脳が奨励している〝精神的タイムトラベル〟とは?
ベルを鳴らした後に犬にエサを与えることを繰り返すと、ベルの音だけで犬が唾液を出すようになる現象は「パブロフの犬」と呼ばれているが、これは無意識の生理的反応が強化された現象である。
その一方、意識的な自発的行動のあとに、報酬(良い結果)や罰(嫌な結果)が続くことで、その行動の頻度が増減する学習メカニズムは「オペラント条件付け」と定義されており、たとえば犬に〝お座り〟をさせてからエサやりをを繰り返すことで、犬はエサが欲しい時に意図的に〝お座り〟をするようになる。
興味深いことに最新の研究ではこのオペラント条件付けが、未来への〝精神的タイムトラベル〟によって醸成されることが示唆されている。いったいどういうことなのか。
独ルール大学ボーフム校のエクレム・デレ氏が4月6日に「Psychological Review」で発表した研究では、〝精神的タイムトラベル〟が脳のドーパミン報酬系を活性化させ、それによって行動が強化されることが示唆されている。未来の自分を想像することを脳が奨励しているというのである。
仕事にプライべートにと忙しい現役世代にとって、ほんの数カ月先のことであれ、未来のことを考えるのはわりと面倒なことかもしれない。しかしそれが仕事の計画であったり、旅行などのレジャーや趣味の計画であった場合、その近い将来について相応に考えを巡らせることになる。
自分の身を未来に置いてみる作業はいわば〝精神的タイムトラベル〟であるとも言える。近い将来について考えを巡らせるのは骨が折れる側面もあるが、実は脳が喜んでいることがこの研究では報告されているのだ。
未来志向の〝精神的タイムトラベル〟の効能
過去と現在の行動が未来にどう影響するのか。
たとえば当然のことではあるが、消費する以上のカロリーを摂取すれば太るし、その逆であれば痩せる。人によって問題に感じられるのは、その見た目の変化には一定の時間を要することかもしれない。だとすればその未来の自分の姿を頻繁に想像することでダイエットは成功しやすくなりそうだ。
ダイエットによって健康が増進するのだとすれば、ダイエットが成功することは確かに脳においても生存戦略上のアドバンテージとなる。したがって脳が未来の自分を想像する〝精神的タイムトラベル〟に報酬を与えるのは納得がいく。
「未来志向の〝精神的タイムトラベル〟の利点は明らかです」と、ルール大学ボーフム校の精神保健研究治療センターのデレ氏はプレスリリースで言及している。
「(〝精神的タイムトラベル〟で)将来がより予測しやすくなり、計画を立てやすくなるため、日々の生活においてより大きな成功を収め、ストレスを軽減することができるのです」(デレ氏)
オペラント条件付けで行動計画が実現
ダイエットに限らず、行動の潜在的な結果を予測するためには、未来の自分を想像し、起こりうる状況を思い描くことが有効であるが、これを頻繁に行う者もいれば、そうでない者もいる。
そもそも将来のことをあまり考えずに目の前のことに集中して日々を送っている者も少なくないだろう。そして〝精神的タイムトラベル〟には即効的な実益はないようにも思える。
「なぜ人々は、すぐに報酬が得られず、成功も保証されていない、このような困難な認知課題(精神的タイムトラベル)に時間を費やすのか、という疑問が生じるかもしれません」(デレ氏)
これを説明するためにデレ氏は未来志向の〝精神的タイムトラベル〟に関する「自己強化仮説(Self-Reinforcement Hypothesis)」を提唱している。彼はこのプロセスはオペラント条件付けという普遍的な学習原理に従うと仮定している。つまり“精神的タイムトラベル”を頻繁に行うことでオペラント条件付けが定着してくるのだ。
デレ氏の理論によれば、未来志向の〝精神的タイムトラベル〟が社会的または職業上の問題に対する有望な解決策のように思える場合、脳の報酬系が活性化される。これにより、行動計画が実現するまで〝精神的タイムトラベル〟を繰り返しやすくなり、行動が強化されてくるという。
〝精神的タイムトラベル〟で脳内ドーパミン反応
デレ氏によれば、この理論は機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて検証できるという。〝精神的タイムトラベル〟をより頻繁に行う者は、より反応性の高い中脳辺縁系にあるドーパミン系を持っているはずであるということだ。
つまり〝精神的タイムトラベル〟によって脳内でドーパミン反応が起きており、一見何の得もないように思える〝精神的タイムトラベル〟だが、脳科学的には即効性のある報酬がもたらされているのだ。
未来の自分に思いを馳せたほうが、脳も喜び計画の実現性も高まるとすれば良いこと尽くめなのだが、場合によってはネガティブに働くこともあるという。
うつ病や不安症の場合、このシステムが〝悪用〟されてしまい、建設的な計画を立てる代わりに、脳は過去の否定的な経験を未来に投影し、回避行動や逃避行動の悪循環を生み出すという。つまり暗く不安な未来を想像することで、その不安が強化されてしまうのだ。
こうした悲観的な予測は、ネガティブな感情を引き起こし、自己イメージを悪化させ、過剰な安全行動や回避行動を誘発する。そして精神疾患が慢性化する可能性が高まる。
しかしデレ氏によれば心理療法によってこの悪循環を断ち切ることか可能であるという。各種の心理セラピーによって否定的報酬ループを断ち切りながら、建設的な未来思考を行うように脳を“再訓練”することができるということだ。
デレ氏の理論によれば、ドーパミン系の反応が活発な者は、良い計画が思いついた時の〝ひらめき〟の瞬間に大きな喜びを感じることで、より頻繁に未来を想像するようになるという。未来志向型の前向きな“精神的タイムトラベル”の効能をぜひ活用してみたいものだ。
※研究論文
https://psycnet.apa.org/doiLanding?doi=10.1037%2Frev0000624
文/仲田しんじ
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