他愛ない雑談が重荷に

面接や商談、会議での議論、あるいは特定の趣味の話題など、話し合いにはさまざまな議題やテーマがあるが、そのテーマが気に入るかどうかはもちろん人それぞれだ。たとえば最新の国際情勢について語り合いたいと思っていても、相手が乗ってくれるとは限らないし、その逆もまたしかりである。
複数人での集まりにおいてまったく興味のない話題で盛り上がったりしていた場合は思わずその場を離れたくなるかもしれないし、逆に2人きりの状況、たとえば面識ある人物とエレベーターの中で2人きりになったものの、特に話すことが何もないからといってずっと黙っているわけにもいきそうもない。
そこで他愛のない雑談をすることになるのだが、あまり乗り気のしない退屈な雑談が重荷に感じられるという向きも少なくないだろう。
しかし視点を変えてみれば意外な気づきあるかもしれない。新たな研究によると人々が雑談として軽視しがちな話題こそが、人的交流においてより深い繋がりを感じるための鍵であるかもしれないのだ。
雑談の楽しさは過小評価されている

ミシガン大学、コーネル大学、フランスのINSEAD(欧州経営大学院)の研究チームが今年4月に「Journal of Personality and Social Psychology」で発表した研究では、合計1800人の参加者を対象とした9つの実験を通して人々は雑談の楽しさを過小評価していることを報告している。
研究チームは参加者に特定の話題について、どれくらい楽しく話せるかを予測してもらった。話題は多岐にわたり、第一次世界大戦と第二次世界大戦、ノンフィクション書籍、株式市場、ネコ、ビーガン食などが含まれていた。
さらに参加者に自分が退屈だと感じる話題を挙げることが求められた。ちなみにその回答には、数学、タマネギ、ポケモンなどが含まれていた。その後、参加者は見知らぬ人物や友人と対面またはオンラインで実際にそれらの話題のどれかについて数分間の会話を行い、その会話をどれくらい楽しんだかを報告した。
一連の実験を通して、明確なパターンが明らかになった。人々は会話がかなり退屈なものになると予想していたが、実際に会話を行った後には予想以上に楽しかったと報告したのだ。このパターンは退屈だと評価した話題においても変わらなかったのだ。
別の実験では、参加者は実際に会話をするのではなく、他者2人の会話のテキストを読んだり、会話中の映像を見たりした。この場合の参加者の予想は正確で、退屈に思えた話題は、実際に退屈であると評価された。退屈な話題が楽しく感じられたのは、あくまでも自分が当事者である場合だけであった。つまり会話を楽しい体験にしたのは話題そのものではなく、会話に参加することだったのだ。
会話の臨場感を楽しんでいる
アメリカ中西部の大規模大学から326人の参加者を募った実験では話題の退屈さを評価したうえで2グループに分かれ、一方は友人同士と、もう一方は初対面同士で対面での会話をしてもらった。
ここでも同様の結果が見られた。どちらのグループも退屈な話題の会話を楽しむ度合いを同程度に過小評価していたのだ。退屈と思われる話題でも実際に話してみればそれなりに楽しめたのである。
友人同士のケースでは退屈な話題でも会話をより楽しめると事前に予想する者が多かったが、会話後は両グループとも満足度はほぼ同じだった。つまり人間関係の親密さは事前の期待に影響を及ぼしていただけで、実際の会話の楽しさを予想するものではなかったのだ。
興味深い話題についての会話は当然ながらて全体的に高い評価を得ていたが、概して人々の期待は話題の好き嫌いに偏りがちで、実際の人的交流がもたらす魅力を見落としているとも言えそうだ。たとえ話題が隣人のネコというようなであっても、誰かと話すこと自体が楽しい体験になるのである。
研究チームは会話の要素には「静的」な部分と「動的」な部分があると説明する。会話を始める前であれば、静的な部分、つまり話題の好き嫌いは簡単に判断できる。しかし実際に会話を楽しい体験にするのは、動的な部分、つまりやり取り、反応、そして会話に参加しているという臨場感にあるという。問題は会話が実際に始まってからでないとそれを予測することはできない点にある。
〝聞き上手〟に徹してみる

こうしたことから、不特定多数が集まるパーティーでの雑談など、社交的な会話の苦痛さを過大評価することは、本来自分にとって有益なはずの交流を避けている可能性が高いことにもなる。
これまでの研究では社会的孤立が精神的健康の低下や不幸感につながることが示されており、このような誤った認識を維持していると長い人生において大きな損失となる可能性がありそうだ。気まずい思いをするのではないか、あるいは退屈な会話になるのではないかと恐れて、人との交流を避ける毎に重要な交流の機会をみすみす逃していることにもなる。
そうだとしてもやはり初対面やあまり親しくない人物との雑談や世間話が苦手な人も少なくないが、研究チームによればまずは会話に参加し、相手の話に耳を傾けることに専念してみることで苦手意識が和らぐという。つまり“聞き上手”になることからから始めるのだ。
さらに会話を楽しめるかどうかを先に考慮するのではなく、相手から何を学べるかを考えてみることが重要であるという。つまり会話というよりも“取材”であると捉えるのだ。こうした小さな視点の転換によって、人々は普段なら避けてしまうような交流にもより積極的に参加できるようになるということだ。
今回の研究では人々は雑談の楽しさを過小評価していることが示されたのだが、中身がなさそうな何気ない会話でも予想以上に楽しめる可能性が大いにあることを覚えておいて損はないのだろう。
※研究論文
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41973773/
文/仲田しんじ
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