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静岡県内のみで104店舗、会員数は100万人!地元に留まり続ける「杏林堂薬局」の〝グローカル戦略〟

2026.06.05

1900年に浜松で創業し、静岡県内のみで104店舗を展開する杏林堂薬局。1日12万人、年間4400万人が訪れ、会員数は約100万人にのぼる。

2017年にはツルハホールディングス(以下、ツルハHD)の傘下に入り、グループ全体での共同仕入れや経営ノウハウを活用できる体制を整えた。一方で、屋号や経営ビジョン、地域に根ざした店舗運営のスタイルは、創業当時から変えていない

なぜエリアを広げず、〝静岡県〟という一つの地域に深く根を張り続けるのか。同社取締役で管理本部長を務める赤星博樹氏と執行役員で経営戦略本部長を務める鈴木佑哉氏に聞いた。

「杏林伝説」に由来する社名、エリアを広げず深める100年超の経営

杏林堂薬局の歴史は120年以上に及ぶ。社名の由来は、中国の故事「杏林伝説」にある。名医・董奉(とうほう)が貧しい人々の治療代の代わりに杏の木を植えてもらい、それが杏の林になったという物語だ。

同社はこの故事を企業理念の原点とし、創業精神として受け継いできた。

「地域の方々の健康と暮らしに寄り添い、その積み重ねが地域そのものの財産になっていく。当社が静岡県という一つの地域に深く根ざしてきたのは、こうした創業精神を100年以上にわたり受け継いできたからです」

エリアを限定してきたのは、経営判断としても理にかなっている。同社は本社・物流・人財のすべてが集積する遠州地域をホームグラウンドとし、その周辺に店舗を密に配置するドミナント戦略によって、配送効率、店舗運営の精度、地域とのつながりを高い水準で両立させてきた。

赤星氏は、その経営方針を次のように説明する。

「エリアを広げて店舗数を増やすよりも、地域に深く入り込み、お客様一人ひとりの生活に欠かせない存在であり続けることを優先してきました。広げるのではなく深める。この方針を貫いてきた結果が、現在の県内104店舗という形になっています」

全国チェーンとのスケール差をどう埋めるか

ドラッグストア業界では、上位企業による寡占化が進む。ウエルシア、ツルハドラッグ、マツモトキヨシ、ココカラファインといった大手チェーンが全国規模で店舗網を広げるなか、静岡県内のみで104店舗を展開する杏林堂薬局はどう戦うのか。

鈴木氏は、単独で全国チェーンと同じスケールメリットを出すことは構造的に困難だと率直に認める。

「単独では難しい部分を補ううえで、現在大きな役割を果たしているのが、ツルハホールディングスのグループ機能です。グループ全体での共同仕入れやプライベートブランド『くらしリズム』の活用により、規模に依存する部分の競争力は十分に確保できています」

そのうえで、同社が独自の強みとしているのが、ドミナント展開と物流効率、そして地元メーカーとの取引だ。

県内に集約された店舗網は配送効率を高め、店舗ごとの売れ筋データも地域特性を反映した精度の高いものになる。地元の生産者やメーカーとの取引では、全国流通には乗りにくい商品をスピーディに棚へ並べられる。

「グローバル視点をグループから取り入れ、より深くローカル、つまり静岡に根ざしていく。当社が掲げるグローカル戦略(※地球規模の広い視野でローカルに合わせたサービスを展開すること)は、まさにこの役割分担を表す考え方です」

ツルハHD傘下で変えたもの、変えなかったもの

2017年のツルハHDグループ入りは、杏林堂薬局にとって大きな転換点となった。共通の仕入れスキームとプライベートブランドの導入によって、コスト競争力と品揃えの幅が広がった。2018年からは楽天ポイントの取り扱いも始まり、顧客の利便性が向上している。

経営管理の面でも、グループへの報告KPI(フリーキャッシュフロー、営業利益率、投資資本回転率など)に沿った規律ある事業運営が定着し、財務体質と収益性が一段と強くなった。

一方で、グループ入り後も変えなかったものがある。

「屋号『杏林堂』、『元気とキレイの創造企業』という経営ビジョン、『地域貢献』『人財育成』『3つの満足(お客様・お取引先様・従業員)』という行動指針。これらは当社の核として、一切変えていません」

店頭の風景にも、その姿勢は表れている。600坪超の大型店に調剤薬局と生鮮食品を組み合わせた独自の「杏林堂スタイル」、地元事業者とのコラボ商品、地域に根ざした接客。これらはすべて、グループ入り前と変わらない同社の姿だ。

「グループの力で土台を強化しつつ、お客様から見える部分は変えない。これが基本方針です」

県内限定だからこそ成立する地域連携

静岡県内でのドミナント展開は、地域連携の質と深さにも反映されている。同社は静岡県および県内19市町と、健康づくり、見守り、災害時協力などをテーマにした連携協定を結んでいる。

「静岡県内に店舗を密に構え、日々多くのお客様と顔を合わせています。行政だけでは情報や支援が届きにくい方々にも、店舗が接点となって届けられる。同じ県内を活動の場としているからこそ、行政との協業が実効性を持つのだと感じています」

コロナ禍では、地域インフラとしての役割が際立った。マスクの安定供給、妊産婦への優先販売、自宅療養者への支援物資配達、観光協会への寄付、行政キャッシュレス還元への対応など、行政と密に連動しながら地域を支えた。

地元事業者との連携も、エリアを限定しているからこそ密にできる領域だ。じゃがいもの「三方原馬鈴薯」やお茶といった静岡を代表する一次産品を使った商品開発、地元菓子・食品メーカーとのコラボ、静岡県内のみで展開する弁当・惣菜店「知久屋」の店内テナント出店、地元エネルギー企業とのSDGs協定。

「全国チェーンでは成立しにくくても、地元では強く支持される。そうした企画を一つひとつ積み重ねてきました。1日12万人、年間4400万人にご来店いただき、会員数は約100万人。店舗が単なる買い物の場を超えて、地域の交流拠点として機能している点が、当社の大きな特徴です」

調剤併設率87%、「最も身近な医療機関」を目指す医療連携

同社のドラッグストア店舗90店舗のうち約87%の店舗が調剤薬局を併設しており、近隣の医療機関と日常的に処方箋応需、服薬指導、在宅医療で連携している。2021年には浜松医科大学の敷地内薬局を開設し、より高度な医療機関との連携にも踏み込んだ。

近年は、施設在宅調剤センターの立ち上げや、調剤遠隔支援センターによる薬剤師の生産性向上にも取り組んでおり、地域医療を支える受け皿としての機能を継続的に強化している。

地域の健康づくりでは、店舗での血液検査や血管年齢測定といった健康チェック、薬剤師・管理栄養士による相談会、漢方やアロマの講座を定期的に開催。さらにPHR(パーソナルヘルスレコード)測定や行政の保健事業との連携により、未病・予防の段階から顧客の健康に関わる取り組みを進めている。

「社長が方針として掲げているのが、『地域の皆さまにとって最も身近な医療機関になる』という言葉です。処方箋を受ける場から一歩進み、セルフメディケーションと早期発見・治療継続をワンストップで支える存在になる。それが、調剤併設店ならではの目指す姿です」

新規出店に頼るのではなく、既存店の力を引き出す方針へ

今後もエリアを広げる考えはなく、静岡県内でのドミナント戦略を軸に新規出店を計画している。ただし人口減少時代を見据え、新店による売上拡大ではなく、既存店の成長に注力していく方針だ。

事業面の指針となるのが「杏林堂100年企業戦略」だ。社会的価値(地域にとってなくてはならない存在)と経済的価値(持続可能な利益成長)の両軸を、これまで以上に高めていく方針である。

「重点的に進めていくのは3つ。1つ目は、顧客マーケティング(CRM)を軸とした既存店成長戦略。2つ目は、調剤・健康サポート機能の強化と、在宅医療や移動スーパー「とくし丸」(※玄関先まで軽トラックで出向き、販売を行うサービス)、ネットスーパーといった店舗外活動による顧客接点の拡大。3つ目は、PB戦略、プライマリーケア、健康寿命延伸といった独自化テーマの磨き上げです

鈴木氏は、今後の方向性をこう締めくくった。

「グローバル視点を取り入れつつ、より深く地域に根ざす。このグローカル戦略のもと、『静岡といえば杏林堂』と思っていただける存在を、さらに確かなものにしていきます」

県内104店舗、調剤併設90店舗、1日12万人の来店。120年にわたって積み上げてきた静岡県内の店舗網は、ツルハHDのグループ機能を取り入れた今も、屋号も経営ビジョンも変わらないまま受け継がれている。広げるのではなく深める。静岡県という一つの地域に向き合い続ける姿勢は、これからも変わらない。

取材・文/宮﨑駿

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