ミニ四駆は、間違いなく日本玩具史にその名が刻まれる商品である。
乾電池で動く電動モーターとギア、そして各種パーツの組み合わせで、同じモデルでも全く方向性の異なるマシンに変貌する。ミニ四駆の構造自体は極めて単純で、電動故にトランスミッションというものがなく、さらにはラジオコントロール機構もない。
一度スイッチをONにしたら、あとは、コースの曲線に従って走るだけである。だからこそ、そこに「発想の余地」が生まれるのだ。
現在のミニ四駆には、様々な改造パーツが用意されている。しかし、元々タミヤはそのような改造パーツの開発を全く予定していなかった。さらに言えば、ミニ四駆に改造パーツという概念をもたらしたのはごく普通の子供たちである。
RCカーは「高価な趣味」だが…
ミニ四駆は、ある時点までは「RCカーの弟分」だった。
70年代後半から登場したタミヤのRCカーは、電動モーターを搭載していたという意味で極めて斬新だった。「RCカーが電動なのは当たり前じゃないか」と言ってはいけない。この当時のRCカーはガソリンエンジンが主流だったのだ。
ガソリンエンジンのRCカーは、当然ながら騒音と排気ガスを出す。また、燃料の問題もあるため子供が簡単に触れるものでは全くない。
タミヤはRCカーを電動ラジコンカーとして開発した上で、1/35MMシリーズで培った緻密な造形をも施した。徹底した実車取材に基づいた、細部に至るまでの再現造形である。
実車をそのまま縮めたようなRCカーは、大きな評判を呼んだ。オリジナル設計の車体の場合も、まさに実車のような合理的設計が施され、RCカーそのものをモーターレースとして競技化することにも成功した。
しかし、RCカーはそもそもが「高価な趣味」である。
送信機と受信機が必要で、さらに高性能の電動モーターや(ガソリンエンジン車ほどではないにせよ)複雑なメカニズムはそれを維持するだけでも費用がかかる。毎月の小遣いとお年玉を貯めている子供であれば何とかなるかもしれないが、現実問題そうでない子供のほうが多かったはずだ。
ミニ四駆は「待機時間に遊ぶもの」だった
かつて、タミヤは小学館と『コロコログランプリ』というRCカーレースを共催していた。
このイベントでは子供たちにRCカーを貸し出してレースに参加してもらうというものだった。参加者は、自前のRCカーを持っていなくても構わない。ところが、実際に人気を集めたのはRCカーではなく、イベント会場の片隅でやっていたミニ四駆だったという。これについて、タミヤの創業者田宮俊作がこう書いている。
走らせてもRCカーの電波妨害にはならないし、待つあいだの時間つぶしにちょうどいいだろうということで、ミニ四駆コーナーをもうけました。ところがRCカーより、サブイベントであるミニ四駆のほうに人が集まってきたのです。
(田宮模型の仕事 田宮俊作 文春文庫)
「待つあいだ」というのは、RCカーレースの出番待ちを指す。RCカーレースでは1回に同時走行させられる台数はせいぜい6台。その間、多くの出場者は待機を強いられる。そこで暇潰しのためにミニ四駆で遊んでもらっていた、というわけだ。
ところが、いつの間にかミニ四駆が人気面でRCカーを追い越してしまった。
上に「ミニ四駆はRCカーの弟分」と書いたのは、RCカーで商品化されていた車種が「Jr.」としてミニ四駆化されていた背景も多分にある。ワイルドウイリス、ホットショット、アバンテ。これらの商品の登場を時系列順に見ていくと、登坂能力よりも速度、オフロード車よりもオンロード車が子供たちに受容された流れを確認することができる。
子供たちの工夫
タミヤはスピードタイプのミニ四駆を走らせるためのコースを作った。そのコースの中を、子供たちの作ったミニ四駆が快走する。ここで田宮俊作と彼の会社の社員は、驚愕すべき光景を目の当たりにした。
イベント会場には、グレードアップパーツを装備したマシンが数多く見られるようになりました。部品組み合わせの工夫だけでなく、自分で手製のパーツをつくり、それをセットしているのです。
そのなかで目を見張る改造がありました。ある小学生のマシンの前バンパーの両サイドに、洋服のボタンを細い釘で打ちつけたものがあったのです。コーナーでは、遠心力によって車体が外にふられて壁にぶつかります。回転するボタンがその衝撃をおさえ、スムーズな走りをみせていました。「なるほど、これは理にかなっている」と感心しました。
(同上)
これが、現在では常識的なパーツとなっている「ガイドローラー」の始まりである。
また、高速でコーナーに突入するので、しばしば転倒するという問題もありました。これを解決するためにできたのが、「スタビライザーボール」です。
この原型も小学生の手製のパーツでした。後部バンパーに、マチ針を何本か束ねてテープで巻きつけて打ちつけてあったのです。傾いて転倒しそうになっても、マチ針がフェンスにふれ、マシンを支えるのです。問題を自分の手で解決しようとするパワーには、まったくおそれいりました。
(同上)
要するに、これらのパーツは当初からタミヤが考案していたものではないということだ。
単純な構造の商品故に、様々な工夫を搭載する余地に恵まれていた。これこそがミニ四駆のミニ四駆たる所以と言えよう。
「競技用車両」になったミニ四駆
その後、ミニ四駆は第一次ブーム、そしてそれより大きな第二次ブームへと至った。
かつての「ボタン」と「マチ針」は、タミヤによってミニ四駆のアップグレードパーツとして正式販売された。いや、それだけではない。異なる比率のギア、ベアリングパーツ、高性能グリス、競技用乾電池、様々な特性を持つモーター。それはまさに、「片手で持てるフォーミュラカー」だ。
子供たちの自由な発想が、ミニ四駆を「玩具」から「競技用車両」に進化させたのだった。
参考
田宮模型の仕事 田宮俊作 文春文庫
文/澤田真一
「DIME」最新号の特集はプラモデルからRCカー、ミニ四駆、工作まで僕たちを夢中にさせてきたタミヤ製品の魅力を約40ページのボリュームで特集!

常に僕らにワクワクと夢を与えてくれる模型メーカー・タミヤ。実物を取材した上での製品づくりがファンの心を掴んで離さないが、その後もRC、ミニ四駆、工作シリーズなど「エポックメイクな名作」を生み出しつづけている。技術への執念と飽くなき挑戦が紡いだ、同社の魅力に迫る。
・80年の歴史をダイジェストで振り返る!タミヤ傑作ヒストリー
・ミニ四駆×コロコロ 元祖メディアミックスの極み
・特別描き下ろしピンナップ付き! こしたてつひろ先生に聞く『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』制作秘話
・『トップガン』でお馴染み!F-14戦闘機のリアリズム
・押井守が愛したタミヤ『MM』シリーズの世界
・サーキットだけじゃない!「RC PICNIC」という+アウトドアの新スタイル!
・なぜ僕たちはタミヤの「ツインスター」に恋をしてしまうのか
オンライン書店は完売しております。お近くの書店、コンビニでお買い求めください。
ミニ四駆を買える場所がない!タミヤの本社所在地・静岡にある「販売店」問題
静岡市は「プラモデルのまち」として知られている。いや、2020年代に入ってから一般にも広く「プラモデルのまち」と知られるようになったと書いたほうが、より正確だ。…




DIME MAGAZINE



















