2026年3月末、iモードとFOMAが終了する。約四半世紀にわたり、日本のモバイル文化を支えてきたサービスが、ついに歴史の幕を下ろす。
そのiモードの登場とともに生まれ、世界へと広がった日本発の文化がある。それが『絵文字』だ。1999年、携帯のメールに初めて導入された小さな絵文字は、文字だけでは伝えきれない感情やニュアンスを補い、コミュニケーションのスタイルそのものを変えていった。
この絵文字を開発したのが、当時NTTドコモのプロジェクトメンバーであり、現在は株式会社ドワンゴ取締役を務める栗田穣崇さんである。
わずか12×12ピクセルの中に、どのような発想や工夫が込められていたのか。
今回は、栗田さんに、絵文字誕生の背景や開発秘話を伺いながら、長年にわたり多くの人に親しまれ、世界的に認知されるに至った絵文字の魅力を探っていく。
日本発の『絵文字』、誕生の背景
iモードの誕生以降、〝ケータイの絵文字〟と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、やはりdocomoのあの絵文字だろう。シンプルで直感的、ひと目で意味が伝わるデザインは、多くの人の日常に自然と溶け込んできた。
いまや絵文字は、あって当たり前の存在になっている。しかし、その起点をたどると、そこには携帯電話という新しいコミュニケーション環境が生まれた時代ならではの工夫と発想があった。絵文字は、どのような背景から生まれたのだろうか。
「もともと絵文字は、単体で開発されたものではなく、iモードの一機能として生まれました。iモードの開発過程で、メールをより豊かに表現できる手段として自然に構想されたのです。
当時のiモードは、携帯電話でEメールのやり取りができる初めての仕組みでした。それまでにもショートメールはありましたが、いわゆるEメールを携帯で使える環境ではなかった。だからこそ、これは多くの人に使われるサービスになるだろうと考えていて、そこに絵文字があれば、もっと使いやすくなるのではないか、という思いがありました。
背景として大きかったのは、ポケットベルでハートの記号が使われていた経験です。あれがすごく使い勝手がよくて、その実感が原体験としてありました。
もう一つは、iモードがコンテンツ提供の役割も担っていたことです。ニュースや天気予報などの情報を、小さな液晶画面でどうわかりやすく伝えるかが課題でした。文字だけで表現するのはどうしても限界があるので、たとえば、晴れや雨のマーク、スポーツなら野球ボールのアイコンがあるだけで、ぐっと直感的になりますよね。
そうした〝情報をわかりやすく伝えるための記号〟としてのニーズと、〝メールをより豊かにする表現〟としてのニーズ。その2つが重なって、絵文字をつくろうということになりました」
docomoの絵文字に私たちが親しみを感じる理由は、単に最初に触れた存在だったから、というだけではない。その魅力の本質は、やはりデザインの〝わかりやすさ〟にある。そして絵文字の登場によって、私たちのコミュニケーションはより豊かに、より広がりのあるものへと変化していった。
「絵文字のデザインは、すべて12×12ドットで構成されています。当時、端末側のフォントが同じく12×12ドットで設計されていたため、それに合わせる必要がありました。最初は私がラフを描いて、イメージの方向性を出し、それをドットで表現できるデザイナーに落とし込んでもらう、という流れでした。中にはほぼお任せで仕上げてもらったものもありますし、私が下絵から関わったものもある、という形で進めていました。
当時はまだ予測変換もなく、文字の入力自体がかなり手間のかかるものでした。初期の端末では長い文章を打つのも大変だったので、どうしてもやり取りは簡潔になりがちです。そうなると、言葉だけではニュアンスが伝わりにくく、受け取り方によっては少しきつく感じられてしまうこともある。
だからこそ、絵文字の役割は大きいと考えていました。たとえば文末に笑顔のマークがひとつ添えられるだけで、受け手の印象はぐっとやわらぐ。コミュニケーションを円滑にするための機能として働くように、という意識がありました」
また絵文字は、ただコミュニケーションを円滑にするための補助にとどまらず、ユーザーそれぞれの解釈によって自由に使われ、独自の広がり方を見せていった点も特徴的だった。
「絵文字が、模様や線、形としてデコレーションのように広がっていくところまでは、正直あまり想像していませんでした。ただ、絵文字を2つ組み合わせて使うような表現――たとえば〝顔+汗〟や〝顔+手〟、〝ピース〟のようなものは、ある程度イメージしていました。
一方で、星座のマークのような記号を装飾的に使う発想は想定を超えていましたね。また、当時は視認性の制約もあったため、何の絵かはっきりしない絵文字であっても、場面に応じて自由に使われることがあり、個人的なマークとして用いる人もいた印象があります。
いまの絵文字はかなり具体的な〝絵〟として完成されていますが、当時のものはどちらかというとデザインや記号に近い存在でした。そのぶん、解釈の幅が広くて、使い手に委ねられる余白があったのかなと思います」
制約の中で生み出されたデザイン
176種にもおよぶ初代の絵文字のデザインは、多彩なモチーフによってケータイの表現を一気に豊かなものへと押し広げた。しかし、より驚かされるのは、その開発期間の短さだ。
「一番大変だったのは、やはり開発期間の短さですね。おおよそ1か月ほどで進めていました。ただ、それだけに専念していたわけではないので、スケジュールとしてはかなりタイトでした。
とはいえ、振り返ってみると、特別に〝ものすごく大変だった〟という印象が強く残っているわけではないんです。当時は他にもさまざまな仕事を並行して進めていたので、その大変さの一部だった、という感覚に近いですね」
また、絵文字を制作する際、技術的にも表現面でも苦労した点は、主にドット数の制約にあったという。
「やはりドット数の制約が大きかったです。限られたドットでしか表現できないため、今のように細かい描写はできませんでした。たとえばATMやガソリンスタンドは『GS』、コンビニは『CVS』のように、文字や略称で表すしかありませんでした。動物も、現在のように多くの種類を作ることは難しかったです。結局、最も大きな制約はドット数であり、それに加えて絵文字の個数にも限りがあったことです」
〝わかりやすさ〟と〝シンプルさ〟。携帯に初めて触れるユーザーでも直感的に使える絵文字は、その大きな魅力のひとつでもある。iモードの登場とともに長年親しまれてきたそのデザインに、筆者自身もなじみを感じてきた一人だ。多くの人が自然と受け入れてきたそのデザインの魅力は、どこにあるのだろうか。
「docomoの絵文字には、やはり思い入れはありますし、デザインとしても一番好きですね。この絵文字でよかったな、という感覚があります。
絵文字が〝絵〟になってしまうと、どうしても好き嫌いが出てしまう。自分としては、絵文字はあくまで文字の延長線上にあるものだと思っているので、デザインも記号的であるべきだという考えがあります。もちろん、ドットという制約の中で結果的にあのデザインになった部分もありますが。
その後、絵文字を追加した時も、デザインは変えずに数だけ増やしました。動きをつけたり大きく変えたりするのではなく、使える場面を広げるほうがいいと考えたからです。実際、このデザインがいいと言ってくれる人が多かったので、それなら種類を増やしたほうがいいだろうと。
あのシンプルさには安心感があるんですよね。〝笑顔〟にしてもいわばミニマムな〝笑顔〟で、これ以上削れないくらい単純化されているから、くどさがない。
もちろん好みの話にはなりますが、ドコモの絵文字は、できるだけ好みが分かれにくいデザインになっていると思います。文字と同じで、〝この文字が嫌い〟と感じる人はあまりいないですよね。漢字やアルファベット、ひらがなに対して強い好き嫌いが生まれにくいのと同じで、絵文字もそうした延長線上にあるものとして捉えています」
世界が認めた日本の絵文字
そして現在、日本発の絵文字は『emoji』として世界的に認知され、ニューヨーク近代美術館(MoMA)に展示されるなど、グローバルな広がりを見せている。さらに、ユニコードに採択されたことで、絵文字は単なる装飾ではなく、世界共通の〝文字〟として位置づけられるようになった。ユニコードとは、世界中のあらゆる文字や記号を統一的に扱うための文字コード規格であり、そこに組み込まれたこと自体が、国際的な標準として認められたことを意味している。
「海外で絵文字が使われ始めたのは、Unicodeに採用された2010年以降です。その後、海外の端末やアンドロイドにも取り入れられて、実際に使われるようになったのは2012年頃だと思います。ですから、海外での普及は2010年代前半で、日本とはだいたい10年ほどの遅れがあったという感覚です。
一番大きなニュースとしては、2013年に、絵文字という言葉がオックスフォード英語辞典に登録されたことです。また、オバマ大統領が来日した際には、スピーチで日本の絵文字について触れてくれて、テレビ取材もありました。実際には2013年頃から、海外メディアからの問い合わせや取材も増えていたので、海外で使われ始めたというのは情報として感じていましたね。
さらに2015年春には、ニューヨーク近代美術館(MoMA)から連絡があり、2016年秋に収蔵が決まりました」
iモード誕生から27年。絵文字という文化を振り返り、改めて今どのように感じているのだろうか。
「絵文字は必要なものだったので、僕がその時作らなくても、いずれどこかのタイミングで生まれていたと思います。絵文字自体は完全にゼロから作られたものではなく、日本語にもともとあった言葉や、ハートマークのような記号の延長にあるものです。僕はそれを携帯メールで送れるようにしたところに関わったわけですが、もし僕がこのタイミングで関わっていなかったとしても、2001年であれ2007年であれ、誰かがきっと取り入れたのではないかと思っています。必要なものなので、どこかのタイミングで自然に登場していたのではないでしょうか」
こうして27年の歴史を経たiモードと絵文字は、3月のFOMA・iモード終了とともに一つの時代に区切りを迎える。しかし、絵文字がもたらした〝感情を伝えるための言語〟はすでに世界標準となり、いまもなおかたちを変えながら広がり続けている。
現在はLINEスタンプによって、コミュニケーションはさらに簡潔なものになった。しかし、かつての絵文字でのやり取りを思い返してみると、そこに込められていたささやかな気遣いに、あらためて気づかされるのではないだろうか。
取材・文/Tajimax
なぜ女子高生はプリに夢中だったのか?「平成の放課後」を彩った文化の30年史
世の中にプリが登場してから30年。フリュー株式会社は、プリントシール機(以下、プリ)30周年を記念し、2026年3月20日(金)から4月5日(日)まで、OPEN…







DIME MAGAZINE


















