遠隔操作型の分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」とは
少子高齢化による人手不足が慢性化する一方、障がいや子育て、介護などさまざまな事情で移動が困難なために社会から隔絶され、就業がかなわない人も多い。そうした移動困難者が就業できる、遠隔操作型の分身ロボット
「OriHime(オリヒメ)」が今、注目されている。
ロボットと聞いて私たちがイメージするのは、ペッパーくんのような「自律型AIロボット」だが、OriHimeはそうではなく、パイロットと呼ばれるロボット操縦者が、遠隔地からPCやスマホ・タブレットで操作をする、完全な遠隔操作型の“分身”ロボット。
つまり、「人が中に入って動かすロボット」=身体の代替という位置づけなのだ。
もともとは、入院中の子どもや移動困難者が社会参加するための手段として開発されたが、OriHimeを開発した株式会社オリィ研究所では「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」(以下「分身ロボットカフェ」)を運営し、外出できない人でも働ける場を実証しているという。そこから用途が広がり、現在は多彩な企業やイベントで導入され、海外にも利用が広がっているとのこと。
分身ロボットと会話ができるロボットカフェとはいったいどんなものなのか。実際に体験してみた。
入店した瞬間から、分身ロボットがお出迎え
まずは、分身ロボットカフェのシステムからざっと把握しておこう。
*接客サービス料として、全席に入場料金が必要
*ドリンク1杯付きの入場料金は大人(12歳以上)が2,200円(税込み、以下同)、子供(4歳~11歳)1,100円)※4歳以下は入場料無料
*専属パイロットがつき、会話を楽しめるOriHime ダイナーは予約制(大人:税込5,500円、
子供:税込2,750円)※お食事・ドリンク付き
つまりこのカフェは、「飲食代」だけではなく“体験・対話”に対価を払う設計になっているのだ。
入口を入るとすぐにカウンターにいるOriHimeが、「いらっしゃいませ」と朗らかな女性の声でお出迎え。見た目は完全にロボットだが、ロボット特有の電子的な音声ではなく普通の女性の声なので、そのギャップにとまどっていると、英語に切り替わった(どうやら日本語が話せない人かもしれないと、気遣われたらしい)。
心を落ち着けて目の前のOriHimeをよく見ると、胸の部分にパイロットの写真とプロフィルが表示されている。なるほど、見た目はロボットだが、会話をしている相手は人間なのだ。
利用者のほとんどが、欧米からの外国人観光客
店内を見渡すと、欧米系の外国人一色。一様にテーブルの上の小型ロボットに向かって話し込んでいる。やはり、日本といえばロボット、というイメージが強いのだろう。「鉄腕アトム」や「ドラえもん」など、人とロボットが共存するコミックの影響も大きいのかもしれない。
案内されたテーブルに座ると、高さ30cmほどのミニサイズのOriHimeがいる。予約開始時間になるとOriHimeの目のランプが点灯し、接客開始。
パイロットは、カラオケとディズニー、ミュージカル鑑賞が好きだというゆーちゃんさん(30歳)。4歳から電動車椅子だが、5年前から同カフェで働いているベテランだ。
予約時間内は、つきっきりで会話が楽しめる…まるで昭和のスナック感覚!
ここまでの流れは普通の飲食店と同じだが、違うのはここから。なんとOriHime ダイナー席では、制限時間内ずっとOriHimeが話し相手になってくれるのだ。姿はロボットでも、おしゃべりは女性の肉声なので、なんだか昔なつかしいスナックで接客されているような錯覚に…。
せっかくのチャンスなので、ゆーちゃんさんに働き方を色々と聞いてみた。基本的には平日は月曜日から金曜日まで、1日2時間程度でシフトを組んで仕事をしているとのこと。ほぼ外国人なので英語は必須だが、自分で事前にスライドを作って準備するほか、OriHimeに装備されている翻訳機能などもフル活用しているという。
「外国人の方はフレンドリーな方が多いので、助かっています。だいたいまずはこのロボットの仕組みに興味を持っていろいろと聞かれる方が多いですね。後半からだんだん、プライベートなおしゃべりになっていきます」(ゆーちゃんさん)
一番印象的だったゲストは、ユーちゃんさんと同じ車椅子に乗っていたゲスト。
「ずっと働きたいと思っていながら、なかなか自分に合った仕事がなくて悩んでいらっしゃった方でした。『こういう働き方もある』というお話をしたところ『やってみたい、希望が持てた』とおっしゃっていただいて。かつての私と同じ気持ちだった方のお役に少しでもたてて、よかったと心から思いました」(ゆーちゃんさん)
驚いたのは、展示会やイベントなどで説明をするような海外での仕事もあるということ。確かに日本人のスタッフを海外に渡航させるよりも、OriHimeを送ってパイロットが遠隔で対応したほうがコスト面でもメリットが多い。
「1時から2時までフランスで働いて、 2時から3時北海道で働いて、 3時から4時東京で働くといったことをやっている人もいます。私も、自分の体は1歩も移動していないのに『今日一日で何 km 移動したんだろう』と考えることもあります」(ゆーちゃんさん)
最初こそ、慣れない感覚で脳がバグり、緊張したが、会話が楽しいのですぐに慣れて、あっという間に時間が終わってしまった。まわりのテーブルを見ても、外国人観光客が身を乗り出して話し込んでいる。予約時間が終わり席を立つと、OriHimeが近づいてきて、お土産に飴をくれる。そのあたりも、なんとも日本的と言うか、人間的なのだ。
運搬ロボット「OriHime-D」と、取材に対応してくれた株式会社オリィ研究所・広報担当の青木唯香さん
株式会社オリィ研究所・広報担当の青木唯香さんによると、同カフェの最大の特徴は、“店員がその場にいない”カフェであること。「この仕組みによって、これまで就労機会がなかった人たちが『接客業』というリアルな仕事に参加できるようになっています。現在、約100名の個性豊かなメンバーが日本国内外から勤務しています」(青木さん)
OriHimeを開発したのは、株式会社オリィ研究所の代表を務める吉藤オリィ氏。子どもの頃に不登校を経験し、その中で強い孤独を感じたという原体験を持っていた吉藤氏は、やがてテクノロジーに関心を持つようになり、車椅子の開発やAI(人工知能)など、さまざまな分野に取り組むようになる。しかし自身の人生を振り返ると、大きな転機には常に「人との出会い」があった経験から、「人類の孤独を解消したい」という思いが生まれ、その手段としてテクノロジーを活用することを志すようになった。そうして開発されたのが、分身ロボットであり、コミュニケーションロボットであるOriHimeだという。
同カフェを訪れたゲストの感想として特徴的なのは、一般的な飲食店に多い「料理が美味しかった」「接客が丁寧だった」といったものに加え、「〇〇さんと話せてよかった」「〇〇さんの人生に触れることができた」といった、パイロット個人との出会いやつながりに言及する声が多い点だという。
「技術的には、いわゆる最先端のハイテク機器というよりは比較的シンプルな仕組みのロボットです。しかし目指しているのは技術の高度化そのものではありません。AIが当たり前になりつつある社会において、あらためて「人と人とのつながり」の価値を引き出すための存在として、このロボットは機能しているのだと考えています」(青木氏)
意外だったのは、こうした意義深い事業であるにかかわらず、補助金は特に受け取っていないということ。理由はカフェ事業が黒字であるということのほかに、対象がいわゆる「障害のある人」に限定しておらず、介護や子育て、あるいは遠方に住んでいるといった理由で、移動して働いたり社会参加したりすることが難しい「移動困難者」も含めているからだという。
カフェからオフィスへ。広がる働きかた
分身ロボットの活用の場は飲食業にとどまらず、行政分野でも導入が進んでいる。例えばつくば市では、発券機の使い方に不慣れな方への案内を担ったこともある。東京都では展望施設での案内業務、区の福祉ショップでは商品のおすすめを紹介する“売り子”として活用された事例もあった。
パナソニック株式会社で行われた実証実験では、パナソニック社内の「社員紹介記事の作成」という業務を、分身ロボットカフェで日々接客を行うOriHimeパイロットが担当。OriHime・ビデオ会議・チャットツールを組み合わせることで、インタビューの実施から記事執筆までを完全遠隔で完結したたという。
最近では海外からの注目も高まってOriHime、国際的な展示会で説明を担当することもあり、昨年にはデンマークのオーフスで約半年間、分身ロボットカフェの海外版が展開されたとのこと。
ちなみに、OriHimeの買い取り価格は1体が約43万円で、そのほかに月額7,700円~15,400円のメンテナンス費用などがかかる。法人向け(OriHime Biz)のレンタル料金は1台につき月約4~5万円でレンタル可能。短期イベントでは2週間 約4万円から使用できる。別途、パイロットの人件費がかかるが、意外に安いと感じる人が多いのではないだろうか。
費用をかけて募集をしても全く応募者が集まらないということも珍しくない昨今だが、人手不足は“人がいない”のではなく、“働ける設計がない”だけなのでは…。今回の取材を終えて、そう強く感じた。
取材協力/株式会社オリィ研究所
取材・文/桑原恵美子







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