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「マウスに接着剤を塗ったら毛が生えた」偶然の発見から始まった、歯科大学発の発毛研究とは?

2026.07.02

薄毛や脱毛は、健康問題というだけでなく、見た目の印象や自信、仕事上のコミュニケーションにも関わる身近なテーマだ。しかし、現状において薄毛や脱毛に対して、十分に満足できる治療法が確立されているとはいえない。

多くの人が発毛研究を進めるなか、九州歯科大学の研究室で、歯科材料などの生体安全性を見るためのマウス実験を行っていた際に、不思議な現象が発見された。

「接着剤を塗った場所だけに、毛が生えてきた――」

この「塗った場所で毛が生える」という発毛の現象について、研究グループの代表である、九州歯科大学生化学分野の古株彰一郎教授に話を聞いた。

歯科大学で始まった偶然の「毛髪研究」

毛には毛周期がある。毛を成長させる成長期、成長が止まり、抜ける準備に入る退行期、毛の成長が止まり休んでいる休止期という生え変わりサイクルを繰り返している。このサイクルに異常が起こると、薄毛や脱毛につながるのだ。特に、成長期が十分に維持されないことや、休止期が長くなることが問題になるという。

「休止期にある毛包を効率的に成長期へ移行させることができるのかを調べることは、毛髪再生研究における重要な課題です。今回のマウスの研究で、休んでいた毛包、つまり毛を作る小さな器官が刺激を受け活性化されたことで、休眠状態が解除され、毛を生やす方向へ動き出す現象を発見しました」

歯科大学でなぜ毛髪の研究なのか、と意外に思う人もいるかもしれない。実はもともとは、歯に関する研究を進めるなかで、偶然見つかった現象だったという。

「歯科材料などの生体安全性を評価するために、マウスの皮膚の下に材料を入れ、炎症の有無などを確認する実験をしていました。皮膚を切って材料を入れたあと、縫合の代わりに接着剤で傷口を閉じていたんです。すると、何度実験しても、接着剤を使った同じ部分だけに毛が生えてくることに気づきました」

その接着剤とは「ピロキシリン」。人間用の液体絆創膏やイボ治療材、さかむけ用の製品などに使われている安全性も高い素材だ。

「歯と毛には発生の段階で共通する部分があります。体の中で作られる仕組みに重なりがあるため、非常に興味深いと感じ、偶然見つけた現象ですが、毛髪研究を掘り下げていくことにしたんです」

毛髪の研究として、実際に行われた実験とはどういうものか。

「毛包が休止期のマウスを使用しました。休止期であるため、毛周期が成長期に切り替わる3~4週間までは、剃った部分の毛は通常ならば生えてきません。そこに、ピロキシリンを塗布すると、14日後には毛が生え始め、19日後には、剃っていない周囲の毛と同じ密度の毛が戻ってきたんです」

ここで着目すべきポイントは、ピロキシリンそのものに特別な発毛成分があるということよりも、皮膚に加わる物理的な刺激が休止期の毛包を成長期へ移行させたということだ。

「このピロキシリンは、人にも使われている材料で、塗ると皮膚に張り付き、乾いて固まるときに、少し皮膚を持ち上げます。その際の程よい物理刺激や、傷を作ることによる炎症刺激によって、休んでいた毛包(毛を生やす皮膚の器官)が活性化された。その結果、成長期へ移行して、発毛につながったと考えます」

マウスでは非常に再現性が高く、複数の種類のマウスでも確認できたという。

「メスでもオスでも同じように効果がありましたし、背中だけでなく、おでこや頭など別の部位でも試して、現象が確認できました。中高齢期に相当する年齢のマウスでも同様です。現在はそこからさらに一歩踏み込み、レーザーで表面を削るなど、接着剤以外の刺激でも同じことが起きるかの検証など、さまざまなケースを想定し、積極的に試しています」

この研究を〝人〟へ生かすには?

毛髪の研究では、マウスと人の違いがあり、マウスでうまくいったからといって、そのまま人で再現できるわけではないという。しかし、この研究からさまざまな方向に研究を進めていきたいと語る。

「今回の成果は、すぐに治療へ直結する技術というより、発毛研究を進めるための一つのツールとして活用できるのではないかと期待しています。この方法を使えば、特定の遺伝子が毛の成長にどう関わるのかや、病気のモデルマウスでどう反応するのかなどを調べやすくなる可能性もあります。発毛に向かう過程を観察しやすくなることは、男性型脱毛症や円形脱毛症、抗がん剤治療に伴う脱毛など、さまざまな研究の足がかりになり得ます」

もちろん、人での有効性を示せる〝治療法〟へつなげていくことも課題のひとつだ。

「ピロキシリン自体は、現在も人に使われている材料で、それだけで発毛を期待できるわけではありません。何らかの薬剤など〝プラスアルファ〟の要素を組み合わせる必要があると考えています。この研究から発展して、さまざまな可能性を模索していきたいですね。それこそ、既存の毛包を目覚めさせるだけでなく、将来的には毛包そのものの再生につながる一歩になるかもしれない」

髪の問題は、生死に直結する病気とは見なされにくい。しかし、髪は人の印象を大きく変え、生活の質、つまりQOLに深く関わる。

「薄毛や脱毛自体は、直接命に関わらないということもあり、軽く見られがちな側面もあると思います。しかし、当事者にとっては外に出ることや人と会うことに影響する、とても大きな問題です。心の健康にもつながるでしょう。私の研究が将来、髪の毛で困っている人にとって、何らかの形で役立てられればと思っています」

「接着剤を塗れば人の髪が生える」わけではない。だが、偶然から生まれた発見が、毛包を目覚めさせる仕組みの解明につながるなら、将来の治療選択肢を広げる一歩になるかもしれない。歯科大学発の発毛研究が、髪に悩む人のQOLを支える未来につながることを期待したい。

古株彰一郎先生

九州歯科大学歯学部 生化学分野教授。埼玉医科大学医学部 歯科口腔外科、ハーバード大学 研究員を経て現職。歯科医師として、現在も臨床に立ち、患者の生の声を聞く。もともとは骨や筋肉などを研究していたが、偶然の発見をきっかけに毛髪研究へすすむ。

取材・文/田村菜津季

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