街を席巻する2大スニーカー、投資先として見るとどっちが「買い」なのか
ここ数年、街を歩けば必ず目にするようになったスニーカーがあります。ひとつは、白を基調とした穴あきソールが特徴的な「On(オン)」。もうひとつは、ぼってりと厚みのあるソールで一目で分かる「HOKA(ホカ)」です。かつてスニーカーといえばナイキかアディダスの一騎打ちでしたが、今やこの2つの新興ブランドがビジネスカジュアルの足元から本格的なランニングシーンまで、幅広く食い込んできています。
本記事では、この2大ブランドを「履き物」としてではなく、あえて「投資対象(株式)」として比較してみます。じつは両ブランドとも、その裏側には米国株式市場に上場する企業が存在します。Onを展開するのはスイス発の「オン・ホールディングス(ティッカー:ONON)」。HOKAを抱えるのは米国の「デッカーズ・ブランズ(ティッカー:DECK)」です。同じ「街で流行っているスニーカー」でも、企業としての性格はまるで正反対。片やアパレルにまで手を広げて一気に成長を狙う若い挑戦者、片や冬の定番ブーツ「UGG(アグ)」まで抱える盤石の老舗です。ブーム真っ只中の今だからこそ、「攻めるならどっち、守るならどっち」を整理していきましょう。
※本記事は特定銘柄の売買を推奨するものではありません。投資の最終判断はご自身の責任でお願いします。株価・業績数値は2026年6月時点で確認できたものです。
そもそも「On」と「HOKA」は何が違うのか
投資の話に入る前に、まずは2つのブランドの立ち位置の違いを押さえておきましょう。ここを理解しておくと、なぜ株式市場での評価がここまで分かれるのかが見えてきます。
Onは2010年、3人のスイス人によって設立された比較的新しいブランドです。もともとはランニングシューズから出発しましたが、現在の強みはむしろ「都会的でおしゃれ」という点にあります。シンプルで洗練されたデザインは、スーツにこそ合わせないものの、ジャケットにパンツといったビジネスカジュアルの足元にすんなり馴染みます。テニスのロジャー・フェデラー選手が出資者兼アンバサダーとして関わっていることでも知られ、ブランドとしての「格」を巧みに演出してきました。ターゲットは、機能性だけでなくファッションとしてスニーカーを選ぶ、比較的感度の高い層です。
一方のHOKAは、フランスで生まれ、現在は米国企業デッカーズの傘下にあるブランドです。最大の特徴は、なんといってもあの分厚いソール。「マキシマリズム(厚底路線)」と呼ばれるこの発想が生む圧倒的なクッション性は、長時間のランニングはもちろん、一日中立ちっぱなしの仕事をする看護師や飲食業の人たちからも熱烈に支持されています。加えて近年は、2000年前後のファッションを再評価する「Y2K」トレンドとも結びつき、あの無骨なボリューム感が逆に「今っぽい」として若者の間で人気を集めています。実用性とトレンドの両輪で伸びてきたブランド、といえるでしょう。
企業としての姿はもっと違う——「単品の爆発力」対「分厚い布陣」
ブランドの違い以上に、株式として見たときの両社の差は鮮明です。ここが今回の比較の核心になります。
オン・ホールディングス(ONON)は、事業のほぼすべてが「On」というひとつのブランドに集中しています。履き物で築いた勢いを、いまアパレル(ウェア)へと広げている真っ最中です。2025年通期の売上高は約30億スイスフラン、前年からおよそ30%増という高い成長を記録しました。2026年通期についても、会社側は為替の影響を除いたベースで少なくとも23%の増収を見込むと公表しています。つまり、まだ規模は大きくないものの、猛烈なスピードで駆け上がっている「グロース株(成長株)」の典型です。
対するデッカーズ・ブランズ(DECK)は、複数のブランドを束ねる持ち株会社です。稼ぎ頭は成長著しいHOKAと、冬になると爆発的に売れる定番ブーツのUGG。この2枚看板に加え、サンダルのTeva(テバ)なども抱えています。2026年3月期(同社の会計年度は3月締め)の通期売上高は54.7億ドルで前年比9.8%増、1株当たり利益(EPS)は7.02ドルと、こちらも過去最高を更新しました。ブランド別に見ると、HOKAの売上高が約25.9億ドル(前年比16%増)、UGGが約27.4億ドル(同8%増)と、二本柱が見事にバランスしています。
ここで注目したいのが、HOKA単体の売上規模が、すでにOnの全社売上に匹敵する水準にまで達しているという事実です。「街で見かける頻度」ではOnも負けていませんが、デッカーズにはそのHOKAと肩を並べるUGGがもう1本ある。つまり、Onの全社規模に相当するブランドを2つ抱えている計算になります。しかもデッカーズには、HOKAがもし失速しても、冬にどっしり稼いでくれるUGGという保険がある。単一ブランドに賭けるOnとは、リスクの分散度がまるで違うのです。
「守り」の決め手——年間10億ドルのキャッシュを生む力
デッカーズの安定性を語るうえで外せないのが、「フリーキャッシュフロー(FCF)」の分厚さです。聞き慣れない言葉かもしれませんので、簡単に説明します。フリーキャッシュフローとは、企業が事業で稼いだお金から、設備投資などの必要な支出を差し引いて手元に残る「自由に使える現金」のこと。これが潤沢な会社は、借金に頼らずとも、事業への再投資や株主への還元を自力で賄えます。企業の体力を測る、いわば「基礎代謝」のような指標です。
デッカーズはこのフリーキャッシュフローを、3年連続で年間10億ドル前後も生み出し続けています。そして、その稼いだ現金の使い道が実に株主フレンドリーです。2026年3月期には、約10.75億ドルもの自社株買いを実施しました。自社株買いとは、企業が市場から自らの株を買い戻すこと。発行済み株式の数が減るため、1株当たりの価値が高まり、株主にとっては追い風になります。会社側は今後も、生み出すフリーキャッシュフローの約8割を自社株買いに充てる方針を示しており、2030年に向けては「1株当たり利益を年率で1割程度伸ばしていく」という中期計画まで掲げています。
株主還元への本気度は、数字にもはっきり表れています。2026年3月期の決算と同時に、デッカーズは自社株買いの上限枠を35億ドル積み増し、買い戻せる総額を約50億ドルへと大幅に拡大しました。これは「稼いだお金を今後も株主に還していく」という強い意思表示にほかなりません。
加えてデッカーズは、借入金より手元現金のほうが多い「実質無借金」に近い財務体質です。会計年度末の手元現金は約19億ドルに達する一方、借入金は数億ドル規模にとどまります。景気が多少揺らいでも簡単には倒れない——こうした守りの堅さこそ、DECKという銘柄の最大の魅力といえます。
「攻め」の物語——アパレルへの拡大に賭ける
では、オン(ONON)の魅力はどこにあるのか。ひとことで言えば「これから伸びる余地の大きさ」、すなわちグロースストーリーです。
現在のOnは、売上の中心がまだ履き物にあります。しかしブランドの世界観はすでにアパレルへと広がりつつあり、ここが成長の伸びしろと見られています。もしOnが、履き物メーカーから「トータルなライフスタイルブランド」へと脱皮できれば、売上の器そのものが一段と大きくなる。市場が期待しているのは、まさにこのシナリオです。実際、2026年に入ってからも会社側は強気の成長見通しを維持しており、複数のアナリストが今後数年で2割を超える利益成長を予想しています。
ただし、この「期待」には相応の値札が付いています。株価が1株当たり利益の何倍まで買われているかを示す「PER(株価収益率)」で見ると、Onは過去1年の実績利益ベースでおおむね40倍前後という高い水準で取引されています。これは「将来の急成長をあらかじめ株価に織り込んでいる」状態を意味します。裏を返せば、もし成長が少しでも市場の期待を下回れば、株価が大きく調整するリスクもはらんでいる。実際、Onの株価は過去1年で3割超も下落しており、値動きの荒さ(ボラティリティの高さ)は覚悟しておく必要があります。夢は大きいが、乗り心地は決して穏やかではない——それがOnという銘柄です。
PERで見ると評価の差は歴然
ここまでの話を、投資家が最も重視する指標のひとつ「PER(株価収益率)」で締めくくってみましょう。PERとは、株価が1株当たり利益の何倍まで買われているかを示す数字で、大まかにいえば「その会社の将来にどれだけの期待が乗っているか」を映す鏡です。
この物差しで見ると、両社の評価の違いがくっきりと表れます。Onは実績利益ベースでおおむね40倍前後という高い水準。これは「未来の急成長を、あらかじめたっぷり株価に織り込んでいる」状態です。もっとも、今後1年の予想利益をベースにしたPERで見れば20倍前後まで下がる計算で、これは「これから利益が大きく伸びる」という前提に立った数字。裏を返せば、その伸びが実現しなければ割高感が一気に表面化する、ということでもあります。配当は出しておらず、稼いだお金はもっぱら成長への再投資に回している段階。増収ペースが2割を超える一方で、株価の値動きは荒く、過去1年で3割超も下げています。
対するデッカーズは、約15倍前後にとどまります。これだけ好調な業績——売上は前年比9.8%増、1株当たり利益は過去最高を更新——を出している企業としては、むしろ控えめな評価です。過度な期待が織り込まれていない分、下値の堅さが期待できます。配当こそ出していないものの、年間10億ドル前後のフリーキャッシュフローを自社株買いという形で株主に還元しているのは、前述のとおりです。
同じ「スニーカー株」でも、投資家が支払っているものの中身はまるで違う。片やまだ見ぬ成長への期待料、片やすでに積み上がった実績への対価。この一点だけでも、両社の性格の差が透けて見えてきます。
結局、どちらを選ぶべきか
ここまで見てきたように、ONONとDECKは「似て非なる」2銘柄です。最後に、どんな考え方の人にどちらが向いているかを整理しておきましょう。
多少の値動きの荒さは受け入れたうえで、単一ブランドが化ける「爆発力」に賭けたい——そんな攻めの姿勢なら、オン(ONON)に妙味があります。アパレルへの拡大が市場の期待どおりに進めば、大きなリターンも狙えるでしょう。ただし高いPERゆえ、期待外れの決算が出れば株価が大きく振れる点は、あらかじめ肝に銘じておく必要があります。
逆に、派手さより「着実さ」を重視するなら、デッカーズ(DECK)に軍配が上がります。HOKAという成長エンジンを持ちながら、UGGという安定基盤と潤沢なキャッシュ、そして株主還元への強い姿勢を兼ね備える。爆発的なリターンは期待しにくい代わりに、じっくり腰を据えて持てる「守りの優良株」です。
もっとも、「攻め」と「守り」は必ずしも二者択一ではありません。ポートフォリオ(資産の組み合わせ)の考え方として、値動きの荒いグロース株を一部だけ持ち、土台には安定株を据える、という組み方も十分に現実的です。街で流行るスニーカーを眺めるとき、その足元に上場企業のドラマが隠れていることを思い出せば、日々のトレンドを見る目も少し変わってくるはずです。
著者名/ 鈴木林太郎 経済ライター テックと経済の”交差点”を主戦場にやさしく解説。企業・自治体の取材とデータ検証を重ね、現場の課題を言語化する記事づくりが得意。難解な制度や技術を、比喩と事例で”今日使える知識”に翻訳します。
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