今年2026年はマイルス・デイヴィスの生誕100周年にあたるのをご存じだろうか。彼はクール・ジャズ、モード・ジャズ、フュージョンなど、時代ごとに先駆的なスタイルを次々と開拓し、ジャズの枠組みを根底から変革し続けたまさに“ジャズの帝王”と呼ばれた人物である。自身のバンドからも後の巨匠を多数輩出し、ジャズ史の進化を決定づけた革命児でもあった。そんな音楽の一ジャンルであるジャズだが、実はアートの世界とも縁が深く、その影響は多くのアーティストたちにも影響を与えている。今回はアートの世界に対する影響を見ながら、ジャズの偉大さを振り返ってみよう。
そもそもジャズとは何か?
音楽の一ジャンルであることは分かるし、聞けばその音楽がジャズであることも何となく分かる。だが、この“何となく”がくせものので、きちんと説明しようとすると難しいのがジャズという音楽である。歴史的には19世紀末から20世紀初頭にかけて米国ルイジアナ州ニューオーリンズの黒人コミュニティで誕生した音楽ジャンルであり、西洋の音楽理論とアフリカの伝統的なリズムや感性が融合して生まれたものと言われている。即興演奏(インプロビゼーション)やスウィングなどの一定の音楽的特徴はあるものの、時代の移り変わりと進化をし続けてきた音楽ジャンルであり、その多様性や楽譜に残すことが難しい音楽的特徴がその定義づけを難しくすると同時にジャズの魅力ともなっている。
マイルス・デイヴィスがジャズに与えた多大な影響
ディヴィスのジャズ界における最大の功績は、約50年間のキャリアを通じてクール・ジャズ、ハード・バップ、モード・ジャズ、ジャズ・フュージョンといったジャズの主要な音楽様式を開拓した点にある。言ってしまえば、私たちが今日耳にしている“ジャズらしいジャズ”の多くの形を作ったのがディヴィスである、ということになる。ちなみにクール・ジャズは室内楽のような知的で洗練されたサウンドを追求したスタイル、ハード・バップはブルースやゴスペルの要素を取り入れより重厚なリズムと親しみやすいメロディのスタイル、モード・ジャズは複雑なコード進行の制約から脱却し、モード(旋法)を基盤に演奏者の即興と内省的な表現を特徴としたスタイル、ジャズ・フュージョンは伝統的なジャズの即興性を核にロックやファンクの電気サウンドとリズムを融合させたスタイルである。
アートの分野にジャズが与えた衝撃とは?
20世紀初頭、戦後の解放感や都市の加速するダイナミズムを反映したジャズは伝統に縛られない自由な自己表現の先駆的モデルとなり、それまでの伝統的表現からの脱却を試みるアーティストに多大な影響を与えている。例えば抽象表現主義のジャクソン・ポロックが描いた《ナンバー8, 1951》という作品がある。
絵具を直接キャンバスに滴らせながら、描くという行為の軌跡そのものを作品とする「アクション・ペインティング」と呼ばれる手法の代表作であるが、これはジャズ奏者が魅せる即興演奏の偶然性や留まらないリズムを絵画のジャンルに転用したものである。ポロックは熱心なジャズファンであることが知られており、「ジャズはアメリカで起きている唯一の創造的な出来事だ」という言葉も残している。
ジャズの即興性ではなく、リズムの方によりインスピレーションを受けたアーティストがピエト・モンドリアンである。彼は抽象画のジャンルでも“冷たい抽象”と呼ばれる、幾何学的な形や直線など論理的な要素で構成する絵画の様式で知られる画家である。そんなモンドリアンの代表作《ブロードウェイ・ブギ・ヴギ》は、まさに彼がニューヨーク滞在中にブギ・ヴギなどのジャズに影響を受けた作品である。
ニューヨークの通りの名前である“ブロードウェイ”が名前についている通り、赤、青、黄、グレーの小さな四角たちが水平と垂直に組み合わされてニューヨークの道路の網目が表現されている。一方で、鮮やかな色彩が生き生きと踊るように用いられている様子からは、この街で活動する人や車の往来、ネオンの瞬きを感じさせ、静止画でありながら躍動感を感じさせる面白い作品になっている。
アメリカのモダニズム画家であるスチュアート・デイヴィスは、ジャズの即興性、シンコペーション等のリズムを抽象画に反映した画家である。都市の喧騒や商業デザインといった当時のアメリカの姿を捉えて視覚的に構築したことで知られるが、こちらの《Abstraction》という作品でもモチーフが幾何学的に断片化され、ジャズ演奏のようなリズム感を以てそれらが配置されている。
見ていると思わず楽しい気持ちになってくる作品だ。
ジャズとアートが交差したのは必ずしも偶然ではなかったのではないかと思う。時として不完全で行き当たりばったりの行動をとる私たち人間にとって、それらが持つ不完全さや即興は本来馴染み深いものだったに違いない。こうしたダイナミズムを体感することは、AI時代に生きる私たちが「そもそも人間らしさとは?」と問い直すヒントになりそうだ。
コウチワタル
東京在住の美術ライター。2025年にアートナビゲーター(美術検定1級)の資格取得。中学生の時に美術の資料集で目にしたルネ・マグリットの作品に衝撃を受け、以来、世界の美術館や芸術祭を巡る。現在は、多忙な日々を送る現代人に向けて、日常をクリアに変える「視点の変換」としてのアートの楽しみ方を多角的に発信している。







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