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「界隈」が日本を動かす?ぽこぽこ界隈、ホビ垢界隈などの可能性

2026.07.11

「界隈」という切り口でSNSマーケティングを再定義する動きが注目を集めている。国内でいち早く「界隈」を軸に市場を捉え直し、事業化したKEEN代表・小倉一葉さんに、その意思決定のストーリーを聞いた。

従来の属性ターゲティングでは捉えられなかった潜在顧客にまでリーチ

――小倉さんはKEENを起業する前はマイクロソフトに在籍されていました。

小倉 学生時代は、物理学を通じて社会に貢献できる人になりたいと考えていました。同時に、いつか自分で会社を経営してみたいという思いも抱えていました。

私は秋田県の田舎で生まれ育ちました。遠くに住む同世代とネット上のコミュニティで情報交換することが何より楽しく、Windows95に親しんでいた原体験があったことや、経営者を尊敬していた背景もあり、就職先にはマイクロソフトを選びました。

マイクロソフトでは7年間、世界最大級のプラットフォームに携わることができました。一方で、事業が大きくなるほど、自分一人の意思決定が社会に与える影響は相対的に小さくなっていくことにも気づいたのです。だったら、自分自身で市場を定義し、新しい価値を生み出す側に回りたい。その思いから起業を決意しました。

もうひとつの原体験が、SNSでの日本酒のアンバサダー活動です。私の投稿を参考にお店へ足を運んでくれる人がいて、ギフティングやPRの依頼も届く。個人の発信が実際に経済を動かす手応えの中に、クリエイターエコノミーという新しい市場構造の可能性を感じていました。

2019年に創業した当初は、企業とクリエイターをつなぐファンコミュニティ・ユーザーコミュニティの支援を軸に事業を展開していました。しかし支援を重ねる中で、企業が本当に求めているのは”コミュニティ運営”ではなく、生活者との新しい接点そのものだと気づいたんです。そこで事業をゼロから見直し、ブランドとクリエイターがコラボレーションする「界隈マーケティング」へとピボットしました。市場の理解が変わったのだから、事業のかたちを変える意思決定をしました。

――なぜ「界隈」に注目されたのでしょうか?

小倉 マーケティングにおいて、多くの企業は年齢や性別といった属性で顧客を分類します。しかしSNSのタイムラインを見れば分かるように、人はもう属性ではなく、興味関心で集まり始めています。企業側の市場定義と、生活者の実際の行動が一致していなかったのです。私たちはそのズレを説明する言葉を探し続けて、「界隈」という概念にたどり着きました。

もうひとつの問題意識は、従来の企業向けコミュニティマーケティングが、ロイヤル顧客だけを対象にしたものになりがちだったことです。その瞬間、見えない何万人、何十万人という潜在顧客が視界から消えてしまう。潜在顧客まで含めて市場を捉え直す枠組みが必要でした。

コミュニティは本来、会話で成り立ちます。会話データを分析していくと、特定の言葉を多用するコミュニティが存在し、その言葉を中心に同じ価値観を共有する「界隈」が形成されているという仮説にたどり着きました。実際に検証してみると、そこをターゲットにすることで、従来の属性ターゲティングでは捉えられなかった潜在顧客にまでリーチできることが分かった。多用される特定の言葉に「界隈」を付ければ、その市場を名指しできるのです。

――「20歳代女性向け」ではなく、〇〇という多用される特定の言葉に「界隈」をつけて市場を語るわけですね?

小倉 その通りです。「界隈」を市場の単位にすることで、年齢や性別の壁を越えて、熱量のあるファンが実在する場所を正確に定義できるようになります。

今、私と一緒に仕事をしている同世代のメンバーでさえ、スマホに表示される広告も、SNSのおすすめ欄やタイムラインも、まったく違います。日頃見てリアクションしているコンテンツに合わせて、アルゴリズムが表示内容を最適化しているからです。つまり、興味関心を軸にしたマイクロコミュニティが、すでに無数に存在している。市場構造そのものが属性から興味関心へと組み変わっているのに、企業のターゲティングだけが古いままだった。私たちはその新しい市場の単位を「界隈」と呼んでいます。

――「界隈」という言葉で表現されるSNSのコミュニティに注目されました。
小倉 コミュニティの力への確信は、学生時代の体験に根ざしています。秋田の田舎にいた私でも、インターネットコミュニティを通じて最新の情報にアクセスできた。地理や属性のハンデを、コミュニティが無効化してくれた感覚なのです。

もうひとつ、決定的な体験があります。私がマイクロソフトに入社した後、SNSで繋がった後輩たちが新入社員として続々と入社してきたのです。「小倉さんみたいに働きたい」と言われて、自分ではまったく自覚がなくても、私の発信がキャリアに迷う後輩の意思決定を後押ししていた。個人の発信が他者の行動を変える――コミュニティの影響力は、ここまで実体のあるものなのだと確信しました。

生活者理解と企業の意思決定をつなぐ翻訳者

――確かに信頼できるコミュニティは、人生を変えられる大きな力を持ちますね。

小倉 ただし、コミュニティの影響力は、単純に「参加者の数」「フォロワーの数」だけでは測れません。

私自身、コミュニティマネージャーをやっていた頃は、活動が目立つ人しか見つけられませんでした。フォロワーが多くなくても影響力のある人は確かに存在するのに、それを発見する手段が業界のどこにもなかった。属人的な勘に頼らず、データで影響力の実体を捉え、再現性を持って見つけ出す仕組みをつくれないか。この問いへの答えが、「界隈データベース」の開発です。これが今のKEENの競争優位性の中核になっています。

――ネットから言葉を収集しているとのことですが、最近は検索エンジンもAIの誤読で、信頼できないと言われていますね?

小倉 KEENが分析している界隈データは、社員と一緒にSNS上のあらゆるデータから収集したものです。Vチューバーのファン界隈、「ジャンプ月曜日に読む界隈」など、膨大な界隈を構造化して蓄積しています。

同時に、SNSにまだ現れていない兆しを見つけるために、街頭でのヒアリングやクリエイターへの定性調査も重ねています。渋谷の路上で紙バッグを持つ女性に「何を買ったんですか」と一人ひとり聞いてデータを集める。ときにはインフルエンサーにヒアリングを行うこともあります。

オンラインの定量データとオフラインの定性データを重ねることで、すでに顕在化したトレンドではなく、その手前にある”兆候”を捉える。これがKEENのデータ戦略です。トレンドを追いかける側ではなく、予兆を先に押さえる側に立つことが、この事業の生命線だと考えています。

――KEENではその「界隈」にヒットできる製品やサービスを提案しています。

小倉 業界の中にどっぷり浸かっていると、どうしてもその中だけで完結してしまい、外の世界のどんな商品やサービスが最適かという視点を持ちにくい。

逆に、業界の中に長くいる企業側は視点が偏りがちです。だからこそ私たちが、特定のジャンルに縛られず、データに基づいて商品やサービスにどの「界隈」が適切かを”翻訳”して提案する。生活者理解と企業の意思決定をつなぐ翻訳者。それがKEENのポジションです。

「界隈」は小さなマイクロコミュニティですが、その熱量はコミュニティが小さいからこそ高く、企業がゼロから作れるものではありません。広告を通じてならばアテンションは獲得できても、本当にピュアな熱量を企業側が作り出すのは極めて難しい。だからこそ、すでに生まれている界隈と企業が上手にコラボレーションし、界隈をスポンサードさせていただく形をビジネスモデルとしています。熱量を”作る”のではなく、すでにある熱量と企業を”つなぐ”。この設計思想が、私たちの事業の再現性を支えています。

――KEENの「界隈」ビジネス成功事例としてはコーセーでの「薄肌界隈」があります。

小倉 ONE BY KOSEシリーズの導入美容液セラムヴェール ディープリペアやセラム シールドと「薄肌界隈」をつなげた事例です。もともと美容カテゴリは、「自分の肌に塗るものだから、失敗したくない」という心理を背景に界隈が形成されやすい市場構造を持っています。自分の肌にはどれが合うのか、正解への渇望が強く、情報の需要が尽きない。誰も肌に合わないリスクを犯したくないのです。

「薄肌」という医学的用語は存在せず、広告として使うことが難しい言葉です。生活者が自発的に「私の肌ってちょっと薄くて、すぐに赤みが出ちゃうのよね」という具合に使う、角質層が薄く乾燥などの刺激を受けやすい肌という”自認”を指します。つまり、企業側の商品分類ではなく、生活者自身の言葉の中に市場が眠っていた。私たちは独自にデータ分析した「薄肌界隈」のインフルエンサーとの座談会や商品提供を設計し、情報発信につなげました。

――小倉さんが注目している「界隈」をいくつか教えてください。

小倉 2026年に私たちが注目している12の界隈があります。

2026年注目の12界隈

表のカテゴリの「価値観」「趣味・関心事」「トレンド・ミーム」の3つは、私たちが独自に分析した「界隈」の3類型です。界隈を型で捉えることで、個別事例の面白さで終わらせず、再現性のあるマーケティング設計に落とし込めるようになります。

界隈は大きく3つの類型に分類される

――面白いですね!この「ぽこぽこ界隈」とは何ですか?

小倉 最初は一時的なトレンドかという仮説を持っていましたが、データを追うと今も根強く継続し、どんどん勢力を増している「界隈」です。

特有の「ぽこぽこ」という水が泡立つ効果音と、全体的にパステルピンク調の演出で撮影されている動画が特徴です。顔面を出さないクリエイターが、物を買うシーンをVlog形式でまとめたり、バスタイムの過ごし方やナイトルーティン、美容アイテムや購入品を紹介したりする界隈です。美徳は「等身大+ちょっと背伸び」。その購買活動が憧れを生み出しています。中心は働く20歳代女性で、価値判断の基準は「リアリティ、清潔感、かわいらしさ」。美容モチベーションが上がるという声が多く寄せられる一方、「私もぽこぽこ界隈に憧れるんだけど、全然できてない」といった自虐も見られます。スナイデルやジェラピケを着ている人が多いので、「スナぽこ界隈」と呼ばれることもあります。

ぽこぽこ界隈イメージ画像

「薄肌界隈」が、自分の美容の悩みをどう解決するかを知りたくて集まる課題解決型のコミュニティだとすれば、「ぽこぽこ界隈」は価値観の共有型です。こうありたい、こうあるべきという理想像が共有されている。根本は同じ価値観の中で、ちょっと贅沢な買い物に憧れる。実態を見ると”ちょっと”どころではなく、プロのクリエイターとしてお金をかけて世界観を作り込んでいらっしゃる方も多いのですが、その感覚が芸能人まではいかない。届きそうで届かない、絶妙な距離感なのです。

界隈にはNG行動もあります。例えば「ママ垢界隈」では、マウンティングと捉えられる発信を発見されると嫌がられる。ただ、その裏側には自己表現の欲求があり、自己を語ることができるからこそ、人はこの界隈の中にとどまるのです。企業が界隈と組む際には、この暗黙のルールへの深い生活者理解が不可欠です。

――「ホビ垢界隈」という言葉も初めて聞きました。何かを収集したり、趣味の集まり的なものですか?

小倉 推し活界隈から派生したもので、女の子が同じ服(可愛いホビ服)を着て、アクリルスタンドなどの推し活アイテムと一緒に、アフタヌーンティーなどを楽しんでいる界隈です。

ホビ垢界隈イメージ画像

それ自体が推し活の楽しみ方のひとつになっていて、「私たち同じ趣味だよね。自分たち双子のように可愛いよね」と、アイドルやアニメ、キャラクターの推し活から一歩進んだ楽しみ方です。共通言語は「かわいい」。顔は隠しながら世界観は作り込むという、匿名と開示のバランスが”正しさ”として共有されています。同じ系列や地域の人とつながり、アフタヌーンティーに行くなどの活動のために、SNSで呼びかけをすることもあります。

「ぽこぽこ界隈」のようなマイクロコミュニティでは、実はアンチもトレンドを作る一因です。揶揄されるということは、何らかの評価を得ているということ。アンチや批判は、コミュニティの外からその界隈の人々の行動を見ている証拠だからです。

さらにデータを見ていくと、特定のキーワードが一定期間に集中して発話される現象があります。そのキーワードと一緒に発話されるブランドや商品を見ていくと、相性の良し悪しが定量的に分かってくる。相性の良いところからアプローチすれば、バズが生まれやすく、親和性の高いマッチングにつながる。「界隈」とは、そんな「切り口」で市場を定義し直すためのレンズなのです。

――DIME本誌では昨年、メンズコスメの特集が話題になりました。メンズコスメ界隈で小倉さんが注目しているコミュニティはありますか?

小倉 男性は美容成分で化粧品を購入する傾向が強いようです。メンズコスメ界隈では、成分を語るクリエイターさんが増えています。女性同様、韓国コスメの影響と見ていますが、肌悩みに対してどんな成分でどうアプローチするかで盛り上がる。日本では薬事法上、表現できない部分もありますが、元化粧品メーカーの開発者や、化粧品検定の資格を持つ発信者が淡々とファクトで伝えることで、信頼を獲得しています。

さらに男性のスキンケア界隈には「モテ」という文脈が存在していて、自分磨きや筋トレ、英語学習、ファッションといった界隈とリンクしています。界隈は単独で存在するのではなく、相互に連結したエコシステムなのです。

――小倉さんが考えている界隈マーケティングの課題について教えてください。

小倉 構造的なジレンマがあります。SNSでは本音のレビューこそが価値の源泉なのに、発信が広がれば広がるほど本音から遠ざかっていく。発信者が良い格好しかできなくなっていく構造は、この市場全体の持続可能性に関わる課題です。

私自身、日本酒のアンバサダー活動をしていた時、インターネット上で叩かれ、粘着され、開示請求の一歩手前まで行きました。精神的にもショックな出来事で、当時発信をやめてしまいました。今、立場が変わって界隈の中心人物の方々のデータを分析していくと、皆さんがアンチから叩かれる危険と裏腹に情報発信を続けていることがよく分かります。

リスクを背負って発信されている方の裏側には、それをよく思わないアンチがたくさんいる。発信者の挑戦を潰すのは、市場にとっても大きな損失です。だからこそKEENは、SNSすなわち公開情報のデータ分析を通じて、界隈の中心人物を企業の方々にしっかり繋げて紹介する。発信者に新しい仕事と、才能を発揮する場を提供する。個人の熱量が正当に報われるエコシステムをつくることが、この課題への私たちなりの答えです。

――今後の展望を教えてください。

小倉 私たちが目指しているのは、生活者の熱量を可視化することで、企業の意思決定そのものを変え、成果を出すパートナー的な存在になりたいと考えています。

広告やプロモーションだけでなく、商品開発やブランド戦略にまつわるまで含めて、企業が生活者を理解するためのインフラをつくる。生活者側のリテラシーも高まり、「これって嘘なんじゃないの?」と見抜く目を持つ時代です。だからこそ、騙し打ちのような広告ではなく、データに基づく誠実な生活者理解が企業の競争優位性になる。その転換を、長期視点で日本の市場に根づかせていくことが、次の挑戦です。

――ありがとうございました。

小倉一葉さん
2012年 マイクロソフトに入社。クラウド(Microsoft Azure)パートナー企業担当のプリセールスSE・BizDevとしてアライアンス業務を担当。2019年に旧社名:プリズムテック合同会社を創業。フリークアウトHDなどから累計3.1億円の資金調達を実施、IVS 2023 LAUNCHPAD登壇。

文/柿川鮎子

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