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日本語は最強の脳トレ言語か?脳科学者が説く「読書」の効果

2026.07.05

お茶の水大学助教で脳科学者の毛内拡(もうないひろむ)さんは、「読書とは単なる情報収集活動でなく、脳そのものを変化させる、極めて能動的で創造的な行為である」と語っている。読書には私たちの思考力や創造力を高める、驚くべきメカニズムがあった。今回は毛内先生に「読書による脳内メリット」について教えてもらおう。

読書形態の多様化が進んでいる

毛内先生によると、読書とは単なる情報収集ではなく、「脳を創る行為」だと言う。新刊「読書する脳」(SBクリエイティブ刊、定価1045円)で先生は「ページをめくって文字を追うたび、物語に没入するたびに、あなたの脳内では『静かな、しかし豊かな変化』が起きています」と述べている。

読書離れという言葉が広がっていて、大人になると本を読まないと言われる。読書習慣については、令和五年度、文化庁国語課が国語に関する世論調査を行った。それによると、日本人の読書習慣は紙媒体からデジタルデバイスへシフトしていた。毛内先生は「読書離れが叫ばれている現在は、実のところ『読書形態の多様化が進んでいる時代』であるとも言え、必ずしも読書離れという言葉が正確ではない」と指摘している。

紙媒体で読むのとスマホで読むのは何が違う?

では実際、紙媒体で文章を読む場合と、スマホやタブレットなどデジタル媒体で読む場合とは何が異なるのだろう。毛内先生によると、私たちの脳は無意識のうちに文章の位置を空間的に記憶していると言う。脳科学ではこれを『空間的ナビゲーション』と呼んでいる。

空間的ナビゲーションとは、脳の中に地図を作り、その中で情報を整理している状態のこと。紙の本を読む時、私たちの脳はまるでGPSのように働くため、紙媒体では内容が記憶に定着しやすくなる。

一方、スマートフォンやタブレットなどのデジタル媒体では、画面のスクロールやリンクのクリックなど、紙にはない操作をする必要がある。これらの操作が情報への注意力を散漫にさせ、集中して理解することが難しくなる。

毛内先生は、「スマホに頻繁に届く通知は、脳の前側にある前頭前野に負担をかけます。前頭前野は、物事を整理し、注意を集中させるために重要な場所です。通知によって何度も注意が中断されると、集中力や深く考える力が落ち、文章の理解や記憶にも影響が出やすくなります。」と教えてくれた。

脳がもっている独特の特性「ヒューリスティック」と「DMN」

さらに毛内先生は、脳には「できるだけ楽に判断しようとする性質」があると説明する。これは「ヒューリスティック」と呼ばれる思考の近道で、情報が多く複雑な状況でも、素早く判断するために役立っている。ただし、この近道に頼りすぎると、物事を偏って見たり、誤解したりすることがある。これが認知バイアスである。

「例えば、私たちは自分が信じたいものや、見たいものだけを無意識に選んでしまう傾向があります。他人が失敗すると、それが状況や環境ではなく、その人自身の内面的な性格や能力に求めてしまうこともあります。遅刻した人について『電車が遅延したのではないか』と考えるのではなく、『だらしがないから遅刻したのだろう』と考えてしまうような状態です」(毛内先生)。

また、デフォルトモードネットワーク(DMN)という回路があり、この回路が過剰に働くと、思考がネガティブな方向に向かい、過去の後悔や将来の不安がぐるぐると渦巻いてくる、いわゆる反芻思考を起こしてしまう。こうした脳の働きに心当たりがある人は多いはず。過去から嫌なことばかりが沸いて出て、気分が重くなってしまう。これは脳の働きによるものだった。

反芻思考が続くと、脳は同じ問題を何度も処理し続けることになります。そのため、十分に休まる時間が減り、集中力が落ちたり、感情が揺れやすくなったりします。こうした状態が慢性的になると、心の不調にもつながりやすくなります。

このDMN暴走を抑える有効な手段の一つが、読書だった。読書で深く物事を考える時間は、脳の活動を和らげ、認知機能や脳の健康を守ってくれるのである。

音楽鑑賞や散歩よりも読書の方が脳のストレスレベルが低下する

「読書には、リラックス効果があると考えられています。イギリス・サセックス大学の研究として知られる報告では、わずか6分間の読書により、ストレスレベルが最大68%低下したとされています。これは、音楽を聴くこと(61%低下)、散歩(42%低下)など、一般的なリラクゼーション活動と比べても高い効果を示す結果として報告されています。同じような実験でアメリカのシートンホール大学で行われた研究でも読書はヨガやユーモア活動と同様のストレス軽減効果を示し心拍数や血圧を下げることが報告されています」と毛内先生。実験でも読書のリラクゼーション効果は明らかだった。

また、最近の研究では、読書や作文などの知的な活動が、認知症の予防や、長期的な脳健康の維持に深く関わっている可能性が、指摘されている。

実は日本語は脳に2つの効果があった

最後に毛内先生から日本人の私たちに嬉しい日本語の効果について教えてもらった。日本語は漢字とひらがな、カタカナと複雑な表記をするが、実はこの文字が脳の働きに大きな影響を与えていた。

まず私たちの脳が漢字を認識する時、他の文字に比べてより複雑で詳細な形状の認識が求められる。脳画像MRIを用いた研究によると、漢字を読む時には、脳の後頭葉にある視覚や目で見た情報を処理する場所や側頭葉(意味を理解するのに関わる場所)が、広い範囲で活性化していた。

さらに漢字の複雑な視覚的特徴は、絵画やシンボルを見た時に活性化する脳の回路を刺激していた。その結果、漢字を読む行為は、単に言葉の意味を理解するという言語的な処理だけでなく、脳の幅広い領域を使った複雑な情報処理活動を行っていた。

一方、アルファベットや日本語の「かな」は、音に変換して読む表音文字である。読むときには、文字を音に置き換える「音韻処理」が行われる。そのため、ひらがなやカタカナでは、漢字に比べて、左半球にある言語処理のネットワークがより関わりやすいと考えられる。

つまり、日本語は漢字とかなを読む際、それぞれ異なる脳のネットワークを使うのである。漢字を見た際には視覚野や側頭葉を中心とした意味理解の回路を活性化させ、ひらながなを見た時には音韻処理を担当する側頭葉の言語処理を活性化する。

「日本語を読むときの脳は、1)意味を直接的に処理する回路と、2)音を経由して意味を理解する回路、の2つを同時にかつ非常に柔軟に切り替えているのです。実際MRIによる実験でも、漢字とかな、それぞれに対応した脳領域が活性化されていることが明らかになっています」と毛内先生。

日本語で読むことは、非常に高度な脳のトレーニングになっていた。「日本語というすばらしい言語環境に育った私たちは、ぜひ積極的に読書を行ない、この脳の可能性を充分に引き出して行きましょう!」と呼び掛けている。新刊書ではさらに小説などの物語を読むことが、共感力や社会性といった人間らしさにどう影響するかについても深堀している。

毛内拡さん
お茶の水女子大学ヒューマンライフサイエンス研究所助教。1984年、北海道函館市生まれ。2008年、東京薬科大学生命科学部卒業。2013年、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員等を経て、2018年3月よりお茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教。2026年4月より現職。同大にて生体組織機能学研究室を主宰。専門は、神経生理学、生物物理学。「脳が生きているとはどういうことか」をスローガンに、基礎研究と医学研究の橋渡しを担う研究を行っている。第37回講談社科学出版賞受賞。主な著書に、『脳を司る「脳」―最新研究で見えてきた、驚くべき脳のはたらき』(講談社ブルーバックス)、『「頭がいい」とはどういうことか―脳科学から考える』(ちくま新書)、『心は存在しない―不合理な脳の正体を科学でひもとく』(SB新書)、『脳と免疫のなぞ―心身の不調はどこからくるのか』(NHK出版新書)など。趣味は道に迷うこと。

文/柿川鮎子

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明治大学政経学部卒業後、経済系新聞社で自動車、ISOなどの担当記者に。退社後5年間、動物病院に勤務した経験から、飼い主さんの気持ちに寄り添ったペット記事を執筆中。 得意なテーマは 1)生産性向上などのマネジメント関連と、 2)犬猫やエキゾチックを含 めた飼育動物全般、の2つ。 作家として小説「犬にまたたび猫に骨」(講談社刊)、「極楽お不妊物語」(河出書房新社)を発刊。ノンフィクションでは小学館刊「全国から飼い 主が駆けつける!犬の名医さん100人データブック」、文春新書「動物病院119番」、ほか多数。趣味は野鳥観察、現在、2羽のオカメインコを溺愛中。

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