東京・池袋で長年にわたり娯楽文化を支えてきたロサ会館。映画館や劇場、ゲームセンターなどを内包する総合レジャー施設として、多くの人の思い出を受け止めながら、街の変化とともに歩んできた。再開発が進み、都市の景色が大きく塗り替えられていくなかで、ロサ会館もまた新たな建て替え計画を控えている。
それは終わりではなく、街とともに歩み続けるための新たな一歩でもある。
なぜロサ会館は、変化の只中にありながら、これからも〝残したい場所〟として語られ続けてきたのか。そしてこれから、どのようなかたちで街と関わっていこうとしているのか。
今回は、ロサラーンド株式会社の代表取締役専務、そして株式会社ロサ映画社の代表取締役社長を務める 伊部知顕さんに、ロサ会館のこれまでとこれからを通して、池袋の未来について語っていただいた。
ロサ会館のはじまりとタイトーステーション

池袋で遊ぶ人なら、ロサ会館の名を知らない者はいないだろう。ロサ会館の歩みは、戦後まもない1946年に開業した映画館『シネマ・ロサ』から始まる。娯楽の多様化という時代の波を受け、映画館単体のビジネスモデルが転換期を迎えると、1968年には総合アミューズメントビルへと業態を刷新し、『ロサ会館』として再スタートを切った。
映画、演劇、ゲームなどを内包する複合施設として進化を重ねながら、地元住民はもちろん、池袋で遊ぶ人々にとっての定番スポットとして愛され続けている。
そんな池袋民にとっては、ずっとそばにあったロサ会館だが、意外にもロサ会館の船出は、決して順風満帆ではなかったという。

「ロサ会館ができた当初は、1階のテナントがなかなか埋まらなかったんです。ボウリング場だけは先に決まっていましたが、それ以外は本当に〝寄せ集め〟のような状態で。当時は、あの規模の商業ビル自体がまだ珍しかったんですよ。
現在の商業施設では一般的な〝リーシング〟、つまり施設のコンセプトに合わせてテナントを計画的に誘致・構成する専門的なテナント戦略も、当時は確立されていなかったんです。当時は、清水建設さんにご協力いただいたと聞いていますが、建設会社ですから不動産のリーシングのプロというわけではない。
だからこそ、まさに手探りで一つひとつ形にしていったのだと思います」
確立された商業施設モデルがない時代に、試行錯誤の末に立ち上がったロサ会館。そのスタートは、挑戦そのものだった。

どうにかして1階のテナントを埋めなければならない。建物は完成したものの、このままでは立ち行かなくなる――そんな瀬戸際の状況だったという。転機が訪れたのは、まさにそのタイミングだった。テナントとして名乗りを上げたのが、現在でもロサ会館の象徴的な存在であるゲームセンターの〝タイトーステーション〟だった。
「現在の社長である父が紹介されたのが、実業家のミハイル・コーガン氏でした。彼が経営していたのが『太東貿易』という会社です。ウクライナ出身のユダヤ系で、当時はまだソビエト連邦の時代でした。コーガン氏は、ロシア革命前に満州へ渡り、その後日本で貿易商として活動していた人物です。当時はジュークボックスをはじめとする初期のアミューズメント機器を海外から輸入し、日本に紹介する事業を手がけていました。それが、のちのタイトーの事業へとつながっていきます」
ロサ会館とタイトーの縁は、こうした歴史的背景の積み重ねのなかで築かれてきた。現在のゲームセンターではクレーンゲームが主な人気コンテンツとなっているが、1970年代には『インベーダーゲーム』の大ヒットによって、ロサ会館のゲームセンターは一躍街の人気スポットとなった。
「ロサ会館ができたのは1968年です。当時1階に入ったゲームセンターは、いわば〝初期型〟で、日本で最初に誕生したゲームセンターでした。タイトーにとっても、このロサ会館が第1号店なんです。企業としての歩みという意味でも、日本のゲームセンター文化という意味でも、1階のゲームセンターは大きな原点のひとつだと思っています。
最初は大きな計画があったわけではなく、とりあえず空いているスペースにゲーム機を置いてみて、うまくいかなければ撤去すればいいという、比較的気軽な発想から始まったそうです。
それから10年ほど経った1978年に、『スペースインベーダー』のブームが起きました。オープン前から行列ができて、シャッターが開くと同時に、みんなが一斉にゲームセンターへ駆け込んだそうです。当時の熱気は相当なものだったと聞いています。」

日本初のゲームセンターと並んで感慨深い存在が、2階にある〝TSUTAYA〟である。かつてはDVD・CDレンタルを主軸に全国へ広がったが、配信サービスの普及により需要は縮小し、レンタル継続店は全国で400店を下回る水準まで減少しているとみられる。
一方で、書籍や雑貨、カフェを融合した『BOOK & CAFÉ』や『TSUTAYA BOOKSTORE』、そして蔦屋書店といった業態は拡大し、体験型の場へと舵を切った。そうした時代の転換点のなかで、ロサ会館のTSUTAYAもまた、街とともに歩み続けてきた存在だ。
「もともと2階には、串揚げ屋や寿司屋さんなどの小さな飲食店がたくさん入っていました。当時は4階まで上がれるエスカレーターもあって、今とはまた違う雰囲気でしたね。TUTAYAが入った頃には、1階から2階に直接上がれる階段もできて、だいぶ便利になりました。もう20年くらい前の話になります。
レンタルビデオの需要は減ってきていますが、それでもやっぱり、解体されるその日まで残っていてほしいなと思います」

そして、ロサ会館といえば、同地の『シネマ・ロサ』の存在も欠かせない。現在の場所には、シネマ・ロサがあるが、かつては『シネマ・セレサ』、『シネマ・リリオ』、やや離れた場所に『シネマ東宝』の計4館が順次オープンし、邦画各社の封切館として運営されてきた。『ロサ』『セレサ』『リリオ』はいずれもスペイン語で、それぞれ「薔薇」「桜」「百合」を意味する。
昭和30〜40年代は日本映画の最盛期であり、映画館数・入場者数ともにピークを迎えていた時代である。そうした黄金期を経て、『シネマ・ロサ』は池袋を代表する老舗名画座として広く知られる存在となった。
近年では『カメラを止めるな!』や『侍タイムスリッパー』といった話題作を世に送り出し、ヒットの火付け役となったことでも注目を集めた。現在も自主企画による特集上映や作品の買い付け、若手作家の支援などに積極的に取り組みで幅広い映画文化を支え続けている。
再開発が問いかける街のかたち
昭和、平成、令和と様々な世代が娯楽を楽しみに行き交うロサ会館。地元の人にとっては、当たり前のようにそこにあり続けてきた。池袋で育った筆者にとっても、その建物が取り壊され、街の景色が少しずつ変わっていくことに、やはり寂しさを覚える。
今回、話を伺った伊部さんは池袋ロマンス通り商店会の会長でもあり、池袋西口の再開発にも深く関わっている。多くの人が気にしている再開発のことについても、話を伺った。
「ロサ会館も含めて、西口の再開発で建て替えるいちばんの理由は、防災のためなんです。地域全体でまとまった再開発を行うことで、安心・安全を確保することが大きな目的ですね。
池袋の特徴として、駅前周辺には小規模なビルのオーナーさんが非常に多く集まっています。この集まり方自体が、池袋ならではの街の姿なんです。ですので、こうしたケースでの再開発というのは、ターミナル駅のビルではあまり見られない特徴的な取り組みだと思います」
また、西口の再開発については、とても前向きな姿勢で取り組みが進められているという。
「実は今回、駅前の建設費が上がった影響で、計画が少し延びて、3年ほど遅れることになったんです。昨年その説明を行ったのですが、クレームが多く寄せられるのではないかと思っていたところ、まったくそんなことはなくて。
防災の観点から見ても、やはり取り組むべき課題だという認識は、皆で共有しています。これからの池袋は、いわば〝100年に一度〟ともいえる大きな転換期を迎えます。その再開発に真摯に向き合い、しっかり進めていきたいと考える地権者の方が多いと感じています」
こうした動きは、老朽化による建て替えにとどまらない。池袋の再開発は、新しい時代へと歩みを進めるための、大きな節目でもあるのだ。
「再開発によって、これから新しい池袋が形づくられていきます。ただ、これまで築いてきた地域の人と人とのつながりが失われないようにしたいと強く思っています。再開発後も、そうした関係性がきちんと育まれるような仕組みや体制を整えるべきだ、と繰り返し伝えています。
たとえ街の姿が変わったとしても、池袋らしさや、これまでの良さは残していこうという気持ちは、理事の皆さんも共通して持っていますね」
未来の池袋と進化するロサ会館
池袋にあまりなじみがない人にとって、西口は〝飲み屋街〟という印象が強いかもしれない。しかし実際には、ロサ会館をはじめ、老若男女様々な世代の人々が足を運ぶ場所でもある。
ロサボウルは昔から世代を問わず親しまれてきた施設であり、8階のテニスコートでは、小学生向けのフットサル教室も行われている。こうした幅広い利用者の背景には、伊部さんが掲げてきた〝アミューズメントライフスタイル〟という考え方があるという。
「やはり、あらゆる世代に来ていただける場所でなければいけないと思っています。私たちは〝アミューズメント〟事業を手がけていますから。

〝アミューズメント〟と〝エンターテインメント〟は似ている言葉ですが、私は少し使い分けています。〝アミューズメント〟は、自分から能動的に楽しむもの。ボウリングやビリヤード、テニスのように、体を動かして参加する楽しみです。
一方、〝エンターテインメント〟は映画館のように、どちらかといえば受け身で味わう楽しみを指します。
うちにはその両方があり、それが強みだと考えています。日々の仕事のなかで嫌なことがあっても、ここに来れば気持ちを切り替えたり、ストレスを和らげたりできる。そんな場所でありたい。
生活のなかにささやかな潤いを届けること。それが私たちの役割だと思っています」
そして数年後、ロサ会館も新たなアミューズメントスポットとして動き出す予定だ。その時、この場所がどのように生まれ変わるのか。今後の展開に注目が集まる。
「いま考えているのは、『新しいアミューズメントの形とは何か』ということですね。
これまでと同じことを続けていても意味がないので、次はどんな可能性があるのかを日々模索しています。
今まで築いてきた良さは大切にしながらも、形は時代に合わせて変わっていかなければならないと思っています。同じことを続けるだけでは面白くないですし、その時代に求められるものに応えていく努力も必要です。いまは、その挑戦の最中にあります」
変わり続ける街のなかで、積み重ねてきた時間や人のつながりを大切にしながら、新しい楽しみ方を探っていく。ロサ会館の挑戦は、リニューアルだけにとどまらず、池袋という街のこれからを見つめ直す試みでもある。進化を重ねながら日常に寄り添うその姿に、新しいロサ会館への期待が高まる。

取材・文/Tajimax







DIME MAGAZINE











