現代では国民的エンターテイメントに成長したプロ野球。
プロだけではない。高校野球や六大学野球も注目度の高いコンテンツとして存在し、さらに自分の子供たちに野球を習わせる親も数多くいる。「野球は不真面目な遊び」などと捉える人は、日本にはまず存在しないと言っていいだろう。
しかし、かつてはそうではなかった。「野球害毒論」というものを、知識人が本気で唱えていた時代があったのだ。
1911年8月から9月までの間、現在の朝日新聞の前身である東京朝日新聞が『野球と其害毒』という連載記事を、何と22回も掲載した。毎回異なる知識人が筆を執る形跡で、しかもその中には有名な歴史人物も。彼らは「野球は野蛮」「野球は大学生を堕落させる」「野球は脳に悪影響を与える」と主張していたのだ。
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野球は「スリの遊戯」
そもそも、スポーツとは何か?
つまるところ、スポーツとは「余暇の過ごし方」の一手段である。戦争のために体を鍛えるわけではない(19世紀後半からは“国民を鍛錬する”という役割が与えられたこともあるが)、そしてそれが仕事というわけでもない。余暇を健康的に過ごす行為、それがスポーツだ。故に、「スポーツの盛んな国=文明国」という了解が19世紀から20世紀にかけての時代には存在した。
が、中には「この種目はスポーツか?」という議論もあった。特に野球は、その槍玉に上げられていた。
『武士道』の執筆者として知られている新渡戸稲造は、上述の東京朝日新聞『野球と其害毒』の中で「野球は巾着切り(スリ)の遊戯」と断言している。野球は相手チームを計略に陥れる競技であり、そのためアメリカ人には向いているがイギリス人やドイツ人は野球をやらない。イギリス人が行っているサッカーのように、鼻が曲がっても勇敢にプレーする競技はアメリカ人には不向き……と、はっきり断じている。
野球選手は無作法な集団で、親からは「私の子供が野球に手を出さないよう、先生から忠告してください」と嘆願されていたという。
が、実は新渡戸のこの記事は捏造疑惑がある。「新渡戸はこの記事の存在すら知らなかった」とも言われている。ただ、どちらにせよ新渡戸の名前でこのような記事が出たことには変わりなく、作家の押川春浪が新渡戸の言説に対して猛反論を繰り広げている。「新渡戸博士の言説が正しければ、そもそも他の競技だって相手の隙を突くような巾着切り的競技ではないか!」と。

野球に理解を示さなかった「肋木おじさん」
押川が率いていたスポーツ団体『天狗倶楽部』のメンバーでもあるアマチュア野球選手の河野安通志の記事もある。何と、野球選手だった過去を後悔しているという内容だった。
しかし、これに対して河野自身が猛反論。つまり、記事自体が捏造だったのだ。上の押川の新渡戸に対する反論も、そうした流れがあったからこそと考えてもいいだろう。
この時代、大学生は金かダイヤモンドのような存在である。日本人の最終学歴は、小学校か高等小学校卒業が大多数の頃である。旧制中学校卒は秀才、そして大学卒は超秀才だ。現代でも、小学校のクラスの中で「勉強もスポーツもできる子」は女の子にモテるはず。当時の大学生、それも六大学野球の選手であれば道を歩いているだけで女の子に注目されたはずだ。
現に、それに味を占めた野球選手がわざと留年して競技を続けるということがあった。
が、そうした現象は大学の制度の問題であり、野球にまったく関わりのないものであることは我々現代人はよく知っている。「なら、野球じゃなくてサッカーでもそうした現象が起こり得るのではないか?」という理屈になってしまうからだ。ところが、よく知られた教育関係者ですらも野球を目の敵にするかのような言説が飛び出し、激しい賛否両論を呼んでいた。
2019年のNHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』で有名になった体育教育指導者の永井道明(「肋木おじさん」と書けば広く通じるはず)は、「野球があるから学生がそれに夢中になり、体力を使い果たして疲労し、結果的に学科ができなくなる」と論じた。
大のサッカー好きで、またドッジボールやスキーの普及に尽力した永井だが、野球に関しては理解を示そうとはしなかったようだ。
大炎上した『野球と其害毒』
この『野球と其害毒』だが、同じ朝日新聞でも大阪朝日新聞は連載企画の論調に糾合しなかった。
それだけでなく、1915年には全国中等学校野球大会を主催した。今の全国高等学校野球選手権大会、「夏の甲子園」である。始球式は朝日新聞社長の村山龍平が投げるという力の入れようだった。
『野球と其害毒』は、21世紀風の表現を使えば「大炎上」した。幾人もの知識人が野球擁護の論調を貼ったのみならず、ライバル紙が『野球と其害毒』に反論する連載記事を投入した。これらを総括すると、『野球と其害毒』はむしろ野球を国民的スポーツに昇格させるきっかけになったと見ることができる。
日本における野球は、教育関係者が何と言おうと廃れることはなかった。筆者の個人的な家庭の話になるが、母方の祖父は1934年11月20日に静岡県の草薙球場で行われた日米野球を生で観戦している。沢村栄治がベーブ・ルースに対して快投したことで知られる伝説の試合だ。
祖父は巨大なリンゴをかじるベーブ・ルースに圧倒されたそうだが、この時代は既に野球が地方都市の子供たちの間でも人気スポーツとなっていたことは特筆に値する。
1911年の大炎上が、巡り巡って現在のプロ野球の隆盛にもつながっているのだ。
文/澤田真一
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