観光地の土産売り場に並ぶ、光るガイコツやドラゴンの剣のキーホルダー。平成の子どもたちは、なぜかそうした〝お土産キーホルダー〟に夢中だった。
それは必ずしも、その土地ならではの商品ではない。それでも多くの子どもたちは、名産品ではなくドラゴンやガイコツを選び、旅の思い出として持ち帰っていった。
今回、平成の観光地で人気を集めた〝お土産キーホルダー〟の背景について、観光地向けグッズを数多く手がけてきた株式会社コヤマ 代表取締役社長・小山聡彦さんに話を聞いた。
株式会社コヤマが語る、観光地に現れた〝お土産キーホルダー〟の正体
『魔界のドラゴン夜光剣キーホルダー』で知られる株式会社コヤマは、昭和33年の創業以来、さまざまなキーホルダーや根付けの制作に取り組んできた。1980年代頃からは、特に観光地向けの土産キーホルダーを中心に、数多くの商品を手がけている。しかし、同社が手掛けてきたのはドラゴンキーホルダーだけではない。
コヤマのキーホルダーは、時代ごとの流行や世相を取り入れた商品を数多く生み出し、キーホルダーを通してその時代の空気や文化を映し出してきた。なかでも平成期の商品を振り返ると、当時のブームや子どもたちの価値観が色濃く反映されていることがわかる。

そもそも、ドラゴンキーホルダーをはじめとするお土産キーホルダーの文化は、いつ頃から生まれたのだろうか。
「弊社は、昭和33年(1958年)に父である初代社長・小山利男が『有限会社小山利商店』として創業しました。創業当初から根付やキーホルダーを中心に扱う製造卸の会社です。
私が入社した1979年(昭和54年)当時には、すでにオリジナル商品や「面白商品」を数多く展開しており、爪切りやメジャー、ホイッスル、ミニチュア玩具、おみくじキーホルダーや金属製キーホルダー、鈴付き商品など、さまざまな商品を手がけていました。
1986年(昭和61年)にはインターナショナル・ギフト・ショーへ初出展し、その後も展示会への出展を重ねることで、全国の観光物産問屋やファンシー系問屋との取引を広げ、販路を拡大していきました。
商品企画では、問屋さんからの情報やメディア、雑誌などを参考にしながら、その時代の流行を取り入れた商品づくりを意識してきましたね。イルカなどのマリン系、サーファー、スキー・スノーボード、エイリアン、ガイコツ、恐竜など、その時々のブームを反映した幅広いキーホルダーを展開してきました。
その流れの中で生まれたのが、ドラゴン系のキーホルダーや武器、手裏剣をモチーフにした商品です。特に男の子向けのドラゴン系キーホルダーは、時代を超えて長く愛される商品となりました。現在ではインバウンド需要もあり、海外のお客様からも注目されています」
創業当初のコヤマは、根付けやアクセサリーなどの小物類を中心に商品を展開していた。その後、観光需要の拡大とともに土産市場が成長し、キーホルダーの需要も高まっていったという。
「高度経済成長期に観光需要が伸びる中で、最初は根付けやシンプルなキーホルダーが中心でした。その後、『ファンシー』という言葉が広まり始めて、商品も少しずつ変わっていったんです」
そう語りながら見せてくれたのが、当時の商品台帳だった。
台帳には実にさまざまな商品が並んでいた。ガイコツのキーホルダー、ヤンキー風のキャラクター、ヤシの木のモチーフなど、手描きのイラストで数多く記録されている。
「ガイコツのキーホルダーだったり、ヤンキー風のキーホルダーだったり。当時は今ほど権利関係に厳しくなかったこともあって、アニメキャラクターを模した商品も流通していましたね」
観光地のお土産キーホルダーは、単なる旅の記念品ではなかった。そこには、その時代ごとの流行や、子どもたちが感じた「かっこいい」「面白い」といった価値観が色濃く反映されていた。そして、そうした時代の空気から生まれたのが、後に平成キッズを夢中にさせるドラゴンキーホルダーだった。
〝ご当地じゃないのに欲しかった〟平成キーホルダーの魔力
1980年代後半になるとバブル景気に沸き、国内旅行も活発化していく。観光地や、都内の施設、土産物売り場も大きな賑わいを見せるようになる。
また同時期には、『ドラゴンクエスト』をはじめとするRPG作品の人気によって、ドラゴンや剣といったモチーフへの親しみが広がっていた時代でもあった。

一方で観光地の土産売り場には、子どもたちの目を引くインパクト重視の商品が次々と登場する。こうした時代の空気もあり、ドラゴンをモチーフにしたキーホルダーは観光地の売り場で存在感を高めていった。
しかし、当時人気を集めていたのはドラゴンやガイコツだけではない。観光地のキーホルダー売り場には、その時々の流行を反映したさまざまな商品が並んでいたという。

「当時はサーフィンをモチーフにしたキーホルダーも流行っていましたね。弊社で制作した『ロコボーイ』なんかはすごく売れました。当時はサーファーブームの時代で、みんなそういうファッションやライフスタイルに憧れていたんです。
ビートル(フォルクスワーゲン・ビートル)のモチーフも人気でしたし、ウインドサーフィンなんかも流行っていました。世の中全体がそういう空気でした」
ロコボーイやビートルのキーホルダーが売れた背景には、その時代ならではの空気があった。しかし興味深いのは、それらの商品が必ずしもメーカーが一から企画していたわけではなかったという。

「実は、こうしたキーホルダーを〝なぜ作ったのか〟と聞かれると、少し説明が難しい部分もあるんです。というのも、すべてをメーカー側で企画していたわけではなかったからです。
当時は職人や業者の方々から、『こういう商品はどうでしょう』『これは売れるのではないか』といったサンプルが次々と持ち込まれる時代でした。私たちメーカーは、それを見ながら商品化していく形でした。
そのため、ドラゴンやガイコツといったモチーフも、こちらが一から設計したというより、その時々で〝売れそうなもの〟が自然と集まり、形になっていった、という感覚に近いですね。
特にガイコツのキーホルダーに関しては、業者から持ち込まれた輸入品がきっかけでした。私たちもメーカーとして、面白そうなものや売れそうなものを積極的に扱ってきたんです。
ただ、同じような商品を扱うメーカーも多かったので、差別化のための工夫はしていました。例えばドラゴンキーホルダーも、『ドラゴンキーホルダー』ではなく、『魔界のドラゴン夜光剣キーホルダー』という名前を付けることや蓄光剤入りエポを採用するなど、印象に残る商品づくりを意識していました」
当時は問屋が流通の中心を担っていた。コヤマの商品も、主に東京や大阪の問屋街にある現金問屋を通じて全国へ流通していたという。

「毎月のように大阪へ出張して、問屋さんにサンプルを見せて注文を取る。また、一方で観光土産キーホルダーは観光物産問屋さんへ営業をかける、そんな時代でした。
問屋さんには全国の小売店が仕入れに来るので、その先でどんなお店に並ぶのかは私たちにも分からないんです。それでも、とにかく面白い商品や売れそうな商品を持ち込んでは提案する。そうやって市場が広がっていきました」
振り返れば、それは戦後の日本の成長とともに歩んだ時代でもあった。
「今ではなかなか考えられないくらい活気がありましたね。そうした時代だったからこそ、さまざまな商品が生まれたのだと思います」

平成と令和で何が変わり、何が変わらなかったのか
コヤマが手がけてきたキーホルダーを振り返ると、その時々の流行が商品に取り込まれてきたことがよくわかる。
そのラインアップは実に幅広い。スキー場向けの商品をはじめ、かつて人気を集めたフロッキー加工の動物キーホルダーや、現在でも観光地で定番となっているオコジョのキーホルダーなども手がけてきた。


また、近年のY2Kブームで再び注目を集めている〝しっぽキーホルダー〟もそのひとつだ。改めて見てみると、当時の流行や世相が反映されており、まるで時代ごとのカルチャーを切り取った資料のようでもある。
「商品のデザインには、デザイナーさんの力が大きいですね。もちろん最初のアイデアは私たちが出します。例えば『剣にドラゴンを絡ませたい』とか、『こんな雰囲気の商品を作りたい』といったイメージですね。
ただ、それを実際に魅力的な商品として形にするのはデザイナーさんの仕事です。うちも長年お願いしているデザイナーさんがいるのですが、本当にセンスがあって、時代に合ったデザインをたくさん生み出してくれました。
私自身もラフスケッチのような形でイメージを描くことはありますが、印刷や金型を起こすには正確な図面が必要です。型代もかかりますし、失敗はできません。
最終的にはプロのデザイナーさんに清書してもらい、商品として成立する形に仕上げてもらいます。ですので、商品づくりは合作に近い感覚なんです」


企画を考える側と、それを形にするデザイナーや職人たち。多くの人の感性や技術が重なり合うことで、その時代を象徴するお土産キーホルダーが生み出されていたのである。
問屋に採用された商品は全国の小売店へと広がり、売れれば次々と追加発注が入る。逆に売れなければ、そのまま市場から姿を消していく。メーカー、問屋、小売店が連動しながら商品が広がっていく様子は、まるでドミノ倒しのようだったという。そうした流通の仕組みの中から、後に観光地の定番となるヒット商品も生まれていった。
「商品には必ず波があります。どんなに売れる商品でも、人気が高まってピークを迎えれば、やがて落ち着いていくものです。だからメーカーは常に次の商品を考え続けなければなりません。
一方で、問屋や売り場に「定番商品」として認識されると、在庫が減るたびに継続して発注してもらえる商品もあります。ドラゴン系の商品が長く続いているのも、その一例かもしれません。単発のブームではなく、観光地を訪れる子どもたちが世代を超えて買い続けてくれているんです。だから定番になったのでしょうね。
もちろん結果論でもありますが、私たちも先が見えていたわけではなく、その時々で一生懸命商品を作ってきただけです。さまざまな要素が重なり合って、売れたり売れなかったりします。だから商品は本当に面白いと思います」
そうした「定番」として残る商品は、必ずしも計算され尽くしたものではない。むしろ偶然の積み重ねの中で、少しずつ形を変えながら生き残っていくものもある。
あの頃、観光地で見かけたドラゴンやガイコツのキーホルダーは、決してその土地ならではの名産品ではなかった。それでも多くの人が惹かれたのは、そこに当時の〝かっこいい〟や〝憧れ〟が詰まっていたからだろう。
ドラゴン、ガイコツ、ロコボーイ、しっぽキーホルダー――。観光地の売り場には、その土地の名物だけでなく、その時代を生きる人々の流行や感性も並んでいた。
平成のお土産キーホルダーは、旅の記念品であると同時に、時代の空気を閉じ込めた存在でもあったのである。今度ふと手に取ってみると、かつてそれを作り、持ち帰った人たちの時間が、どこかに重なっているように感じられるかもしれない。
取材・文/Tajimax







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