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油彩画の巨匠はなぜ「版画」に挑んだのか?東京・上野で開催中のレンブラント展で謎に迫る

2026.07.18

2026年7月7日、東京・上野の国立西洋美術館にて、今年注目の展覧会の1つが幕を開けた。「版画家レンブラント 挑戦、継承、インパクト」展である。光の魔術師として知られる17世紀オランダの巨匠、レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン。彼の名を聞いて多くの人が思い浮かべるのは、闇の中にドラマチックな光が浮かび上がる重厚な油彩画だろう。

しかし、本展がスポットを当てるのは、彼が油彩画と同じ情熱を注ぎ、生涯を通じて探求し続けた版画の世界だ。

レンブラントが版画に情熱を注いだのには深いわけがある。彼は版画、とりわけエッチングという技法を、自らの芸術的ひらめきや即興的な思考を直接、かつ素早く形にするための壮大な実験場としていたのだ。その革新的な表現は、同時代の画家のみならず、数世紀後の巨匠たちにも決定的なインパクトを与えることになった。

今回のレンブラント展は、レンブラント・ハウス美術館の全面的な協力のもと、彼の卓越した技術と後世への影響を紐解く国内初の大規模展である。レンブラントがなぜ版画を愛したのか、そして後世の巨匠たちが彼の背中に何を見たのか、その真髄に迫りたい。

レンブラントにとっての版画の意味

版画と聞くと、多くの人は同じ絵を何枚も作るためのコピー、つまり印刷物をイメージするかもしれない。確かに、17世紀当時の版画には情報を広く流通させる媒体としての側面があった。しかし、レンブラントにとって、版画は油彩画とは全く異なる可能性を秘めた、独立した芸術表現であったのだ。

“版画”と聞くと真っ先に頭に浮かぶのは図工の時間に取り組んだ刃物で木の板を削る木版画かもしれないが、実は版画にはいくつかもの技法がある。レンブラントが好んだのは銅版画、その中でも酸の腐蝕を利用して線を刻む“エッチング”という技法であった。あたかも紙にペンで素描するかのような軽やかな筆致を実現できるこの技法は、芸術家の思考の鮮度を保ち即時に画面に定着させることを可能にした。

レンブラントにとって、エッチングは光と影を自在に操る実験室だった?

では、なぜレンブラントは数ある技法の中から、あえてエッチングを選び探求したのか。その理由は、伝統的な職人技法の枠組みを逸脱し、画家個人の完全な表現の自由を獲得するためであった。

第一の理由は、素描と同等の自由な描線を獲得するためだ。エッチングは銅板に塗った柔らかい防触剤を鉄筆でなぞるだけなので、手の動きに対する抵抗がほとんどない。これにより、彼は頭の中にひらめいた人々の視線や表情の変化といった一瞬のイメージを、鮮度が落ちないうちにありのままに表現することができた。

第二の理由は、彼の代名詞である“キアロスクーロ”、すなわち光と影のドラマチックな演出を版画でも表現するためだ。レンブラントは酸に浸す時間を緻密にコントロールし、さらに版面に残すインクの拭き取り具合を1枚ごとに微調整した。これにより、独特の空気感や繊細な陰影のグラデーション、肉眼では捉えきれない質感の深化を表現することに成功したのである。

第三に、人間の複雑な心理や表情の実験場としての役割だ。彼はキャリア初期、自身の顔を使い、驚きや熟考といった感情がどのように表情に現れるかを研究・蓄積するためのカタログとして版画を活用していた。

そして第四の理由は、複製芸術における唯一無二の個別性への挑戦である。レンブラントは一度完成した版を意図的に修正し、何度も手を入れ直して新たな状態、すなわちステートを生み出し続けた。さらに、和紙や羊皮紙といった特殊な支持体に変更することで、インクの吸い込み方に差異を生じさせた。

本展で見られる《書斎の学者(またはファウスト)》は、こうしたレンブラントの飽くなき探求を象徴する作品だ。

光輝く円盤を見つめる学者の姿には、微細な線の重なりによって生み出された濃密な空気感と、知的な探求の熱量が刻み込まれている。

レンブラントの版画を追い求めた後世の巨匠たち

レンブラントが版画史に残したインパクトは、時空を超えて後世の画家たちを刺激し続けた。彼が17世紀に確立した実験的な技法は、19世紀のエッチング復興運動を強力に牽引するシンボルとなり、ゴヤ、マティス、ピカソといった巨匠たちの技法革新や精神的支柱となったのである。

今回の展覧会で見逃せないのは、レンブラントという先駆者に憧れ、その技法や精神を継承・変革しようとした後世の作品群だ。その一人が、17世紀イタリアの画家、ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネである。彼は、同時代においてレンブラントのエッチング表現をいち早く吸収した一人だった。本展に出品されている《箱舟に入るノアと動物たち》では、レンブラント譲りの明暗対比や自由な線の扱いを自らの作風へと見事に昇華させていることがわかる。

また、スペインの巨匠フランシスコ・デ・ゴヤもレンブラントのキアロスクーロと心理描写を深く研究した作品を生み出している。《理性の眠りは怪物を生む》では机に突っ伏して眠る人物(芸術家自身と考えられる)の背後から、不気味なフクロウやコウモリといった“怪物の姿をした社会の不条理(無知や愚行)”が湧き上がる様子を描いている。レンブラントがエッチングで切り開いた人間の複雑な精神性やひらめきをダイレクトに版に刻むという性質を完全に受け継ぎ、さらに独自のドラマとして昇華させた作品だ。

これらの作品を並べて鑑賞すると、レンブラントが拓いた表現の地平が、いかに数世紀にわたって画家たちの創造力を刺激し、彼らのブレイクスルーの源泉となってきたかが理解できる。今年の夏は上野に足を運んで新しい芸術を触発し続けたレンブラントの版画を体験してもらいたい。

【展覧会情報】

企画展「版画家レンブラント 挑戦、継承、インパクト」
• 会期:2026年7月7日(火)~ 9月23日(水・祝)
• 会場:国立西洋美術館 企画展示室(東京都台東区上野公園7-7)
• 開館時間:9:30 ~ 17:30(金・土曜日は20:00まで夜間開館)※入館は閉館の30分前まで
• 休館日:月曜日、7月21日(火)※ただし7月20日(月・祝)、8月10日(月)、9月21日(月・祝)は開館
• 観覧料(当日券):一般 2,200円、大学生 1,300円、高校生 1,000円
• 公式サイト:https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2026rembrandt.html

コウチ ワタル
東京在住の美術ライター。2025年にアートナビゲーター(美術検定1級)の資格取得。中学生の時に美術の資料集で目にしたルネ・マグリットの作品に衝撃を受け、以来、世界の美術館や芸術祭を巡る。現在は、多忙な日々を送る現代人に向けて、日常をクリアに変える「視点の変換」としてのアートの楽しみ方を多角的に発信している。

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