外務省は2026年6月10日、パスポートの申請手数料を改定すると発表した。
7月1日以降の申請分から新しい手数料が適用され、電子申請の場合は窓口申請よりも低い手数料に設定されている。
これには、マイナポータルを通じた電子申請を促すことで、窓口の混雑緩和や申請手続きの効率化を進める狙いがあるようだ。
一方で、近年はパスポート発行数や日本人の海外渡航者数にも大きな変化が起きている。
今回の記事では、パスポート発行数や保有率、海外渡航者数、出国税の引き上げなど、さまざまなデータをもとに、日本人と〝海外〟との距離感の変化を読み解いていく。
パスポート発行数はピーク時の半分近くに
まず見ておきたいのが、外務省が公表している「一般旅券発行数の推移」だ。
そもそもパスポート、ここで言う「旅券」には、一般、公用、外交の3種類がある。
一般旅券とは、私たちが観光や仕事、留学などで海外へ行く際に使う通常のパスポートのこと。公用旅券は国会議員や国家公務員、政府関係者などが公務で使うもので、外交旅券は外交官などが使用する。
つまり、今回話題とするのは一般旅券ということになる。

外務省の旅券統計によると、国内における一般旅券の発行数は、平成8年(1996年)には623万6438冊に達していた。しかし令和7年(2025年)には349万3238冊と、ピーク時の半分近くまで減少している。
グラフを見ると、平成15年(2003年)と令和3年(2021年)に大きな落ち込みが見られる。平成15年の背景には、アメリカ同時多発テロ後の世界情勢不安やイラク戦争、SARS(重症急性呼吸器症候群)の流行などがあり、令和3年の急減は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大による世界的な渡航制限の影響が大きい。
つまり、パスポート発行数は、社会情勢や国際情勢の影響を受けながら推移してきたことがわかる。
だからこそ、今回の手数料改定も、単なる行政手続きのデジタル化だけでなく、日本人と〝海外〟との関係がどのように変化してきたのかという視点から見ていく必要がありそうだ。
パスポートは値下げ、しかし「出国税」は引き上げに
今回のパスポート手数料改定は、「値下げ」という点でも注目を集めた。一方で、2026年7月1日からは、いわゆる「出国税」である国際観光旅客税が1000円から3000円へと引き上げられている。
国際観光旅客税は、訪日外国人観光客の増加を背景に、2019年に導入された税金だ。インバウンド対応や空港機能の強化、観光地整備、オーバーツーリズム対策などの財源として活用する狙いがあるという。
ただし、課税対象は訪日外国人だけではない。日本を出国する人に対して航空券代などに上乗せされる形で徴収されるため、日本人の海外渡航者も対象に含まれる。
2019年以前には、日本には「出国税」は存在していなかったため、1990年代から2000年代にかけて海外旅行をしていた世代の中には、「出国税を払った記憶がない」という人も少なくないだろう。
国際観光旅客税の導入背景からは、日本の観光政策がインバウンドを重視する方向へ進んできたこともうかがえる。
2015年に逆転した「出国する日本人」と「訪日する外国人」
次に見ておきたいのが、訪日外国人旅行者数と出国日本人数の推移だ。

https://www.mlit.go.jp/kankocho/tokei_hakusyo/shutsunyukokushasu.html
観光庁の資料によると、2003年時点では、訪日外国人旅行者数が521万人だったのに対し、出国日本人数は1330万人。海外へ出る日本人のほうが圧倒的に多かった。
しかし、その関係は2015年に逆転する。2015年の訪日外国人旅行者数は1974万人、出国日本人数は1621万人となり、訪日客が出国日本人数を上回った。
その後、訪日外国人旅行者数は2019年に3188万人まで拡大。コロナ禍で一時的に大きく落ち込んだものの、2023年以降は急回復し、2025年には4268万人に達している。
一方、出国日本人数は2019年に2008万人だったが、2025年は1473万人にとどまっている。インバウンドがコロナ前を大きく上回る一方で、日本人の海外渡航はまだ戻りきっていない。
この逆転は、日本と海外の関係が大きく変わったことを示している。かつて日本人にとって海外は「出かけていく場所」だったが、いまや日本は、海外から「人が集まる目的地」になっている。
現在の日本では、出国税の引き上げも、こうしたインバウンド拡大への対応という文脈で見ると理解しやすい。
海外へ出かける中心層は、20代から50代・60代へ
出国日本人数がコロナ前の水準まで戻っていない中、その内訳にも変化が見られる。1996年と2024年の日本人出国者の年齢構成を比較してみよう。

https://www.moj.go.jp/isa/policies/statistics/toukei_nyukan_gaiyou.html
出入国管理統計をもとに、日本人出国者の年齢構成比を1996年と2024年で比較すると、興味深い変化が見えてくる。
1996年は、20〜29歳が27.7%と最も大きな割合を占めており、当時の海外渡航の中心は20代だった。一方、2024年には20〜29歳は21.5%に低下。代わって50〜59歳は15.6%から18.4%へ、60歳以上は12.0%から17.2%へと上昇している。
年代の推移を重ねてみると、一つの仮説が浮かんでくる。1996年に20代だった世代は、2024年には50代になっている。つまり、若い時期に海外旅行を経験した世代が、年齢を重ねた現在も海外へ出かけ続けている可能性がある。
そう考えると、現在の若年層だけが海外から離れているというより、海外へ行く習慣や経験を持つ世代が、そのまま上の年代へ移動しているようにも見える。「若者の海外離れ」という言葉だけでは捉えきれない変化が、ここに表れている。
「若者の海外離れ」は本当に起きているのか
近年、「最近の若者は海外へ行きたがらない」「若者の海外離れ」といった言葉を耳にする機会は少なくない。
では、本当に若年層は海外へ行かなくなっているのだろうか。
観光庁は平成30年(2018年)、若年層の海外旅行離れについて調査を行っている。
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/810000308.pdf
その調査では、若者が海外旅行へ行かない理由として、「旅行費用が高い」「休みが取りづらい」「語学への不安」「治安への不安」などが挙げられていた。
つまり、海外そのものへの興味が失われたというより、海外旅行へ行くためのハードルが高くなっている側面もあるようだ。特に近年は、円安に加え、航空券価格や燃油サーチャージ、海外ホテル価格も上昇している。
かつて、1990年代から2000年代前半には、学生の卒業旅行や若者のバックパッカー文化も珍しくなかった。費用もアルバイト代を貯めれば手が届く範囲にあり、安宿でも十分に海外旅行を楽しめた。しかし現在の若年層にとって、海外旅行は以前より〝高価で不安な体験〟になりつつあるのかもしれない。
日本人と〝海外〟の距離感は変わり続けている
こうしてデータを追っていくと、この30年で日本人と〝海外〟との距離感が大きく変化していることが見えてくる。
グローバル化が進み、海外は以前より身近な存在になったはずなのに、実際には以前より遠くなった。
それが、今回のデータから見えてきたことだ。パスポートの値上げ、出国税の引き上げは、私たちと海外の国の距離感をどう変えていくのか。再び転換期が訪れている。
取材・文/内山郁恵
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