「渡辺直美はアメリカ人に大人気」ーーそんなイメージを持ってワシントンD.C.の会場に入ると、最初に聞こえてきたのは日本語だった。会場で目立ったのは若いアメリカ人ファンの集団ではなく、日本語で会話を交わす在米日本人たちだった。なかでも、アメリカ人の夫や子どもとともに来場した日本人女性の姿が少なくなかった。
ほぼ満席の会場が熱を帯びていく過程
ワシントンD.C.で開かれた渡辺直美さんのスタンダップコメディ公演は、ほぼ満席の盛況だった。
日本のアニメや音楽が世界的人気を集める一方、日本人タレント個人がアメリカで継続的に観客を集める例は多くない。では、なぜ渡辺さんはアメリカで支持を広げているのか。公演の現場から、その理由を探った。
芸人でありインフルエンサーとしても活躍する渡辺直美さんは、約2か月にわたり北米18都市を巡る単独スタンダップコメディ·ツアーを行い、各地で完売が相次いだ。
アメリカの首都ワシントンD.C.での公演は、ツアー後半の5月下旬、平日の夜に行われた。会場となった「ハワード·シアター」はアメリカ最古級の劇場で、ジェームス·ブラウンら多くの黒人アーティストが立った音楽史的にも象徴的な場所だ。
開場の少し前に到着すると、すでに行列ができていた。チケットを確認され、荷物検査を経て会場内に入る。


購入したチケットは1階の自由席で、ステージを真正面から見渡せる位置だった。チケット価格は約40ドル(約6,400円、手数料別)だった。
会場の奥にはバーカウンターがあり、開演前から酒を片手に時間を過ごす観客の姿もあった。
会場内外に「Naomi Watanabe」のサインや大きな掲示はなく、物販も会場内では行われていなかった。グッズはQRコードによるオンライン販売のみで、発送は公演から約2か月後と案内されていた。
前座のコメディアンのトークが終わる頃には、およそ700席の座席はほぼ埋まっていた。

客席には日本人観客の姿が目立つ
そして開場からおよそ1時間半後、観客からの大歓声に迎えられ、渡辺直美さんがステージに登場した。英語でのスタンダップコメディが始まると、客席の空気が一気に引き締まる。
前半はトークコーナーで、渡辺さんは英語で自身のニューヨーク生活でのエピソードを語っていく。現地での出来事を友人に話すと返ってくるのは決まって「Welcome to New York(それがニューヨークだよ)」という一言。同じフレーズを繰り返すやり取りを軸にしたトークで、会場には徐々に笑いが広がっていった。
同じ構造のやり取りが繰り返される中で、客席には次第に次の展開を待つ空気が生まれる。そして次の瞬間、渡辺さんが間を取りながら「Welcome to New York」と英語で口にすると、会場がどっと沸いた。
観客は、スタンダップコメディを思い切り楽しんでいる雰囲気に変わっていった。ステージ上の人物が日本人であるかどうかは、もはや大きな意味を持たず、一人のコメディアンのトークに引き込まれているようだった。
アメリカでは珍しい「ポジティブな笑い」
後半は、観客との英語での質問コーナー。渡辺直美さんが「質問がある人は手を挙げて」と呼びかけるが、最初は、挙手はまばらだった。前半のトークで温まった会場に、一瞬の静けさが戻る。
しかし、渡辺さんが観客の質問に軽快に答えていくと、徐々に挙手が増え、客席の空気も明るさを取り戻していった。やり取りが続くにつれ、会場の反応はさらに大きくなっていく。
挙手していたアメリカ人男性が渡辺さんに指名された。男性は立ち上がり、ステージ近くのマイクの前へ向かう。どんな質問が飛び出すのか、会場が注目する中、男性はこう口にした。
「I am a Christian.(私はキリスト教徒です)」
一瞬、会場が静まり返る。
渡辺さんが意図を確かめるように何度かやり取りを重ねると、どうやら男性は「question(クエスチョン)」を「Christian(クリスチャン)」と聞き間違えていたようだった。渡辺さんが「質問はありますか」と言ったのを「キリスト教徒はいますか」と言ったのだと勘違いしたらしい。
渡辺さんはその場で「ごめんね、私の発音が悪くて」と笑いに変えると、会場にも笑いが広がった。そこから観客の手が一気に挙がり始め、会場の熱気はさらに高まっていった。
恋愛相談をする日米国際結婚家庭の10代の娘、日本人妻から教わった日本語を披露しようとするアメリカ人男性。観客の質問は実にさまざまだ。
さらに、阪神タイガースのユニフォームを着た日本人男性とアメリカ人女性の夫婦に対しては、「どうやって出会ったの?」と逆に質問を投げかける場面もあった。渡辺さんは、観客とのやり取りを次々と笑いへと変えていく。
2階席からは、大声で片言の日本語を交えながら話しかけるアメリカ人男性もいた。何を言っているのか判然としない場面もあったが、渡辺さんはその男性をいじりながら笑いに変えていた。
大盛り上がりの中、およそ1時間半の公演は幕を閉じた。
「前回より英語が自然になった」観客が見た3年間の変化
観客の声も聞いてみた。
3年前の渡辺さんの初アメリカ·ツアーの時にワシントンD.C.公演も鑑賞したという日本人女性は、「前回より英語が自然で、観客とのやり取りもスムーズになっていました」と話す。前回との公演の違いについて聞くと、「前回は、直美さんのことをあまり知らない若いアメリカ人層が多かったですが、今回は日本人が多いですね。今回はかなり観客からも絡まれていましたが、それに対する対応力がすごかったです」と振り返った。
また、別の日本人は、「直美さんのアメリカでの挑戦を日本人として誇りに思う」と語った。
日本人妻に誘われて来場したというアメリカ人男性は、渡辺さんのスタンダップについて「ポジティブな印象だった」と語る。
「アメリカのスタンダップはブラックジョークや政治的な風刺が多いですが、Naomiはそうではなく、終始ポジティブな笑いだったのが印象的でした」
さらに、自身が感じた特徴としてこう話した。
「アメリカのスタンダップ的な要素と、日本のお笑いのフレーズ的な笑いの両方が入っていて、新しいスタンダップに感じました」
二つの観客層を同時につかむ理由
筆者は、「渡辺直美はアメリカ人に大人気」というイメージを持って会場に向かった。SNSを通じた自己プロデュースの成功もあり、アメリカでは単なる「日本の芸人」というより、フォロワー数約1,000万人、TikTok約130万人超のインフルエンサーとしても認知されている。
実際、アメリカ人からの支持も一定程度あり、ファン層も形成されている。3年前のツアーでは若いアメリカ人が目立ったという声もあった。だが、今回のワシントン公演では在米日本人の存在感が大きかった。
特に、現地で暮らす在米日本人女性の姿が多かった。彼女らにとって渡辺さんは、「アメリカで活躍する日本人コメディアン」というだけでなく、「海外で暮らす日本人女性のロールモデル」のような存在になっていると感じた。

しかし、公演が始まると国籍は関係なく笑いが成立していた。日本人がアメリカの舞台で観客を笑わせることは決して簡単ではない。それでも渡辺さんは、約2か月にわたる北米単独スタンダップコメディ·ツアーを完走し、成功させた。
今回の公演から見えるのは、単に「SNSを通じて海外で人気を得た日本人芸人」というだけではない。3年前のツアーと比較して英語でのトークはより自然になり、観客との即興的なやり取りにも柔軟に対応していたという声もあった。
日本で長年培ってきた舞台経験に加え、スタンダップコメディという形式への適応、そして現地での経験と努力の積み重ねが、パフォーマンスの完成度を押し上げている。
渡辺直美が支持される理由は、アメリカ人に受ける日本人芸人だからではない。
ワシントンD.C.公演では、在米日本人を基盤にしつつ、英語のスタンダップでアメリカ人観客も巻き込んでいたように見えた。
「日本人コミュニティのスター」と「アメリカのコメディアン」。
その二つの顔を併せ持つことが、渡辺直美という存在の独自性と言えそうだ。
文/ 阿部貴晃
在米ジャーナリスト。日系メディアのワシントン支局で20年以上、国際関係の報道に携わる。2025年4月からはワシントンD.C.を拠点にフリージャーナリストとして活動。米政治·社会·文化、日米関係に加え、ライフスタイルやトレンドなど幅広いテーマで執筆している。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ(https://www.kaigaikakibito.com/)」会員。







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