AIやVRといった最先端の技術が進歩する中で、アートの楽しみ方も変化の時代を迎えているようだ。こうした最先端の技術の進歩の裏で見直されてきたのが私たちのリアルな身体感覚というのが面白い。今、アートの世界では、この失われた身体感覚を再起動させる装置として、日本独自の公衆浴場である銭湯やサウナが注目されている。最先端のクリエイターたちが、あえてこのプリミティブな場をハックし、五感を拡張する究極のサードプレイスへと変貌させているのである。
今回は、先日クラウドファンディングを成功裏に終えたばかりで、今年2026年7月に新宿に誕生する永山祐子設計の「黄金湯 新宿店」、直島のシンボルである大竹伸朗の「I♥湯」、そしてチームラボが手がける佐賀の「らかんの湯」を軸に、アートと入浴が融合した身体的DXの最前線を紹介する。
1. サウナでアートへの感覚を開眼させるチームラボの取り組み ――御船山楽園ホテル「らかんの湯」

佐賀県武雄温泉にある御船山楽園ホテル「らかんの湯」は、その年に行くべき全国のサウナ施設をランキングするサウナシュランにて、2019年から3年連続でグランプリを獲得し、殿堂入りを果たした聖地である。ここでチームラボが展開しているのは、「Art meets Sauna」という革新的なコンセプトだ。彼らが提唱するのは、サウナ、冷水、休憩を繰り返す超温冷交代浴によってもたらされる、脳科学的にも特殊な「ととのう」という状態を、アートを鑑賞するための最高のコンディションと定義するアプローチである。
とある研究によれば、サウナ入浴後は身体感覚への気づきが高まることが示唆されている。つまり、サウナは単なるリラクゼーションではなく、世界を捉え直すための感覚のスイッチになるのである。チームラボは、170年以上の歴史を持つ御船山楽園の森をそのままキャンバスとし、非物質的なデジタルテクノロジーによって、自然が自然のままアートになるプロジェクトを行っている。エリア内の作品《廃墟の湯屋にあるメガリス》は、かつての湯屋の遺構にデジタルな物質が群立し、花々が誕生と死滅を繰り返す圧倒的な没入型インスタレーションである。通常の状態では単なるきれいな演出として消費してしまいがちな作品も、サウナ後に極限まで感覚が研ぎ澄まされた状態のなかで対峙すれば、自分という存在が宇宙の大きなエネルギーの流れの一部であるかのような、震える感覚が味わえるかもしれない。
2. 記憶と混沌を全裸で受け止める大竹伸朗の3Dスクラップブック ――「直島銭湯 I♥湯」
香川県の直島。国際芸術祭の舞台として世界中のアートファンが訪れるこの島に、2009年に誕生したのがアーティストの大竹伸朗による「直島銭湯 I♥湯」だ。ここは単にアートの題材に用いられた銭湯というわけではない。建物全体が、大竹氏が得意とする「スクラップブック」の手法を三次元化した巨大な作品となった、実際に入浴できる銭湯なのである。
外観は東南アジアのバーを彷彿とさせるエキセントリックな装飾に覆われ、日本全国から集められたガラクタ、看板、船のパーツなどがコラージュされている。浴室に足を踏み入れ、まず目を引くのが男湯と女湯を隔てる壁の上に鎮座する小象の「定子(サダコ)」というモニュメントだ。かつて北海道の秘宝館にいたものが遠く直島の地まで連れてこられたそうで、浴槽に浸かりながら象に見下ろされる体験というのはここ特有のものだろう。
大竹氏は、銭湯に全裸で浸かる体験を「胎児と羊水の関係」にも似た、沈黙の中で自身の記憶と向き合う行為だと考えているそうだ。浴場の壁を飾る巨大なタイル絵《海女海中図》や、トイレの陶器に描かれた細密なイラスト。銭湯を利用しながらこれらを目にするとき、私たちはもはや理解しようとする思考を捨て、純粋な視覚的刺激の奔流に身を任せることになる。これこそが実は本当のアートの楽しみ方なのかもしれない。
3. 都市の多層的な記憶を継承し蘇る銭湯 ――「黄金湯 新宿店」

今年、建築愛好家やサウナーの間で最も熱い視線を浴びているのが、東京・新宿にリニューアルオープンが予定される「黄金湯 新宿店」だ。2026年5月22日にクラウドファンディングを達成し、1500万円を超える支援を集めたこのプロジェクトは、同年6月末(予定)のグランドオープンに向けて最終段階に入っている。内装設計を手がけたのは、2025年大阪・関西万博のパビリオンや東急歌舞伎町タワーなどで知られる建築家の永山祐子氏だ。永山氏がコンセプトに掲げたのは、新宿という街が持つ「多層性」である。
東新宿の地で50年間営まれてきた「金沢浴場」をリニューアルするにあたり、永山氏は過去の記憶を消し去るのではなく、その上に新しい価値を積み重ねるレイヤーの構築を試みるそうだ。浴室には、旧浴場の象徴であったモザイクタイルの銭湯絵が一部AIによって復元・継承されるとのことで、かつての常連客には懐かしさを、新しい世代には新鮮な視覚体験を提供する、これまでの銭湯の概念を覆すスポットになることだろう。
特筆すべきは、没入感を追求したサウナエリアの「THE CAVE(洞窟)」だ。男性サウナの「THE ABYSS(深淵)」と女性サウナの「THE COCOON(繭)」は、都会の喧騒から隔離された空間でありまるで自分自身の感覚をアップデートする儀式のようだ。
「見る」から「浸る」へ。自分がアートに溶け込む究極の没入体験
これまで考察してきた3つの施設は、従来のアート鑑賞のあり方を根本から変えている。これまでは、壁にかけられた作品を一定の距離から眺めるという、いわば受動的な体験が主流だった。しかし、銭湯やサウナを舞台にしたアートでは、作品を見る前に、私たちはまず服を脱ぎ、お湯に浸かり、身体そのものを変化させる必要がある。湯舟やサウナに入り鋭敏に研ぎ澄まされていく感覚の中で、自分自身が作品の一部となりつつ、作品もまた自分の皮膚感覚を通して内側へ浸透してくる。この、自分と作品の境界線が曖昧になる感覚こそが、デジタル全盛の今、私たちが無意識に渇望しているリアルな実感の正体かもしれない。
文/コウチワタル
東京在住の美術ライター。2025年にアートナビゲーター(美術検定1級)の資格取得。中学生の時に美術の資料集で目にしたルネ・マグリットの作品に衝撃を受け、以来、世界の美術館や芸術祭を巡る。現在は、多忙な日々を送る現代人に向けて、日常をクリアに変える「視点の変換」としてのアートの楽しみ方を多角的に発信している。







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