SNSを通じて爆発的に広がるトレンドは、数年経てば熱狂が嘘のように落ち着いてしまうことも珍しくない。日本でもかつてのタピオカ、そして現在の生ドーナツや10円パンのように、話題のスイーツが登場しては驚くべき速さで流行が入れ替わっている。
新しいものへの感度が極めて高い一方で、流行が引くのも驚くほど速い。これほど移り変わりの激しい市場にあって、1990年代末の空前のブームが去った後も、なお圧倒的な存在感を放ち続けているスイーツがある。それが、エッグタルトだ。
そして今、台湾におけるエッグタルトの主要な供給源となっているのは、意外にもスイーツ専門店ではない。世界的なフライドチキンチェーン「KFC(ケンタッキーフライドチキン)」なのである。

「フライドチキンに邪魔されている」と呼ばれる理由
台湾では、KFCが親しみを込めてこう評されることがよくある。
「被炸雞耽誤的蛋撻店(フライドチキンに邪魔されているエッグタルト店)」
一見すると大げさな表現だが、実際にはこの呼び名が定着するほど、人々のKFCエッグタルト人気は根強い。
本来はフライドチキンを主力とするチェーンでありながら、サイドメニューが“主役”として語られる状況は、もはやお決まりのジョークとなっている。
そしてKFC側も、そのイメージを自虐的に受け入れ、むしろ強力なブランディングへと転換している点に、この企業の凄みがある。
では、なぜフライドチキンチェーンのサイドメニューだけが、激しい流行の波を生き残り、ここまで深く根付いたのか。そこには、特有の流行文化を逆手に取った、巧妙なローカライズ戦略があった。

台湾中を賑わせた「エッグタルト販売終了騒動」
その戦略が、単なる「人気の維持」を超え、消費者の生活にどれほど深く食い込んでいたかを物語る事件がある。それが、2026年1月に起きた「販売終了騒動」だ。
KFCが突如、「クラシックなオリジナルエッグタルト(原味蛋撻)の歴史に幕を閉じる」と発表したのである。この一報が流れてから、ネット上には「まさか」「嘘だと言ってくれ」「人生の楽しみが消える」――、悲鳴のような声が相次ぎ、全土のKFC店舗で「最後の一箱」を求める客が殺到。
一部店舗では「3時間待ち」になったとも現地メディアで報じられた。デリバリーアプリも注文が集中しすぎて一時パンク状態に陥った。
しかしその直後、これはサクサク感を極限まで高めた新レシピ『原味蛋撻-超極酥(スーパー・クリスピー)』への全面リニューアルに伴う「旧仕様」の終了告知だったという種明かしがされる。
1個49元へのわずかな値上げを伴う戦略的なアップデートだったわけだが、この騒動によって、台湾における「KFCエッグタルト」の存在感の大きさが改めて浮き彫りになった。

専門店のクオリティ。163層のパイ生地に宿る老舗のこだわり
台湾のKFC店舗に入ると、まずそのカウンター奥の光景に圧倒される。本来、揚げたてのチキンが中心に並ぶはずの保温ショーケースには、黄金色に焼き上がったエッグタルトがずらりと並んでいるのである。その位置はフライドチキンよりも取り出しやすい最上段だ。

実は台湾KFCのエッグタルトは、エッグタルトの本場・マカオで「伝説」と称される名店「マーガレット・タルト店(瑪嘉烈蛋撻店)」の独占ライセンスを取得し、正式にレシピを導入している。エッグタルトブームの火付け役となった老舗中の老舗の味を、KFCはチェーン展開のプロセスにおいても変質させることなく、忠実に再現することにこだわった。

このエッグタルトの最大の特徴は、公式が「163層」を掲げる、まるで上質なクロワッサンのような重厚なパイ生地だ。丹念に折り重ねられた生地は、一口かじるとまずサクッという軽やかな音を響かせ、続いて層がホロホロとほどけるような食感をもたらす。内部の濃厚なカスタードも、老舗から受け継いだ黄金比を頑なに守り続けている。

「近所のKFCで買える」が生んだ強さ
KFCがエッグタルトを国民的スイーツに押し上げた要因は、専門店には真似できない「圧倒的な店舗網」と「メニュー構成」の相乗効果にある。
かつてのブーム時には街中に溢れていた専門店も、流行が去ると同時に姿を消していった。しかし、台湾全土に200店舗近くを展開するKFCは、その後も変わらず人々の日常の中にあり続けた。消費者が「エッグタルトを食べたい」と思ったとき、わざわざ専門店を探さなくても、近所のKFCへ行けば手に入る。この“いつでも買える身近さ”こそが、エッグタルトを一過性の流行で終わらせなかった最大の理由なのである。
また、多くのセットメニューにエッグタルトを組み込むことで、「フライドチキンと一緒にエッグタルトも食べるのが当たり前」という消費スタイルそのものを定着させていった。

加えて、定番を守る一方で、ピスタチオや黒糖餅入り、あるいはパクチー風味といった台湾人の嗜好に合わせた期間限定フレーバーを定期的に投入し、SNSや口コミで継続的に話題化させているのも特徴だ。人気の6個入りボックスは職場や友人宅への差し入れにも使いやすく、台湾特有の“ギフト文化”とも相性が良い。

一過性のブームを超え、特定のプロダクトを定番へと昇華させるのは容易ではない。かつての専門店が姿を消していくなか、KFCが果たした最大の役割は、エッグタルトを「特別なスイーツ」から「日常の選択肢」へと変えたことにあるのかもしれない。
もし台湾を訪れる機会があれば、ぜひKFCのエッグタルトを試してほしい。一口かじれば、163層のパイ生地が生み出す軽やかな食感とともに、なぜこのスイーツが現地で長く愛され続けているのか、きっと実感できるはずだ。
文/写真 河浦美絵子
台湾在住22年のライター兼コンサルタント。現地のリアルな経済・ビジネス動向、社会文化から最新のトレンド情報まで幅広いテーマで発信している。趣味は旅、食べ歩き、マラソン。【世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員】。







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