東京・野方にある「吊り橋ピュン」は、なぜか長居してしまう古着屋だ。
気づけばまたふらっと立ち寄っていて、特に何も買わなくても満足して帰っている——そんな不思議な引力を持っている。店内には90年代のバンドTシャツをはじめ、ジャンルもテンションもバラバラなアイテムが並び、一見すると無秩序にも見える。
それでもなぜか居心地がよく、気づけばその空間に馴染んでしまうのはなぜだろうか。いわゆる〝セレクトの良さ〟や〝トレンド感〟とは少し違う文脈で支持を集めるこの店には、今の古着屋に求められる価値のヒントが潜んでいる。
今回は店主のサトルさんに話を聞きながら、「なぜこの場所なのか」「なぜこの雑多さなのか」、そして〝また来たくなる謎の空気〟の正体に迫る。
野方文化マーケットの一角で、独特の空気を放つ「吊り橋ピュン」

西武新宿線・野方駅から徒歩5分にある『野方文化マーケット』。そこには、まるでその一角だけが切り取られたかのような、異様な空気が漂っている。
野方文化マーケットは、終戦直後の闇市跡地を活用したレトロでディープなアーケード商店街だ。近年ではサブカルスポットとしても注目を集め、若い世代の姿も増えている。そんな場所の一角に、「吊り橋ピュン」は店を構えている。
「家賃の安さも理由のひとつではあったんですが、それ以上に、〝野方のジョーカー〟とも言われている迷惑おじさんに気に入られたのが大きかったですね。マトンカレーとチキンティッカをご馳走してもらって、『野方って温かい街なんだな』って、つい油断してしまいました(笑)。
お店を開いた経緯でいうと、中野ブロードウェイで雑貨やファッションアイテムを扱う『中野ロープウェイ』の店主・イトウさんの存在がきっかけとして大きくて。イトウさんに背中を押してもらったことで、今の『吊り橋ピュン』があると言っても過言ではありません」
ちょうど、サウナで背中を押されたことも重なり、その熱が冷めないままの勢いで店をオープンしたというサトルさん。
こうして2020年、野方文化マーケットで吊り橋ピュンはオープンした。
しかしオープン直後は、コロナ禍での開業ということもあり、客足は思うように伸びなかった。酔っ払いがふらりと間違えて入店するなど、思いがけない出来事もあったという。
それでも、やがて店を訪れるようになったバンドマンや芸人たちの口コミによって徐々に評判が広がり、またサトルさんの人柄も相まって、一度足を踏み入れた客がそのまま常連になるケースも増えていった。
「もう本当に、何も考えずにお店を始めちゃったんですよね。あとから『そういえば全然お客さん来ないな』って気づいたりして。
そんな中で、イトウさんからの叱咤激励を受けて、ようやく〝ちゃんとやろう〟と思うようになりました。大人になると、なかなか本気で注意してくれる人もいないので、本当にありがたいです。
たとえば、お客さんに喜んでもらえる商品をきちんと揃えたり、値札を見やすく整えたり。接客は今でも正解がわからない部分はあるんですけど、それでも〝楽しんでもらいたい〟という気持ちで向き合うようになって。
そこから少しずつ、お店としてしっかり運営していこうという意識に変わっていきました」
Jリーガーも『ときメモ』も。独自の平成カルチャーを発信


吊り橋ピュンでは、平成初期の古着に加え、懐かしのアイドルグッズなど多彩なアイテムが揃う。

90年代に日本中を沸かせたJリーガーのTシャツや、広末涼子、さらには伝説の恋愛シミュレーションゲーム『ときめきメモリアル』のグッズまでが並び、いずれもサトルさんならではのフィルターを通して精選されたセレクトだ。

「僕自身、世代的に90年代のカルチャーで育ってきたので、やはり当時の空気には強い思い入れがあります。なかでも、『THE MAD CAPSULE MARKETS』(※90年代前半から2000年初頭に活躍した日本のバンド)から受けた影響は大きくて、バンドTシャツはお店の軸のひとつになっています。
あとJリーガーのTシャツも欠かせないですね。前園真聖選手をはじめ、90年代特有のギラついた雰囲気は、今見てもやっぱりクールだと思います」
また、以前@DIMEでも取材した古着屋「MKM ORIGINAL」の店主とも親交があり、店舗を構える以前には、吊り橋ピュンでポップアップを行っていたこともあったという。
「最初は軸でもあるバンドTをメインにしていたんですが、もっといろんなジャンルをやった方がいいのかなと思って、幅広く集めていました。アニメTシャツや企業ノベルティTシャツなんかも含めて色々と展開していたんです。
でも、MKM ORIGINALはその領域をさらに特化していて。タレントグッズにしても、よりニッチなものに価値があるんだなと気づかされました。
僕自身もアイドルが好きなので、黄金期のモー娘。のグッズや地下アイドル系のアイテムも扱っていたのですが、MKM ORIGINALはさらに踏み込んでいて、ほとんど知られていないようなマイナーな演歌歌手のものまで揃えているんです。
当時の僕は演歌歌手といえば、氷川きよしさんくらいしか見ていなかったので、その振り切り方は衝撃でしたね。それで、もっとニッチな方向を深掘りしていこうと思うようになりました。
店主の安井くんより僕のほうが年上ということもあって、ああいう自由な感覚はあまり持っていなかったから、彼から教えられることも多くて。お互いにいい影響を与え合えていると思います」


〝踏まれルーちゃん〟からおばあちゃんまで、濃い人たちに愛される愉快なお店
来店客は10代から50代までと幅広く、当時を知る世代だけでなく、若者も多いという。また、男性客が中心ではあるが、女性の来店も少なくない。しかも、その年齢層は20代からおばあちゃん世代にまで及び、思わず驚かされる。
「近所に、仕入れから帰ってくるたびに〝マイケルのTシャツある?〟って聞いてくるおばあちゃんがいるんですよ。それで、その方のために毎回マイケルのTシャツを買ってくるんですけど、〝これ派手すぎてダメだわ〟って言われて、結局一度も買ってもらえていなくて。
たった一人のおばあちゃんのためにマイケルTシャツを仕入れているんですが、どうやら僕が選ぶマイケルはあまり刺さっていないみたいで。
今回もいいのを1枚仕入れてきたので、そろそろ買ってくれると嬉しいなと思っていますね(笑)」
また、吊り橋ピュンには〝濃い〟お客さんが多く集まる。もちろんカルチャー好きの一般客も多いが、一時期SNSを騒然とさせた〝踏まれルーちゃん〟も、サトルさんの親友であり、店の常連客のひとりだ。
〝踏まれルーちゃん〟とは、日本人女性に踏まれるためだけにニューヨークから年に数回来日しているという異色の人物であり、『AmebaTV』や『月曜から夜更かし』にも出演したことがある日本好きの外国人だ。
そんな彼にとっても、平成カルチャーが凝縮された吊り橋ピュンは、日本でのお気に入りのスポットになっている。
「彼は日本に来ている時、よく遊びに来てくれるんですよ。お客さんでもあり、僕の親友です。ちょうど取材の前まで、ここにいたんですよ」
取材中も、入れ替わり立ち替わりで来客が絶えない。真剣な面持ちで商品を物色していた客が、サンボマスターのTシャツを嬉しそうに手に取り、そのまま購入していく姿も見られた。
長居せずにはいられないほどの物量のなかで、心を惹かれる〝出会い〟があれば、それだけで店を訪れる価値がある。吊り橋ピュンはそんな〝出会い〟を提供してくれるお店なのがよくわかる。
「17歳の頃の自分が来たら、めちゃくちゃ興奮するだろうなっていう店にしたいんです。若い頃の自分が来て、〝これカッコいいな〟って思えるような場所というか。
エンターテインメントって言うと少し大げさかもしれないですけど、とにかく楽しんでほしくて。物がたくさんあると、それだけでワクワクするし、いろんなジャンルの人に引っかかると思うんですよね。
そういう意味でも、できるだけ多くのものを置くようにしていて。結果的に物量は多くなりがちなんですけど……(笑)。だからこそ、いろんな人に響く形になっていたらいいなと思っています。
いろんなジャンルに手を伸ばしてしまうのも、その延長かもしれないですね。みんなに楽しんでもらえたらそれが一番嬉しいです」
今年の4月で6周年を迎えた吊り橋ピュン。
サトルさんは、この店を〝友達の家みたいに、気軽に楽しめる場所〟にしたいと話す。
ふらっと立ち寄って、気づけば長居。そんな時間のなかで、思いがけない一着やカルチャーに出会えるのも、この店ならではの楽しさだ。そんな貴重な体験を、ぜひ一度野方で味わってみてほしい。

吊り橋ピュン
東京都中野区野方5-30-5 野方文化マーケット 1階
https://x.com/tsuribashipyun
取材・文/Tajimax
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