些細な失態の後にどう振る舞うのか
人通りの多い路上を歩いていてつまずいたり、ペットボトルのドリンクを飲んでいる時にむせて吹き出してしまったり、ズボンのファスナーが開いたままであったことに気づいた時など、思わず恥じ入ってしまう事態に直面することもあるだろう。そしてそれを目撃した側にはその当人は気の毒で〝残念な人〟に映るかもしれない。
まさに穴があったら入りたくなってしまう事態だが、それが他愛のない失態であったとすれば、自虐的に笑い飛ばしてしまったほうが〝残念な人〟にならずに済むかもしれないことが新たな研究で報告されている。〝残念な人〟どころか好感さえ得られるかもしれないというのだ。
コーネルSCジョンソン経営大学院をはじめとする研究チームが今年2月に「Journal of Personality and Social Psychology」で発表した研究では、自分の過ちを笑い飛ばすことは、社会的な自信の表れであり、周囲の人々にはその失態が些細で偶発的なものだと軽視させ、好意を持たれる可能性も高まるという。
研究チームによると、これまでの研究ではつまずいたり同僚の名前を間違えたりといった社会的な失敗の後、恥ずかしそうに振る舞うことが謙虚さと社会規範への敬意を示すものであり、人々は他者が悔んだり恥ずかしがる様子を見ることで同情し納得することが示されているという。
しかしその一方で、自分自身を笑う行為に出る場合もある。研究チームは恥ずかしさを表に出すよりも、自分自身を笑う方が効果的な場合があるのかどうか、そしてもしそうなら、どのような場合にそれが効果的なのかを理解したいと考え研究に着手した。
失敗を笑い飛ばせる人物は有能に見える

合計3000人以上の参加者を対象とした6つのオンライン実験では見知らぬ人から失敗談を聞かされる設定で、参加者は12のシナリオのうちの1つを視聴した。
それらのシナリオはたとえば、公共の路上で転倒する、ズボンのファスナーを開けたまま講演をする、ジムでのトレーニング後に自分の体臭がきついことに気づく、劇場でうたた寝していびきをかく、母親の誕生日を忘れる、妊娠していない女性に出産予定日を尋ねる、などの失態が含まれていた。
次に参加者には物語の中の人物がどのように反応したかが示された。その失態後に恥ずかしそうにしている人物や自嘲的に笑っている人物の写真が示され、参加者はそれらの人物を評価した。
人物評価データを分析した結果、参加者の多くはちょっとした失敗を笑い飛ばす人物を恥ずかしがる人物よりも、より温かく、より有能で、より誠実だと評価していることが判明した。
したがって些細な失態後には自分が笑いの的になってしまったほうが多くの場合得策であるようだ。そうすることで、周囲のほかの者にも笑ってもいいという許可を与え、気まずい瞬間を打ち消しポジティブな状況に変えることができるのである。
恥じ入る人物は誠実だが不器用に見える

研究によれば失敗を笑い飛ばせるということは、当人がそれに動揺していないことを示しており、高いレベルの「感情的知性」と自信を持っていることを示唆し、周囲の人々はそれが当人の総合的な能力の高さに映るということだ。
失敗後の自虐的な笑いが効果的なもう一つの理由は、恥ずかしがるよりも、ありのままの自分を他者に見せることができる点にもある。自分の失敗をユーモアで乗り切るということは、欠点も含めた自分自身を晒していることであり、周囲にオープンである印象を与える。一方、恥ずかしがってばかりいると、何か隠し事があるように思われてしまうリスクがあるのだ。
興味深いのは恥ずかしがる行為は、目撃する者にとってややオーバーリアクションに映ることも浮き彫りになっている。失態の後に恥ずかしがり悔やんでいる人物は、誠実ではあるものの能力が低く不器用な人物に見えてしまう可能性もあるという。
一方で、ちょっとした失敗を自虐的に笑い飛ばせる人は、社交性と職業的能力の高さを予見させ、さらに自虐的なユーモアは社会的な〝リセットボタン〟として機能し、失態を目撃した者の気まずさを即座に和らげてもくれる。
自虐的ユーモアは無害でなければならない
しかしこの自虐的ユーモアが効果を発揮するには条件があることもわかっている。笑い飛ばせるその失態が無害なものでなければならないのだ。
あるシナリオでは被験者が誤ってつまずいて自分の腕を骨折したと説明され、別のシナリオでは被験者がつまずいて同僚を突き飛ばして転ばせ、同僚の腕を骨折させたと説明された。これらのケースで自分自身を笑った人は不適切な行動をとったと見なされたのである。
笑い飛ばしていいのは些細で無害な失敗であり、当人や周囲に実害があるとそれは“笑えない”ことになる。そこで笑えばモラルを疑われることにもなるのだ。
日本のお笑い界の中には、相方の頭を叩いて笑いをとるコンビがいたりもするが、軽微ではあれ実害が及んでいることなのであまりやり過ぎると見ていてそのうち笑えなくなってもくるだろう。
研究チームは今後、恥ずかしさやユーモアに関する文化的規範、ジェンダー規範、職場などの環境といったほかの変数が今回の研究結果にどのように影響するかを調査し、ユーモアが社会的に効果的な場合とリスクとなる場合をより深く理解することを思い描いている。
自虐的ユーモアの優れた効果についての理解が深まれば、周囲に好印象を与えるために故意に失態をやらかすという〝戦略〟も見えてくるのだが、それが“自作自演”であることが分かれば一転して興覚めにもなり軽蔑さえ抱かれるかもしれない。しかしこうした自虐的ユーモアの“さじ加減”を極めることこそが真のエンターテイナーへの道なのだとも言えそうだ。
※研究論文
https://psycnet.apa.org/doiLanding?doi=10.1037%2Fpspa0000477
文/仲田しんじ
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