プラモデルメーカーのタミヤには『1/35MMシリーズ』というロングセラー商品群がある。
主に第二次世界大戦の各国の軍隊が運用していた戦車や戦闘車両をモデル化したシリーズだが、70年代のMMシリーズは本体よりもむしろ組立説明図に大きな価値があった。インターネットというものがない時代、この戦車がどのような経緯で開発され、性能はどのくらいで、戦場ではどのような活躍をしたのか……ということが組立説明図に詳しく解説されていたからだ。
これが読み物として非常にレベルが高く、本当に面白い!!
あの頃夢中になった思い出が蘇る!DIME最新号はタミヤの大特集、「レッツ&ゴー!!」激レア付録つき!
特集はプラモデルからRCカー、ミニ四駆、工作まで僕たちを夢中にさせてきたタミヤ製品の魅力を約40ページのボリュームで特集! 特別付録に合わせて、こしたてつひろ先…
その場にいた人が書いたのか!?
「あなたはなぜ物書きをやっているのですか?」ということを、筆者は同業他者に質問したことはない。
ライターとは、本来「キャリアアップにつながる」ような仕事では全くない。また、どこかの団体が認定する「資格」が武器になるような商売でもないからだ。
ライターにとって本当に役立つ能力は以下の2つと筆者は考えている。一つはジャンルの異なる様々な知識を「つなげる能力」、もう一つは他人の胸を躍らせる能力である。
昔のタミヤ1/35MMシリーズの組立説明図に書かれていた兵器の解説文は、まさに後者——他人の胸を躍らせる能力を物書きが学ぶには最適の教材だった。なぜ「昔のタミヤ1/35MMシリーズ」と表現したかというと、ある時期から解説文があっさりしたものに変わってしまったからだ。
筆者自身、昔のMMシリーズの組立説明図がなければ、今頃この商売をやっていなかったはずだ。それだけ感動溢れる文章が紙の上で踊っていた。
たとえば、MMシリーズNo.33のイギリスS.A.S.ジープの解説文は、冒頭からこう書かれている。
1942年7月26日の夜、月はこうこうと滑走路を照し出していた。シディ・エンニッヒのドイツ軍野戦飛行場は、ふだんとまったく変りない活動を続けていた。月が雲間に隠れた。着陸態勢に入った爆撃機のライトが滑走路をさぐる。戦争は息をひそめたかのような静かな夜であった。前線から離れたこの基地に異変が起るはずはない。不安は、その気配すら感じられなかった。
あたかも当時その場にいた兵士が筆を執っているかのような調子で、臨場感溢れる文章が次々と繰り出されている。
やがて爆撃機は乾いた砂ぼこりをまき上げ、大地に車輪をつける。と、その時、つんざくような重機関銃の連続発射音、エンジンの悲鳴。黒い突風が滑走路におどり上げ、荒れ狂いはじめた。デビット・スターリングの率いるS.A.S.の奇襲攻撃が始まったのだ。彼らは数十マイルの彼方から砂の海を越えてやってきた。シディ・エンニッヒは、ロンメルにとって最も大切な飛行場のひとつだ。獲物はたくさんある。スツーカ、ユンカースJU52、ハインケル……ロンメルの空軍の半数がそこにいた。
イギリス軍の武装ジープのプラモデルの解説文だが、これだけでも当時の子供たちは自分がS.A.S.の隊員になった気分に陥ったに違いない。燃え盛るドイツ軍機が瞼の裏に浮かび上がってくるようだ。
ジープは戦車とは違い、車体が小さく武装も貧弱である。にもかかわらず、解説文の力で貧弱なジープが最強の陸戦兵器に思えてしまう。「たかが組立説明図」と侮ってはいけない。プラモデルとはその半分が「作る人の想像力」を材料にしていて、それを掻き立てるための外部からの運動エネルギーが絶対不可欠なのだ。
今しも労働者の拍手の中を……
次に取り上げるのは、MMシリーズNo.49のソビエト戦車T-34/76(1942年型)の組立説明図の解説文である。個人的には、この解説文がMMシリーズの中でも最高峰の完成度だと考えている。
バルバロッサ作戦(対ソ連戦)が開始されて間もない頃、ドイツ国防軍最高司令官(OKW)の作戦司令室情報係の机の上には、勝利の知らせをもたらすペーパーが続々ととどいていた。その紙片に目を通す将校たちの態度は自信に満ちあふれ、タイプを打つ兵士たちの姿は勝利の知らせに酔っていた。そして、すべてが輝いてみえた。しかし彼等の手にする報告書の中には、いつも決って異様な三文字が入っているのに気がついた。彼等にはこの三文字「テー・フイヤー・オント・ドライツイヒ」の本当の意味をまだ理解できなかった。だがこの三文字の内には、前線で苦闘し、戦死していったドイツ戦車部隊将兵たちの心の底からほとばしり出た恐怖と悲鳴にも似た、悲痛な叫びがこめられていたのだった。この三文字、これこそ「T-34」だったのである。
ここから解説文はT-34の開発史に入るのだが、この戦車がどれだけドイツ軍を苦しめ、難敵として立ちはだかったのかが上の文章だけでよく表現されている。そもそも、文章の冒頭は最前線ではなくOKWの作戦司令室情報係の机の上が舞台である。にもかかわらず、最前線の地獄のような光景を我々読者ははっきり想像することができる!
T-34といえば、MMシリーズNo.59のT-34(1943年型)の解説文もすごい。
1942年11月、ソ連第5戦車軍に属するT-34戦車の大群が、スターリングラードで激戦を続けているドイツ第6軍の死命を制するかのように、うなりを上げて南下しつづけていた頃、この戦場から遥か東方、ウラル地方、チェリヤービンスクのキーロフ戦車工場では、一台の新型T-34戦車が、今しも労働者の拍手の中をテスト走行に出発しようとしていた。
新型戦車は、このキーロフ工場で大量生産されているT-34とくらべると、外観だけでも多少の変化が見られた。一番の特長は生産型の平べったい砲塔と違って、背が高くスマートな六角形砲塔を乗せていたことであった。その姿は、頭を低くして敵の攻勢を避けていた時代が終り、立ち上って反撃に移る機会が到来したことを示すかのようであった。
「今しも労働者の拍手の中をテスト走行に出発しようとしていた」と「頭を低くして敵の攻勢を避けていた時代が終り、立ち上って反撃に移る機会が到来したことを示すかのようであった」は、どう考えても実際にキーロフ工場にいた人物でなければ書けない表現なのでは? と思わずにはいられない。
キーロフ工場はレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)にあったが、同地がドイツ軍に攻撃されるとウラル山麓の都市に工場施設ごと疎開するようになった。これは日本人の感覚の「疎開」とはレベルが違う。工場施設から技術者、労働者、その家族、さらにはバレエ劇団や交響曲楽団をまるまる他の都市へ移住させたのだ。
キーロフ・バレエ団によるアラム・ハチャトゥリアン作曲のバレエ音楽『ガイーヌ』の初演は1942年12月。キーロフ・バレエ団はレニングラードを拠点としていたが、『ガイーヌ』初演時は上述の理由でウラル山脈より東にあるペルミに疎開していた。ペルミもチェリヤービンスク同様、多数の兵器工場が疎開してきた都市である。つまり、ソ連では工場と労働者、そして劇団や楽団が高度に連結したひとつのセットになっていて、生産とそれを奮起させるためのプロパガンダがまさにプレス加工機械のように稼働していたのだ。
そうした当時のソ連の雰囲気を、MMシリーズの組立説明図は分かりやすい文章で子供たちに伝えていた。
あの頃夢中になった思い出が蘇る!DIME最新号はタミヤの大特集、「レッツ&ゴー!!」激レア付録つき!
特集はプラモデルからRCカー、ミニ四駆、工作まで僕たちを夢中にさせてきたタミヤ製品の魅力を約40ページのボリュームで特集! 特別付録に合わせて、こしたてつひろ先…
人の胸を躍らせる名文集
なお、今回この記事を書くにあたり、筆者は『プラモインストブック: タミヤ1/35MMシリーズ組立説明図集No.001〜070編』(大日本絵画)を大いに参考にさせていただいた。タイトルの通り、MMシリーズの組立説明図を収録した書籍である。
もしもこの記事を読んでいるあなたがライターを目指したいと考えているとしたら、この本は必ず買っておくべき。プラモデルの説明書を1冊にまとめたものが、結果として「人の胸を躍らせる名文集」のようになっているからだ。
もちろん、実際にMMシリーズのキットを買って、箱の中に入っている組立説明図をじっくり眺めながら戦車を組み立てる……という楽しみ方もある。古いキットは廃盤になっているものもあるが、中にはMMシリーズNo.9ドイツII号戦車F/G型のように、何十年にも渡って製造されているキットも。物価高の現代にあって1,000円以下で買える商品なので、プラモデル初心者には最適の1両(と、ドイツアフリカ軍団の兵士4人付属)である。
プラモデルは、我々に様々な知識を与えてくれる精緻な娯楽と言えよう。
参考
プラモインストブック: タミヤ1/35MMシリーズ組立説明図集No.001〜070編 大日本絵画
文/澤田真一
エナドリの7倍!?ドイツのカフェインマシマシチョコレート「ショカコーラ」って何?
筆者は個人的に、「転売ヤー」を憎んでいる。が、その一方で彼らが取り扱う商品のチェックを仕事にしてしまっている自分がいる。転売ヤーがその時に何を取り扱っているかを…




DIME MAGAZINE



















