小学館IDをお持ちの方はこちらから
ログイン
初めてご利用の方
小学館IDにご登録いただくと限定イベントへの参加や読者プレゼントにお申し込み頂くことができます。また、定期にメールマガジンでお気に入りジャンルの最新情報をお届け致します。
新規登録
人気のタグ
おすすめのサイト
企業ニュース

映画『ウィキッド』に登場する善い魔女の〝黄色いドレス〟は裏切りのモチーフ?色彩学で楽しむ美術

2026.04.06

昨年から引き続き、世界中で旋風を巻き起こしている映画『ウィキッド』。日本では2025年に前編の『ウィキッド 2人の魔女』が公開され、今年2026年3月には待望の後編『ウィキッド 永遠の約束』が公開となった。私はどちらも公開初日に観に行くくらいの大ファンの作品である。

緑色の肌を持つエルファバと、華やかな善い魔女グリンダの間の隠された友情を描くこの物語は、世界中の人々を魅了し続けているわけだが、ミュージカル版を熱心に鑑賞してきたファンの間では、密かにある視覚的なディテールが注目を集めているのをご存知だろうか。

それは、グリンダが劇中で纏う黄色い衣装である。一般的に、黄色は太陽や幸福を象徴するポジティブな色として受け入れられている。

しかし、西洋美術の文脈において、この色はきわめて不名誉な“裏切り”の象徴として機能してきた歴史がある。ミュージカル版におけるグリンダの黄色いドレスは、イエス・キリストを裏切ったユダの衣の色に通じているという考察があるのだ。エルファバとグリンダの友情の裏に潜む裏切りのモチーフを、美術史の作品から紐解いてみよう。

ユダの衣から始まった黄色の不名誉な歴史

西洋美術において、黄色が裏切りの色としての決定的な地位を築いたのは、中世以降の宗教画においてである。その象徴的な人物こそが、イスカリオテのユダだ。キリストを銀貨30枚で売り渡したユダは、数多くの絵画において黄色いマントを羽織った姿で描かれることが多い。

例えば、14世紀イタリアの巨匠ジョット・ディ・ボンドーネがスクロヴェーニ礼拝堂に描いた《ユダの接吻》を見てほしい。

この作品で、ユダは鮮やかな黄色の衣を纏い、キリストを裏切りの合図である接吻で包み込もうとしている。この黄色は、神聖な金色のまがい物、あるいは不純な光の象徴として、ユダの不誠実さを視覚的に強調する装置となっていったのである。

中世ヨーロッパにおいて、黄色は社会の外側に置かれた人々、あるいは異端者や犯罪者を識別するための色としても使われた。映画『ウィキッド』のエルファバが「緑色」の肌によって他者化されるのと同様に、かつてのキリスト教社会では黄色が他者化と差別のラベルとして機能していた事実は、皮肉な共通点を感じさせる 。グリンダの黄色い衣装が、単なるファッションではなく、彼女が抱える“悪い魔女と繋がることでの世間への背信”や“親友との友情への背信”を暗示しているとするならば、物語の深みはさらに増すことになるだろう。

不穏な「黄色」が告げる復讐劇。フレデリック・サンディス《メデイア》

 19世紀英国の画家、フレデリック・サンディスが描いた《メデイア》(1868年)もまた、裏切りと結びついた黄色を用いた作品である【写真2】。

この作品、当時のロイヤル・アカデミーから「あまりに力強く、不穏である」として展示を拒否された逸話も持っている。

画面中央に鎮座するのは、ギリシア神話に登場する王女であり、魔女の血筋を持つメデイアである。彼女は、自らのすべてを捧げて愛した夫イアソンが自分を捨て、別の女性と結婚しようとしていることを知り、復讐のための毒薬を調合している。彼女の背後に広がる鮮やかな黄色の背景は彼女が受けた裏切りと、彼女自身がこれから引き起こす凄惨な裏切り(自らの子を手に掛けるという最大の背信)を視覚的に予告している。彼女が怒りに震えながら真珠のネックレスを噛み締めるその表情、足元の不気味な生物や異国の呪術道具と相まって鑑賞者に強烈な不安感を与える作品である。

エヴリン・ド・モーガン《恋の媚薬》に隠された本当の意味

黄色が持つ別のイメージを、一人の女性の姿に重ねて描き出した作品がある。19世紀後半から20世紀初頭に活躍した英国の女性画家、エヴリン・ド・モーガンによる《恋の妙薬》(1903年)だ。

この作品でもまた、輝くような黄色いドレスを纏った女性が、真剣な面持ちで薬を調合している 。窓の外をよく見ると、彼女が想いを寄せる男性が別の女性と仲睦まじく歩く姿が見える。彼女が作っているのもまた、その恋路を邪魔するための、あるいは自分に心を向かわせるための呪術的な妙薬なのだろうか 。

確かにかつてはそのような解釈もされていたようであるが、近年の解釈ではエヴリンはこの女性を単なる魔女ではなく、自らの知性と技術によって精神的な高みに到達できる強力で自立した存在として描いていると言われている。窓の外の男女はむしろ俗物的なものとして彼女と対比されるべき存在のようだ。

彼女が纏う黄色のドレスもまた、魂が救済と悟りに達した最終段階を象徴するものとして、絵の中に登場する黒・白・赤と共に錬金術における魂の浄化と悟りへのプロセスを色で表現するために使用される装置となっている。彼女の足元で鑑賞者を見つけてくる黒猫や、彼女の黄色のドレスといった、いかにもなモチーフをあえて使うことで、典型的な魔女のイメージに引きずり込もうとする鑑賞者への挑戦を感じさせる。彼女は女性を単なる誘惑者ではなく、学者や熟練した技術者として表現することで、当時の家父長制社会における女性像を打破しようと試みたのが本作である。

「ステレオタイプ」を超えたアートの眼差し

『ウィキッド』において、グリンダが纏う黄色(あるいは映画版でのピンクや白)と、エルファバの黒色の衣装の対比は、しばしば善と悪のステレオタイプとして機能する。しかし、この作品を通じて、私たちは善い魔女のグリンダにも醜い嫉妬や裏切りがあり、悪い魔女とされるエルファバにも高潔な正義があることを知る。こうしたステレオタイプの逆転に色が使われていると考えることができる。結局のところ、人間の本質は一色では塗り潰せるような単純なものではないということだろう。アートは、その一筋縄ではいかない人間の多面性を作品通じて私たちに突きつけてくる。

<プロフィール>
Wataru KOUCHI
東京在住の美術ライター。2025年にアートナビゲーター(美術検定1級)の資格取得。中学生の時に美術の資料集で目にしたルネ・マグリットの作品を見て美術の世界に興味を持つ。それ以来、国内外の美術館、国際芸術祭を訪問するようになる。好きな作家はルネ・マグリットのほか、レアンドロ・エルリッヒなど。このコラムでは開催中・開催予定の芸術祭、企画展、常設展の紹介の他、社会人として押さえておきたい使える美術の基礎知識を紹介。

「共感覚」って知ってる?色を使って感情や印象をコントロールする方法

文字や数字を目にすると、色が浮かんできたり、人に色を感じる人たちがいるという。人により見え方や感じ方は異なるというが、そのような現象を「共感覚」というそうだ。以…

@DIMEのSNSアカウントをフォローしよう!

DIME最新号

最新号
2026年3月16日(月) 発売

やっぱり野球が好きだ!『MIX』の立花投馬が表紙を飾る最新号のDIMEはプロ野球・高校野球から球場グルメ、あだち充作品の魅力まで野球愛を全方位に深掘り。さらにSuicaの変革や各鉄道の新ビジネスを幅広く取材したシン鉄道ビジネス特集も。

人気のタグ

おすすめのサイト

ページトップへ

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号 第6091713号)です。詳しくは[ABJマーク]または[電子出版制作・流通協議会]で検索してください。