最後の夏は全部おもしろい
柳川 もともと五輪スポーツをメインに取材活動をしていた僕が高校野球を取材するようになったのは、『H2』に登場する雨宮ひかりのおじさんにあたる新聞記者(雨宮高明)に憧れたからです。ニューヒーローの登場を待ちわびながらも、野次馬のように群がる新聞記者とは距離を置き、独自の取材を重ねていく。そういう姿勢は真似ているつもりです。2024年夏の甲子園を制した京都国際の小牧憲継監督に、「柳川さんは『H2』に出てくる新聞記者さんみたいで好きですよ」と言っていただいたことがありました。もちろん、監督は僕があだち作品の大ファンだということは知りません。最上級の褒め言葉でしたね。
高校野球の聖地・甲子園球場は、松坂大輔を擁した横浜が、延長17回の死闘の末にPL学園を下した98年の試合や、決勝が引き分け再試合となった06年の斎藤佑樹(早稲田実業)と田中将大(駒大苫小牧)の投げ合いのように、劇的な物語が生まれたりします。あだち先生の野球漫画というのは、そういう数十年に一度のような試合展開は少なく、現実的な試合展開を描くからこそ感情移入してしまうんじゃないかと思うんです。
市原 不思議な漫画家さんですよね(笑)。『タッチ』須見工戦の決勝点はホームスチールですからね。2年夏に西村の勢南に敗れた試合も押し出しのフォアボールです。あれはおそらく先生が大好きな江川卓の甲子園・銚子商業戦をオマージュしているのだと思いますが。
柳川 江川や大谷翔平、近年では佐々木朗希のような〝怪物〟と呼ばれる球児が登場する一方で、甲子園では12年のかなのう(金足農業)旋風など、地方の公立校の快進撃が感動を生む。あだち作品の主役は私立に比べれば戦力も資金力も恵まれない公立校ですよね。
市原 優勝候補と目された学校が必ずしも勝ち上がるわけではないし、プロ注目と前評判の高かった選手が活躍するわけでもない。千川高校を舞台にする『H2』では、1巻から登場する木根竜太郎という中堅手がいます。当初は意地悪なキャラクターだったんだけど、子どもの頃からの夢だった甲子園のマウンドに上がるという夢を、最後の夏の甲子園準々決勝で実現させる。伏兵や脇役に対する先生の愛情が込もったシーンだと思います。
柳川 木根は精根尽き果てながらもマウンドに立ちつづけ、エースである国見比呂との交代のタイミングを逸してしまった。投手交代は現実でも難しい判断ですが、千川高校の監督は外野を守っていた国見をベンチに下げることで背水の陣を敷き、木根の最後のひと踏ん張りを引き出した。なるほど、現実の高校野球でも参考になるかもしれない交代劇だと思います。
市原 編集者時代の自分が担当した『クロスゲーム』には高校野球に真剣に打ち込むヒロイン・月島青葉も登場します。あだち先生と僕が好きだった片岡安祐美さんがモデルです。
柳川 『クロスゲーム』の連載が始まった05年に比べれば、女子の全国大会決勝が甲子園球場で行なわれるようになり、またメジャーで活躍されたイチローさんが女子野球の盛り上げ役となり、スポットライトを浴びつつあります。
市原 選手として夏の甲子園を目指すことができない無念さは恐らく片岡さんも月島青葉も一緒なのだと思います。『クロスゲーム』の中では青葉の無念を主人公の樹多村 光(きたむら こう)が背負って甲子園を目指すことになります。
柳川 コウは青葉の投球フォームを参考にして、最終盤には直接本人からアドバイスをもらって、青葉のタイプである「160キロのストレートを投げられる男」に近づいていく。18年の中学硬式野球日本一を決めるジャイアンツカップで、島野愛友利さんという女子選手が胴上げ投手になったことがありました。彼女はその後、神戸弘陵のエースとして甲子園のマウンドに立ち、昨年まで読売ジャイアンツ女子の1期生として活躍し、今年はアメリカに挑戦します。あだち先生の世界に現実世界が追いついてきたようにも思います。
市原 あだち先生は今も毎年、夏の甲子園に足を運びます。名物の甲子園カレー食べながら普通に一般席で観戦してますよ。話題の選手だけではなく地方大会一回戦とかもテレビ観戦したりします。その試合であだち先生が注目する選手がブルペン捕手やマネージャーやスタンドで応援する選手の時もよくあります。間違いないのは、あだち充は高校野球が大好きなんですよ。だから彼はよく言っています。「地方大会一回戦だろうと甲子園決勝戦だろうと甲子園を目指す最後の夏の試合は全部おもしろいよ」
高校野球が10倍楽しくなる!あだち漫画の名場面(2)
『タッチ』で達也が予選準決勝で押し出しで負けるシーン
(完全復刻版 第11巻「打ってケリをつける」より)


達也にとって初めての夏。準決勝で西村を擁する勢南を無安打に抑えながらも延長戦に。雨が降りしきる11回裏に豪速球を投じるも判定はボール。サヨナラ押し出しで勝負は決した。
高校野球が10倍楽しくなる!あだち漫画の名場面(3)
『クロスゲーム』でコウが青葉にアドバイスを求めるシーン
(第15巻 第131話「後半だよ」より)

『クロスゲーム』の主人公である樹多村光にとって月島青葉は師匠で、時にはアドバイスも求める。幼き日より野球に励む彼女の姿を見てきたコウの投球フォームはうり二つ。
高校野球が10倍楽しくなる!あだち漫画の名場面(4)
『H2』で木根が先発完投勝利したシーン
(第32巻 第10話「本当の自分の限界よりも」より)

スケベだが運動能力に長けた木根竜太郎は、野球とサッカーの二刀流で活躍。高3夏の甲子園準々決勝で先発・完投し、比呂を疲労のない万全の状態で英雄との対決に向かわせた。
取材・文/柳川悠二 撮影/木村圭司 編集/千葉康永
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