮俊作 文春文庫)
その上で、タミヤには実車への徹底した取材に基づいた造形技術がある。「実車のような電動RCカー」を作るための土台は既にあり、MMシリーズの人気がピークアウトするまでに商品化を達成した。
RCカーを競技化する異議
だが、積んでいるのがガソリンエンジンだろうと電動モーターだろうと、RCカーは値段が高い。
受信機と送信機を必要とし、さらに車体の改造にも手を伸ばすとどうしても実施費用が高額になってしまう。これが大人であればあまり問題にならないが、問題は子供である。
仮に、その子に貯金とお年玉があり、それでタミヤのRCカーを買うことができるとしよう。しかしその場合も、「親の許可」は必要不可欠ではないか。親にとって訳の分からないものを子供が買う、というのはどの家でも認められない行為のはずだ。
子供が「ホットショットが欲しい!」と主張しても、お母さんが「そんなもの、走らせる場所なんかありません」と返してしまえばそれで終わりである。
RCカーに対して活躍の場を与えると同時に、それがれっきとした競技であり確立された娯楽であることをメディアを通じて世の中に印象付ける。『タミヤRCカーグランプリ』は、そのような意味で非常に大きな意義を含んだ番組だったのだ。
アナウンサーの小倉智昭氏が軽快な口調でレースを実況し、合間合間に滝博士こと滝文人氏のRCカーに関するテクニカルな講座が差し込まれる。RCカーは、もはや「玩具」ではない。どんなに派手な事故が発生しようとも、絶対に人が死なない世界一安全なモーターレースなのだ。
『タミヤRCカーグランプリ』は、RCカーそのものを競技化したテレビ番組と評価するべきだろう。
ミニ四駆に道をつなぐ
タミヤのRCカーは、結果としてミニ四駆の進化・発展と結合した。
以下、田宮俊作の著書からの引用である。
コミカルミニ四駆を発売した一九八四年、テレビ東京で「タミヤRCカー・グランプリ」の放送がはじまりました。また小学館の「コロコロコミック」では「ラジコンボーイ」というマンガが連載されていました。
(中略)
しかし一万円以上するので、とても子どもの手には届きません。
(中略)
「子どもたちがRCカーに魅力を感じているのなら、RCカーのミニ四駆版を出せば注目してくれるのではないでしょうか」
という意見が、ミニ四駆の担当チームから提案されました。
(同上)
こうした流れで、ミニ四駆は「RCカーの弟分」としての発展を遂げることになった。が、田宮俊作曰くRCカーの大会にミニ四駆を走らせる設備を設けたところ、そちらのほうが盛況になったという。
無理もないだろう。ミニ四駆はRCカーよりも遥かに安く、構造が単純である。購入直後から組み立てることも可能で、改造も簡単にできる。こうした要因が重なり、80年代の終わり頃からタミヤの主力商品はRCカーからミニ四駆に置き換わった。
そうした流れを形成する上でも、『タミヤRCカーグランプリ』は極めて多大な功績を残したのだ。
参考
田宮模型の仕事 田宮俊作 文春文庫
文/澤田真一
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常に僕らにワクワクと夢を与えてくれる模型メーカー・タミヤ。実物を取材した上での製品づくりがファンの心を掴んで離さないが、その後もRC、ミニ四駆、工作シリーズなど「エポックメイクな名作」を生み出しつづけている。技術への執念と飽くなき挑戦が紡いだ、同社の魅力に迫る。
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