1990年代後半、日本中を席巻した『たまごっち』。当時の爆発的な社会現象をリアルタイムで記憶している30代・40代も多いだろう。あれから約30年。令和の今、「デジタルペット」が異例の再ブームを巻き起こしている。
牽引役となっているのは、世界展開で大復活を遂げ、国内外のセレブやZ世代をも巻き込んでいるバンダイの『たまごっち』シリーズ。そして、液晶画面の中に指を入れ、直接触っている感覚になれるという驚きのギミックで、子どもから大人までを虜にしているタカラトミーの『ぷにるんず』だ。
なぜ、スマホゲームやAIチャットボットが溢れるこの時代に、わざわざ「単機能の専用ガジェット」を大人が買い求め、お世話に時間を費やすのか。そのヒットの裏側を探ると、現代人が無意識に求めている「癒やし」の構造が見えてきた。
数字で見る市場の地殻変動
市場の拡大スピードは、一部の玩具マニアによる単なる「ノスタルジー消費」と片付けるにはあまりに巨大だ。関連企業の決算や出荷実績から、その経済的なインパクトを読み解いてみよう。
まず、バンダイナムコホールディングスの「トイホビー事業」は近年、過去最高の売上業績を次々と塗り替えている。その原動力の一つとして名指しで挙げられているのが、他ならぬ『たまごっち』だ。
『たまごっち』シリーズの国内外累計出荷数は、25年に1億個の大台を突破。注目すべきはその内訳である。累計出荷数のうち実に50%以上が海外市場向けであり、特に北米市場が全体の33%、ヨーロッパ市場が16%を占めている。
最新機種『Tamagotchi Uni(たまごっちユニ)』などはWi-Fiを内蔵し、世界共通のプログラムで世界中のユーザーとメタバース空間「たまバース」で繋がれる仕様を導入。欧米のファッションアイコンがアクセサリー感覚で身につけたことからSNSでバズが連鎖し、グローバルなY2K(2000年代)カルチャーの象徴、ひいては有力なグローバルIP(知的財産)として日本発の巨大経済圏を再構築している。
一方、2021年の登場以来、独自のポジションで急成長を遂げているのがタカラトミーの『ぷにるんず』シリーズだ。本体に開いた「穴」に人差し指を差し込み、ぷにぷに触感の物理的なシリコンボタンを操作することで、画面の中のキャラクターを直接触っているかのような錯覚を生む。
この革新性で日本おもちゃ大賞を受賞しただけでなく、発売からわずか数年で、アジア圏を含むシリーズ累計出荷数は90万個を突破。ガジェット市場の定番商品として確固たる地位を築いた。小学生向けとして開発されたものが、SNSでの拡散を経て、今や仕事などに疲れた大人たちの癒やしガジェットとして購買層を広げている。
なぜ大人がハマるのか? 3つの社会的・心理的背景
今はスマホさえあれば、課金をしなくても精巧な3Dゲームが遊べる時代だ。にもかかわらず、数千円を支払ってドット絵で簡易な仕組みのデジタルペットを育てる大人が増えている背景には、現代特有の3つの心理的要因があると言えそうだ。
(1) 「終わりがある」というタイパの良さ
スマホゲームの多くは、運営が続く限りイベントが更新され、終わりがない。「ログインし続けなければならない」という義務感は、時にユーザーにとって精神的コスト(疲れ)になる。
対してデジタルペットは、一定のサイクルで寿命を迎えたり、自立して旅立ったりする。可処分時間の奪い合いに疲れた大人にとって、非常にタイパが良い。短期間で愛着を形成し、看取り、また新しく始める。この区切りの良さが、ストレスフリーなエンタメとして機能しているのだ。
(2) 「推し活」の文脈への合流
今の20代~40代にとって、「画面の中の存在に感情移入し、時間やお金を投資して愛でる」という行為は、すっかり日常のカルチャー(=推し活)として定着している。
さらに、お気に入りのガジェットを専用ポーチに入れて持ち歩き、カフェや旅先で一緒に写真を撮ってSNSに投稿するという楽しみ方も広がっている。かつてのように家の中だけで遊ぶおもちゃではなく、お気に入りのアイテムを相棒のように連れて歩き、日常の一コマをシェアする「大人の推し活・ぬい活」と同じ感覚で消費されているというわけだ。
(3) 責任の重すぎない「疑似ペット」ニーズ
住宅事情、あるいは経済的・時間的理由から、犬や猫などの本物のペットを飼うことが難しい人は多い。しかし、孤独感やストレスを癒やしてくれる存在は欲しい。
デジタルペットは、ご飯をねだり、糞をし、病気になる。本物さながらのお世話の手間がありながらも、最悪の事態(死)を迎えてもリセットボタン一つでやり直せる。この「重すぎない生命の責任」と「適度な依存関係」が、都会で一人暮らしをする大人の心の隙間にピタリとハマっているのではないだろうか。
ガジェットとして見る「物理インターフェース」の逆襲
なお、現代のデジタルデバイスは、スマートフォンのように「ツルツルとしたガラス画面をタッチする」操作に収斂している。効率的ではあるが、どのアプリを触っても指先に返ってくる感覚は同じであり、五感への刺激としては貧しい。
その退屈とも言えるゲーム環境との強力な差別化となっているのが、デジタルペット玩具といえよう。
『たまごっち』の、あの絶妙に押し心地の良い3つのプラスチックボタン。あるいは『ぷにるんず』の、指先を優しく包み込むシリコンの質感。これらは、キーボードとマウス、スマートフォンの画面しか触っていない大人にとって、心地よい癒しとなっている。
情報過多なデジタル社会から一時的にログアウトし、手のひらの中の小さな世界だけに集中する。これは一種の「デジタルデトックス」であり、マインドフルネスに近い効果をユーザーにもたらしていると言っても過言ではない。
単なる「レトロ」で終わらせない、メーカーの巧妙な進化戦略
もちろん、これらは単に昔のデザインを復刻しただけの「懐かしグッズ」ではない。バンダイもタカラトミーも、令和のインフラと市場に合わせた緻密なアップデートを行っている。
バンダイ:グローバルIP化とコミュニティの構築
かつての『たまごっち』は、赤外線で「目の前の友達」と通信するのが限界だった。しかし前述の通り、最新機種はWi-Fiを搭載。世界中のユーザーが同時に同じイベントに参加し、限定アイテムを競う。これにより、「世界中で流行している」というライブ感を演出することに成功した。
さらに、アパレルブランドとのコラボや、伝統工芸とのタイアップなど、大人がファッションとして消費できる仕掛けを次々と打っている。
タカラトミー:動画時代を見据えた「映え」と「体感」
『ぷにるんず』の凄みは、「液晶画面の中のキャラクターを触る」という、一見すると動画では伝わりにくそうな魅力を、逆にショート動画(TikTokやYouTube Shorts)の格好のネタにした点だ。
おもちゃの穴に指を入れ、画面の中のキャラクターが変形する様子は、ビジュアルとしてのインパクトが抜群に高い。インフルエンサーたちがこぞってリアクション動画を投稿したことで、広告費を爆発させずとも自然発生的にブームが拡散していく土壌が出来上がった。
デジタル疲れをデジタルで癒す時代に
大人をも巻き込むデジタルペットの再ブーム。その正体とは、「画面の向こう側への疲弊」に対する、現代人の無意識の防衛反応であるとも言えそうだ。
スマホを開けば、アルゴリズムが弾き出した「あなたへのおすすめ」や、他人のきらびやかな生活などの情報が洪水のように押し寄せてくる。そんな社会において、手のひらで小さな命を愛でる時間は、現代人にとってのサードプレイスとなっている。
デジタル疲れをデジタルで癒やす――。この一見矛盾した、しかし切実な現代人のニーズを捉えたデジタルペット市場は、効率化を追い求めてきた私たちのライフスタイルに対する、新しい提案となっている。
文/田中節子




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