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人気の「ヴィンテージ時計」投資、資産価値を守るためにあらかじめおさえておくべきこと

2026.06.14

歴史的な円安が定着し、物価上昇が私たちの生活実感となって久しい昨今です。さらに日本銀行は長年続いたマイナス金利政策に終止符を打ち、いわゆる「金利のある世界」へと舵を切りました。預金金利がわずかに上向いたとはいえ、インフレ率に追いつくにはほど遠く、現金を寝かせておくだけでは実質的な資産価値が静かに目減りしていく時代に、私たちは生きています。

なぜ今、ビジネスパーソンは「腕の上の資産」に目を向けるのか

こうした環境下で、ビジネスパーソンの間に「実物資産(リアルアセット)」への関心がかつてないほど高まっています。代表格は金(ゴールド)や不動産ですが、ここで提案したいのは、もう一つの選択肢です。それが「ヴィンテージ時計」です。

ただし、本稿で伝えたいのは「資産として儲かるかどうか」という話だけではありません。スマートフォンで時刻を確認できる時代に、あえて腕に機械式時計を巻く——その行為そのものが、男としての日々に小さくない彩りを与えてくれる、という体験論でもあります。毎朝、自分で選んだ一本をベルトに通して手首に留める。ガラス越しに見える歯車がチチチと時を刻み続けている。その所作と感触は、デジタルの利便性とは別の次元で、身につける者の所作や気構えを静かに整えてくれます。資産性は、いわばその「おまけ」のようなものです。

ヴィンテージ時計とは、一般に製造から30年以上が経過した、現行品ではない機械式腕時計を指します(数十年以上前のものを「アンティーク」、それより新しいものを「ネオヴィンテージ」と細分化する見方もありますが、本稿では広く「ヴィンテージ」と呼びます)。それでもなお高級機械式時計、とりわけ歴史を刻んだ一本に人々が惹かれるのは、それが単なる道具を超えた存在だからです。手首に纏うポートフォリオであり、ビジネスの現場で「知性と信頼の証」として機能するビジネスギアであり、そして何より、毎日をともにする相棒——本稿では、投資対象としての冷静な分析と、実際に身につける歓びの両面から、この奥深い世界への入門ガイドをお届けします。

ヴィンテージ時計は本当に「資産」なのか——市場データが語る現実

魅力を語る前に、まず投資対象としての実態を冷静に見ておきましょう。ここを曖昧にしたまま夢だけを語るのは、ビジネスパーソンに対して誠実ではないからです。

高級時計の中古(セカンダリー)市場は、ここ数年でジェットコースターのような値動きを経験しました。新型コロナ禍の2020年から2022年にかけて、世界的な金融緩和とおうち時間の充実需要を背景に、ロレックスやパテック・フィリップといった人気ブランドの相場は記録的な高騰を見せます。一部の人気モデルは正規店の定価の数倍で取引され、「買えば必ず儲かる」という投機マネーが市場に流れ込みました。

しかしバブルは長く続きません。市場を追跡する米ブルームバーグの指数では、最も活発に取引される50本の時計を対象とした相場が、2022年4月のピークから大きく下落し、調整局面に入りました。投機目的で参入した「フリッパー(転売目的の短期売買者)」たちが市場から退場し、過熱した相場は冷却されていったのです。

注目すべきは、その後の動きです。時計市場の分析を専門とするウォッチチャーツのデータによれば、相場は2025年の春頃に底を打ち、後半にかけて緩やかな回復基調へと転じました。2025年は過去3年間と比較して明確に好調な一年となり、ロレックス指数もパテック・フィリップ指数も、年間ベースでプラス圏に戻しています。さらに2026年に入っても、市場全体の指数は2月に前月比でプラスを記録し、パテック・フィリップに至っては12か月連続で上昇を続けるという底堅さを見せています。

ただし、ここで重要な但し書きが必要です。この回復は、すべてのブランド、すべてのモデルに等しく訪れているわけではありません。プラスの恩恵は一部の主要ブランドに集中しており、なかには依然として定価から30%以上割り引いて取引されるブランドも少なくないのです。つまり「時計だから値上がりする」のではなく、「どの時計を、どのような状態で持つか」がすべてを分ける——これが市場が教えてくれる冷徹な現実です。

専門家の多くが2026年に期待しているのは、再びの投機的バブルではなく、価格の透明性が高まり、情熱を持つコレクターが主役となる「正常化された市場」への回帰です。投機の時代は終わり、本質を見極める者だけが報われる時代が来ている、と言い換えてもよいでしょう。

ヴィンテージ時計が持つ「実物資産」としての三つの強み

では、数ある実物資産の中で、なぜあえてヴィンテージ時計なのでしょうか。その独自の価値を、三つの観点から整理します。

第一に、非相関資産としての分散効果です。株式市場が暴落したとき、必ずしも時計市場が同じように下落するとは限りません。資産運用において、値動きの連動性が低い資産(非相関資産)をポートフォリオに組み込むことは、全体のリスクを抑える定石です。ヴィンテージ時計は、経済の短期的な動向に必ずしも左右されない、独自の需給で動く側面を持っており、ささやかながらリスク分散の一翼を担い得ます。

第二に、インフレヘッジとしての性質です。希少なヴィンテージ時計は、もはや新たに生産されることがありません。製造が終了し、現存数が限られた個体は、時間の経過とともに数を減らしこそすれ、増えることはない。この「絶対的な希少性」は、貨幣価値が薄まっていくインフレ局面において、価値の保存手段として機能する可能性を秘めています。加えて、金無垢のモデルは、金(ゴールド)そのものの価格が高騰している昨今、素材としての地金価値が下値を支える構造にもなっています。

第三に、そして最大の魅力が、「使いながら持てる」唯一性です。金塊を金庫に眠らせても、不動産を所有しても、それを身にまとって他者と交流することはできません。しかしヴィンテージ時計は、資産として保有しながら、同時に毎日手首の上で愛でることができる。大きな利息を生まない代わりに、所有する歓びと、後述するビジネス上の効用という「配当」を日々もたらしてくれるのです。これほど贅沢な資産は、他にそうそうありません。

ビジネスシーンにおける「無言の名刺」としての時計

ここで投資の話を一度離れ、ビジネスギアとしての側面に目を向けましょう。

商談や会食の席で、相手の人となりを推し量る材料は、言葉だけではありません。靴、鞄、そして時計——こうした小物に、その人の価値観や審美眼が滲み出るものです。とりわけ時計は、握手やジェスチャーの際に自然と相手の視界に入る、いわば「無言の名刺」として機能します。

ここでヴィンテージ時計が放つのは、最新の高価なモデルを見せびらかすような威圧感とは、まったく異なる種類のメッセージです。数十年の時を経てなお現役で時を刻む一本を選ぶという行為は、流行を追うのではなく本質的な価値を見極める眼を持っていること、長く良いものを大切に使う成熟した価値観を持っていること、そして歴史や文脈への教養を備えていることを、雄弁に物語ります。派手さではなく深みで語る——これこそ、ヴィンテージ時計がビジネスパーソンにもたらす最大の効用と言えるでしょう。

ブランド別・最初の一本を探すためのガイド

ここからは、初心者が最初の一本を検討するうえで押さえておきたい代表的なブランドを、性格の異なる五つに絞って紹介します。価格帯も狙いも大きく異なりますので、ご自身の予算と目的に照らして読み進めてください。

ロレックス

資産性と流動性の王者。 ヴィンテージ時計を語るうえで避けて通れないのが、王者ロレックスです。その最大の強みは、圧倒的な知名度に裏打ちされた「流動性」、つまり売りたいときにいつでも買い手がつく換金性の高さにあります。市場分析でも、ロレックスは投機マネーが去った後も相場の中心(アンカー)であり続ける、安定した存在と評されています。ヴィンテージなら、シンプルな三針モデルの「オイスターパーペチュアル」や、探検家のために生まれた「エクスプローラー」が、奇をてらわず日常に溶け込む定番として人気です。資産性を最優先するなら、まず検討すべき筆頭ブランドと言えます。

オメガ

実用名機の宝庫。 ロレックスと並ぶスイスの名門でありながら、ヴィンテージ市場では比較的手の届きやすい価格帯から良質な個体を探せるのがオメガの魅力です。投機的な過熱とは一線を画し、堅実な愛好家層に支えられて安定した需要を保ってきました。なかでも人類の月面着陸に同行した「スピードマスター」は、その歴史的背景もあって会話の糸口にも事欠かない一本。1960年代の手巻き「シーマスター」など、数万円台から狙えるエントリーモデルも豊富で、最初の機械式時計として最適です。

IWC

知る人ぞ知る質実剛健。 インターナショナル・ウォッチ・カンパニー、通称IWCは、派手さよりも質実剛健な作りで通好みの評価を集めるブランドです。代表作は、視認性を極限まで追求した武骨な「パイロット・ウォッチ」や、自社製ムーブメントを搭載する完成度の高い「ポルトギーゼ」。流行に左右されにくいアイコニックな存在であり、市場での安定した需要が続いている点が、長く付き合う資産として安心できる材料です。一目で誰もが知るブランドではないからこそ、分かる人には響く——そんな知的な選択を好む方に向いています。

グランドセイコー 

日本が誇る再評価銘柄。 国産の高級時計、グランドセイコーは、近年とりわけ海外での人気が高まり、中古市場が活発に動き始めたブランドです。日本限定モデルも多く、中古市場が流動的になっているため、バイヤーも目を光らせています。スイス勢に勝るとも劣らない仕上げの精緻さは「ザラツ研磨」と呼ばれる職人技に支えられ、知れば知るほど奥深い世界が広がります。為替の観点でも、円建てで購入できる国産ブランドは、円安局面の日本のビジネスパーソンにとって相対的に手が届きやすい選択肢となります。

カシオ 

「資産」とは別軸の、もう一つの正解。 最後に、これまでの高級機械式時計とはまったく異なる文脈で、カシオを挙げておきます。正直に申し上げれば、カシオは数十万円で売買されるような投機的資産ではありません。しかし、初代から続く「Gショック」の往年モデルや、薄型デジタルの名作には、根強いファンが世界中におり、一部の希少な個体には堅実なコレクター需要が存在します。何より、壊れにくく実用性が高く、価格もこなれている。「資産価値という重圧から解放され、純粋に道具として時計を楽しみたい」という方にとって、カシオのヴィンテージは肩肘張らない、もう一つの正解です。高級機の対極にこうした選択肢があることも、知っておいて損はありません。

買う前に知っておきたい 価値を守るための基礎知識

ブランドの当たりをつけたら、いよいよ個体選びです。ヴィンテージ時計は知識がものを言う世界であり、最低限の勘所だけは押さえておきたいところです。

まず重視すべきは「状態」と「オリジナル度」です。ヴィンテージ時計の価値は、ブランドやモデル名だけで決まりません。同じ型番でも状態次第で価格は数倍も変わります。とりわけ評価を左右するのが、文字盤やパーツが製造当時のまま、後から交換されていないかという「オリジナル度」。文字盤が経年で美しい飴色に変化した「トロピカルダイヤル」のような個体が珍重される一方、修理過程で純正でない部品に交換された個体は価値が大きく下がります。判断には専門知識が要るため、信頼できる店のスタッフに「これはオリジナルですか」と率直に尋ねる姿勢が大切です。

あわせて、購入時の箱(ボックス)、保証書(ギャランティ)、説明書などが揃った「フルセット」の個体は、本体のみの個体より格段に高く評価され、将来売却する際にも有利になります。そして何より、真贋鑑定と保証体制のしっかりした信頼できる専門店から購入すること。ヴィンテージの世界には精巧な偽物や、複数の時計の部品を寄せ集めた「ニコイチ」と呼ばれる個体も紛れ込んでいるため、これが最も確実な防衛策となります。

なお、時計は買って終わりではありません。機械式時計には数年に一度の「オーバーホール(分解清掃)」が欠かせず、一般に3~5年に一度が目安とされます。この維持コストは、株式や金にはない時計ならではの「ランニングコスト」として、あらかじめ予算に織り込んでおきましょう。保管においても湿気と磁気は大敵であり、盗難リスクという実物資産特有の課題にも、動産保険などで備えておきたいところです。

おわりに 手首の上に、自分だけの時間を持つということ

最後に、改めてお伝えしたいことがあります。ヴィンテージ時計は、流動性の低い資産です。株式のように即座に時価で売れるわけではなく、希望価格で買い手がつくまで時間を要することもあります。短期で利益を狙う投機の道具と捉えれば、必ず痛い目を見るでしょう。

ですから、こう考えてみてください。資産価値はあくまで結果論であり、本当の価値は、それを日々身につける体験そのものにあるのだ、と。

朝、その日の装いや気分に合わせて一本を選ぶ。手首に巻き、リューズを巻き上げる。会議の合間にふと視線を落とせば、何十年も前にどこかの職人が組み上げた小さな機械が、今この瞬間も健気に時を刻み続けている。スマートフォンが教えてくれる無機質な数字とは違う、確かな手応えのある「自分の時間」が、そこにはあります。良い時計を持つという経験は、男の所作を一段引き締め、日々に静かな矜持を与えてくれます。そして月日が経てば、その一本には自分の人生の場面が少しずつ宿り、やがて唯一無二の相棒となっていくのです。

日々その美しさと機械の鼓動を愛で、ビジネスの現場で自らの価値観を静かに語らせ、そのうえで結果として資産価値も保たれていく——この「楽しみながら守る」という姿勢こそが、インフレ時代にヴィンテージ時計と付き合う、最も豊かで賢明な作法です。最初の一本を手首に巻いたその日から、あなたの時間は、きっと少しだけ豊かになるはずです。

文/りんたろう
ウォッチ・ライター。ふと出会った一本の手巻きクロノグラフをきっかけに時計沼へと足を踏み入れ、以来スイス機械式から国産名機、デジタルの隠れた名作まで、年代もジャンルも問わず収集と取材を重ねる。

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