VRコンテンツは確実に増えている。しかしその一方で、「驚き」はどこか頭打ちになりつつあるのも事実だ。
そうした中、従来の“見るVR”から一歩進んだ体験として注目を集めているのが、東京・お台場のフジテレビ球体展望室で開催中の「THE SUNSET OF MARS(ザ・サンセットオブマーズ)」だ。
本イベントは、自由に歩き回れる“フリーローム型VR”を採用。現実空間に仮想空間を重ね合わせることで、限られたスペースを超えた広がりを感じさせる没入体験を実現している。 限られた物理空間をどう拡張し、体験価値を最大化するのか。仕掛け人たちへの取材から、フリーローム型VRの現在地と可能性を探る。
球体展望室で“火星体験”が実現した理由
フジテレビ本社のシンボルである球体展望室「はちたま」。まるで宇宙船のようなこの空間で、火星体験VRイベント「THE SUNSET OF MARS(ザ・サンセットオブマーズ)」が開催されている。

フジテレビのイベント事業局の青木僚平副部長に開催理由について話を聞いた。
「ABALさんと電通さんとフジテレビで昨夏、東京タワーで『戦慄迷宮:迷(めい)』というVRイベントを行いました。富士急ハイランドのお化け屋敷『戦慄迷宮』の世界観をVR化したものですが、フリーローム型VRイベントとして多くのユーザーに楽しんでいただくことができました。
中でもABALさんが持つVR技術は、限られたリアル空間を、広大な仮想空間に感じさせる画期的なものでした。
今回、ABALさんから『THE SUNSET OF MARS(ザ・サンセットオブマーズ)』の企画を聞いた時、フジテレビの社屋スペースを活用して開催できるのではと思い、あの場所でVRイベントを開催することにしました」

350㎡でも成立するフリーロームVRの仕組み
青木さんがこのように感じた理由は、「広さ」だ。
「通常、フリーローム型VRはユーザーが歩き回るための広大な空間が必要です。しかし、ABALさんのVR技術ならそこまで広い場所は必要ありません。『THE SUNSET OF MARS(ザ・サンセットオブマーズ)』でも350㎡ほどの広さで収まっており、フジテレビの展望室でも可能になりました。こうした活用事例を作れれば、多くの企業やイベント主催者の参考にもなります。
また今後、ABALさんと協力してフジテレビが保有するIPを活用したフリーローム型VRイベントの開催を予定しています。次は何をVR化してくれるのか、ユーザーにそう感じてもらえるようコンテンツ製作に注力していきたいですね」
フジテレビは、人気番組『逃走中』の世界をVR空間で体験できる『逃走中リミナルワールド VR空間で逃げきれ』を6月にお台場ダイバーシティ東京で開催する。これもABALのXR技術を活用したイベントだ。


1つの現実空間で“複数の仮想空間”を同時に動かす
『THE SUNSET OF MARS』や『逃走中リミナルワールド VR空間で逃げきれ』で用いられたVR技術とは、ABAL社が開発したXRエンタメプラットフォーム「Scape」だ。 ABALの尾小山良哉代表は次のように説明する。
「『Scape』は我々がフリーローム型VRを運用するためのプラットフォームになります。このプラットフォーム上で『THE SUNSET OF MARS』などのアプリが動いています。特に『Scape』は空間拡張という点においては従来と全く違った体験ができるようになっています」
ポイントは、複数人で同じ仮想空間を共有できること。そして、それを同時に複数グループで運用できる点にある。 「ゴーグルを付けると目の前に仮想空間が広がります。これがVRです。
フリーローム型VRであれば、そこにユーザーが仮想空間内をある程度自由に歩き回ることができるようになります。ここまでは、従来の他のVRでも可能であったテクノロジーです。
『Scape』は、これらの性質にプラスして、他のユーザーと見えている世界が共有され、お互いにVR空間内でコミュニケーションが取れるようになります。さらに、複数のグループが同じ現実空間にいながらも、グループごとに違う仮想空間を体験できるシステムでもあります。 フリーローム型VRは、現実空間を歩き回るという性質上、同じ空間で複数のグループを同時に進行することは通常、かなり難しいのですが『Scape』はそれを特許技術によって可能にしています」


フリーロームVRは“ゲームの延長”ではない
グループごとに仮想空間を共有できるシステムはこれまでも存在していたが、原則的に、1つの現実空間に対し1つの仮想空間だった。
しかし、『Scape』は1つの現実空間に対し、複数の仮想空間を運用できるため、運用効率が向上し、より多くの人に楽しんでもらえるシステムになったのだ。
「いま、フリーローム型VRといえば、仮想空間でFPSやアクションを行うなどのゲームのようなタイプが主流です。根本的な考え方としては”ゲームセンターの延長”です。しかし、私たちは、フリーローム型VRの面白さは自分の足で歩くことだと考えています。
つまり、何かを“見せられる”のではなく、自ら体験する行為が面白さの本質です。そのため、私たちはゲーム体験に限定せず、展示会や大規模イベントのような体験もフリーローム型VRを通して体験してもらいたいと、さまざまな企画を進めています」
LBE市場はDXできるのか
ABALは昨年6月、電通と戦略的提携を締結した。 ABALの持つScapeと、電通のマーケティングやクリエイティビティを掛け合わせて、ロケーションベースエンターテインメント(LBE)市場の開拓を狙うためだ。
電通のメディア・コンテンツ・トランスフォーメーション局の伊藤弘和GMは、LBE市場のDX化に秘める可能性を指摘する。
「フリーローム型VRにはライブやコンサート、大規模なイベントやテーマパークをDX化する力があります。リアルイベントの魅力でもあり欠点でもあるのが、場所を作らないといけないことです。
しかし、ひとつひとつのコンテンツをVR化できれば、データとしての受け渡しが可能になります。『Scape』というプラットフォームさえ用意すれば、世界中どこでも大規模イベントを同時に開催することだってできます」

VR体験は「見るもの」から「歩くもの」へ、そして「空間そのものを拡張するもの」へと進化しつつある。 『THE SUNSET OF MARS』が示したのは、限られた現実空間でも、設計次第で無限に近い体験価値を生み出せるという可能性だ。 VRは、いま再び、大きな転換点を迎えているのかもしれない。
取材・文/峯亮佑、撮影/干川修







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