「あれ、何を取りに来たんだっけ?」
「会議中、途中で話の流れがわからなくなる」
「メールを書きながら別の作業をしていたら、何をしていたか抜け落ちる」
こうした「ちょっとした物忘れ」を、「年齢のせいかな」と感じる人は多いのではないでしょうか。しかし、それは単なる老化だけではなく、脳の作業領域である「ワーキングメモリー」の疲弊が関係している可能性があるのです。
仕事のマルチタスクで酷使される「ワーキングメモリー」の正体
ワーキングメモリーとは、簡単に言えば「情報を一時的に保持しながら処理する能力」のことです。会話を理解しながら返答を考える、複数の仕事を並行して進める、買い物リストを覚えながら店内を回る。こうした日常のあらゆる場面で、私たちはこの機能を使っています。特に現代人は、脳を「マルチタスク状態」で酷使しています。資料を作りながらチャットの返信をし、途中でスマホの通知を確認し、そのままWeb会議へ。脳は絶えず情報の切り替えを迫られています。
しかし、本来、脳はマルチタスクが得意ではありません。タスクを切り替えるたびに、前頭葉では大量のエネルギーが消費され、その結果、「頭がいっぱいで何も入らない」状態が起こってしまうのです。さらに重要なのは、このワーキングメモリーの低下は、加齢だけでは説明できないという点です。睡眠不足、ストレス、栄養不足、血糖値の乱高下など、生活習慣の乱れでも大きく低下してしまいます。つまり、「最近ミスが増えた」「集中力が続かない」「考えがまとまらない」といった状態は、脳が、「ガス欠状態」になっているサインとも考えられるのです。
脳の作業領域を削る「血糖変動」の罠
脳のパフォーマンス低下を引き起こす大きな要因の一つが、「血糖値の乱高下」です。
特に現代人に多いのが、極端に糖質に偏った食習慣です。
例えば、
・朝食を菓子パンやおにぎりだけで済ませる
・甘いカフェラテや砂糖入りの飲料を飲む
・昼食に丼ものや麺類だけを食べる
・夜は揚げ物中心
こうした食事では、食後に血糖値が急激に上昇します。すると体は大量のインスリンを分泌し、今度は急激に血糖値を下げようとします。この血糖の「急上昇→急降下」の状態が、いわゆる血糖スパイクといわれている状態です。脳はブドウ糖を主なエネルギー源としていますが、「急激な変動」は苦手です。血糖値が乱高下すると、脳へのエネルギー供給が不安定になり、集中力や判断力に影響が出やすくなります。
「食後に眠くなる」
「午後になると頭がぼーっとする」
このような症状は単なる「食べすぎ」ではなく、血糖変動によって脳のエネルギー供給が不安定になっているサインとも考えられます。実際に、急性高血糖が認知パフォーマンスの低下や集中力低下を引き起こすことは研究でも示されています。また、血糖変動が大きい人ほど認知機能が低下しやすいことも報告されています。(*)
(*)Postprandial Hyperglycemia Is Associated With White Matter Hyperintensity and Brain Atrophy in Older Patients With Type 2 Diabetes Mellitus(Front Aging Neurosci, 2018)
さらに、こうした状態が長年続くと、脳のインスリン抵抗性や血管障害を介して、将来の認知症リスクにもつながる可能性があります。つまり、「食後に眠い」は単なる日常現象ではなく、「脳が不安定になっているサイン」とも言えるのです。では、脳のワーキングメモリーを守るためには、いったいどうすればよいのでしょうか?まず、その一番の鍵となるのが「脳に良い栄養」に注目するということです。
「脳のメモリ」を修復・維持するためのオススメ栄養素とは
(1) 情報伝達を支える|たんぱく質
その中で、まず一番重要なのが、たんぱく質です。脳内で情報伝達を担う神経伝達物質、ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリン、GABAなどは、すべてアミノ酸から作られています。アミノ酸とは、たんぱく質が消化酵素などで細かく分解されたあとの物質です。つまり、たんぱく質の摂取が足りないと、アミノ酸が原料不足で作れなくなって、神経伝達物質が不足してきます。その結果、脳内の情報処理能力そのものが低下しやすくなってしますのです。さらに、人間の体が生きていく上でたんぱく質は重要なエネルギー源となっています。ですから、特に朝食をパンやコーヒーだけで済ませている人は、慢性的なたんぱく質不足、つまり、からだも脳も、朝からエネルギー不足に陥っている可能性があるのです。
(2) 酸素を届ける|鉄
次に重要な栄養素が、鉄です。鉄は脳へ酸素を運ぶヘモグロビンというたんぱく質の材料です。ですから鉄が不足すると、ヘモグロビンの機能が低下することで、酸素の運搬能力も減り、脳は「酸欠状態」になってしまいます。特に月経のある女性では、慢性的に隠れ貧血の状態の方が多く、普段から集中力低下や疲労感が起こりやすくなります。そして、鉄は細胞内のエンジンであるミトコンドリアに強い影響があります。鉄不足ですと、ミトコンドリアの機能が低下して十分なエネルギーをつくれなくなるのです。
(3) エネルギーを生み出す|ビタミンB群
そして、ビタミンB群は鉄と同様に、脳のエネルギー代謝、ミトコンドリアというエンジンの働きに不可欠です。また、前述の脳の神経伝達物質を作るためには、鉄とビタミンB群が必須です。ですから、それぞれが不足すると、脳が効率よくエネルギーを作れなくなることで「頭が働かない」状態になるだけでなく、不安や集中力の低下、モチベーションの低下など、精神的に不安定な状態につながります。
(4) 脳の細胞膜と炎症を整える|オメガ3脂肪酸
さらに近年注目されているのが、オメガ3系脂肪酸です。青魚に多く含まれるDHAやEPAは、脳細胞膜の重要な構成成分で構造の維持に関わるだけでなく、炎症性サイトカインの産生を抑制し、脳内の慢性炎症を軽減する作用をもっています。ここで問題なのは、多くの方が、脳疲労について、「栄養が不足している」という自覚がないことです。現代人はカロリー過多であっても、脳に必要な栄養素は不足している、いわば「脳の栄養失調」の状態に陥っているケースが少なくありません。
「脳のガス欠」を起こさない、血糖を安定させる賢い食べ方
脳のパフォーマンスを守る上で重要なのは、「何を食べるか」だけでなく、「どう食べるか」です。まず大切なのが朝食です。朝を糖質だけで始めると、血糖値は乱高下しやすくなるだけでなく、一日のエネルギーが持ちません。なにも、特別に凝った朝食をとる必要はありません。
簡単なおすすめ食材は、
・卵
・ヨーグルト
・納豆
・味噌汁
など、1回の食事のメニューにたんぱく質を2品組み合わせる意識を持つことです。
また、間食にも注意が必要です。空腹時に甘いお菓子を食べると、血糖値は急激に上がり、その後の眠気やパフォーマンスの低下につながります。
おすすめは、
・ナッツ
・チーズ
・高カカオチョコレート
など、血糖変動を起こしにくい食品で空腹をしのぎましょう。糖質は、決して悪者ではありませんし、人間にとって大切なエネルギー源であることに変わりはありません。大切なことは、糖質の「量」と「順番」なのです。
まず、順番でいえば、食物繊維やたんぱく質を先に食べることで、血糖値上昇は緩やかになります。そうすれば、ある程度空腹感が満たされた段階で糖質を入れるので、糖質の食べ過ぎ、ドカ食いを防ぐこともできます。つまり、「糖質を悪者にする」のではなく、「血糖値を安定させる食べ方」を身につけることが重要なのです。
“脳のメモリ不足”は食事から立て直せる
「何しに来たんだっけ?」という日常の物忘れは、単なる加齢ではなく、ワーキングメモリーの疲弊や脳のエネルギー不足が関係している可能性があるといことです。特に現代人は、日常の仕事や 家事でマルチタスクを行い、食生活では血糖値スパイクを起こしがちで、脳を常に酷使しています。そして、結果として知らないうちに「脳の作業領域」を削っているのです。さらに、脳にとって大切な栄養素である、たんぱく質や鉄、ビタミンB群、オメガ3脂肪酸などの不足は、脳機能低下を加速させる要因にもなっています。
重要なのは、「脳に必要な栄養を安定して届けること」です。血糖値を急上昇させない食べ方を意識し、脳が安定して働ける環境を整えることが、日々の集中力だけでなく、将来の認知症予防にもつながります。脳は年齢だけで衰えるのではありません。どんな食べものをどんな食べ方で食べていくのかで、その働きは、将来、大きく変わってくるのです。
文/梶 尚志
かじ・たかし。梶の木内科医院 院長・七夕医院総院長。総合内科専門医、腎臓専門医、家庭医、日本抗加齢医学会専門医、健康スポーツ医。1989年富山医科薬科大学(現富山大学)医学部卒業。2000年、岐阜県可児市で梶の木内科医院を開設。内科医として多くの患者を診療する中で不調の背景に栄養状態が関わることに着目。分子整合栄養医学を取り入れ、子どもから大人まで栄養学的なアプローチで治療と生活指導を行い、不調の改善に取り組んでいる。2025年、七夕医院名古屋分院を開設。







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