「クールビズ」は、2005年からの環境省主導による展開により、今ではその社会的意義が完全に確立された。これは小泉純一郎氏の治世で最大級の功績とも言える。
誰もが軽装・薄着をすることにより、エアコンの設定温度を上げることができる。これは電力の節約に直結すると同時に、CO2排出削減の効果も見込める。少なくとも、2026年にクールビズの存在意義を疑う者は殆どいないだろう。
が、クールビズよりも26年も前に全く同様の試みが行われ、国民や経済誌の不評を買ってしまった「省エネルック」というものがあることはご存じだろうか?
クールビズの源流である省エネルックは、なぜ失敗したのか。それを考察していこう。
第二次オイルショックがきっかけ

1979年。この年の世界情勢は、実は2026年のそれと非常に似ていた。前年からイラン王国では革命が勃発し、ついに革命勢力が政権を打倒してしまったのだ。ここからイスラム教シーア派の指導者ルーホッラー・ホメイニ師を精神的主柱とするイラン・イスラム共和国の歴史が始まった。
イランの政変は、2度目のオイルショックに直結した。日本では「省エネ」が叫ばれるようになり、ガソリンスタンドの日曜及び祝日休業などの対策も実行された。同時に、各企業に対してエアコン利用の抑制を国が呼びかけた。
もちろん、これは「エアコンを一切使うな」ということではない。エアコンが必要なくなるような工夫をみんなで考えよう、という意図である。
そこで国から提案されたのが「省エネルック」だった。
昔の東南アジア諸国の指導者は、半袖のワイシャツの上にやはり半袖のスーツを着ることがあった。この熱帯スタイルを日本で取り入れることにより、結果としてエアコンに頼らない環境を構築しようという発想の下、省エネルックが企画されたのだ。
「この夏、こんなスタイルはいかが」と省エネルギー運動の音頭をとる江崎通産相と田中官房長官が二十日午後、総理官邸で“省エネ・スーツ”を披露した。政府は石油節約のために夏場の冷房温度を二八度までゆるめ、官庁が率先してノーネクタイなどの軽装に切り替えることにしたが、これに目をつけた紳士服業界がさっそく半そで上下スーツをつくったもの。通産省の肝いりで五月末には「ニュー・サマー・ビジネス・ファッション展」までが都内の百貨店で開かれる。
(朝日新聞1979年4月21日朝刊 この夏、閣議は半そでルック!? 省エネルギーPR)
上の記事には、当時の通商産業大臣江﨑真澄と官房長官田中六助の写真が掲載されている。どちらも半袖スーツの省エネルック姿だ。これは記事にもある通り、大平正芳内閣のエネルギー問題対策だった。江崎は「無理に(省エネルックのスーツを)買う必要はないし、ノー上着でいい」とも発言している。
が、その時々のトレンドを扱う経済誌は、この省エネルックに辛辣な意見をぶつけていた。
省エネルックは「日本人のバイタリティーを失わせる」?
現在も存続する経済誌・日経ビジネスの1979年6月18日号は政府の主導する省エネルックに対し、複数の否定的記事を掲載した。これらは『’79日本の夏:省エネルック、休暇……ビューティフル症候群まん延か』という特集タイトルの下にまとめられている。
モグラという動物の1日は4時間だそうである。つまり3時間働いて1時間休む。太陽と関係のない生活をしているから、1日が4時間でも一向に構わないわけだが、ではなぜ1日の4分の3も働くのかというと、モグラには皮下脂肪がない。このため少し休むと体が冷えてくる。
(中略)
何となく、これまでの日本に似ている話だ。景気の冷えこみを心配しながら、「仕事が趣味」で働いた高度成長期。仕事があふれ、「ゆとり」などと言い出す余裕すらありはしなかった。
それが今はどうだろう。日本製品は世界市場にあふれ、どうやら経済力もついてきたらしい。おりしもECの秘密文書では「日本人はウサギ小屋に済む働き中毒」と皮肉られている。
だから、というわけではあるまいが、これまで「働け働け」と産業界を激励してきた通産省までが、週休2日制の導入や夏休みの奨励、そして省エネルック、ノーネクタイのすすめを言いだした。
(中略)
果たしてビジネス社会の服装や生活スタイルが、そんなに簡単に変えられるものなのか。
(日経ビジネス1979年6月18日 ’79日本の夏:省エネルック、休暇……ビューティフル症候群まん延か)
この記事では、通産省が休暇を奨励したり省エネルックをPRすることが結果として日本のバイタリティーを失わせると述べられている。省エネルックはあくまでもエネルギー消費対策の問題に対応する策であり、日本人の就労時間とは関係がないのだが、当時は「省エネルックは外からの刺激に表面的に反応する“ビューティフル症候群”の産物」という論調が根強かったのだ。
ジャケットがダサい!!
そして現実問題、この省エネルックは全くと言っていいほど民間企業では普及しなかった。
最大の原因は「ダサさ」だったと言われている。
試しに「省エネルック」という言葉を検索エンジンにかけていただきたい。それを着ている大平正芳、もしくは羽田孜の写真が出てくるはずだが、「格好いいか」と問われると……現代人のセンスでは首を捻らざるを得ないのではないか。
「あんなダサいジャケットは余計ではないか?」という声は、当時も存在した。江﨑真澄が口にしたように、ワイシャツだけでもよかったのではないか? 石油消費の削減が目的というのなら、なおさらジャケットはいらない。省エネルックの失敗は、つまるところ「ダサい部分を削減しようとしなかった」点に集約されている。
後年のクールビズは、その教訓を当初から実装していた。
ジャケットを改設計するのではなく、それを取り除いてノーネクタイのワイシャツをフォーマルファッションとして確立することに重点を置いたのだ。「クールビズ」という名称は環境省が実施した一般公募で選ばれたものだが、このネーミングセンスも服装改革の定着につながったことは間違いない。
が、それらの成功は省エネルックの失敗がなければ達成し得なかったことである点も忘れるわけにはいかない。
「冷房は28度」の源流
クールビズのコンセプトは、「摂氏28度の環境下でも活動できる服装」である。実はこの部分は、冷房の適正温度(あくまでも目安である)を28度に設定した省エネルックをそのまま引き継いでいるに過ぎない。
驚くべきことに、この摂氏28度という数字の源流は1979年の省エネルックにまで遡れるのだ。
1979年と2005年、この26年の間に何があったのかということも考える必要があるだろう。
「地球温暖化」の一般常識化である。
年々上がる平均気温の原因は二酸化炭素ということが明らかになり、またそれが一般大衆でも心得ている基礎的知識となった。社員に長袖スーツを強要しながらオフィスの冷房を25度以下に設定している企業よりも、クールビズと28度の冷房適正温度を奨励する企業のほうが、大衆に好印象を抱かれるようになったのだ。
逆に言えば、1979年の省エネルックは「登場が早過ぎた企画」だった。時勢に恵まれず、それでも後年の政策に対して様々なヒントを与えた省エネルックは、「地球が沸騰している」と言われている今だからこそ見直す価値があるはずだ。
参考文献
朝日新聞1979年4月21日朝刊 この夏、閣議は半そでルック!? 省エネルギーPR
日経ビジネス1979年6月18日 ’79日本の夏:省エネルック、休暇……ビューティフル症候群まん延か
文/澤田真一
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