WBCでは惜しくもベネズエラに敗れた侍JAPAN。その興奮冷めやらぬ中、春のセンバツが開幕、プロ野球やメジャーリーグも開幕と、まさに球春が到来した。現在発売中の雑誌『DIME』5月号では、「超マニアック野球観戦ガイド」を大特集! 野球解説者に聞く観戦のポイントやYouTubeやデータを活用したディープな観戦術、各球団のマーケティング戦略やあだち充作品と甲子園との絆など、知れば観戦が10倍楽しくなる舞台裏を徹底取材した。
本記事ではその特集の中から20年近くにわたり甲子園をウオッチしているノンフィクションライターが、元『週刊少年サンデー』編集長と「あだちワールド」の魅力について深掘り!
春夏甲子園20年連続取材
ノンフィクションライター
柳川悠二さん(左)
1976年、宮崎県生まれ。高校野球やオリンピックなど幅広く取材する。2005年から春・夏の高校野球は欠かさず取材。著書に第23回小学館ノンフィクション大賞受賞作『永遠のPL学園』、『甲子園と令和の怪物』など。
元『週刊少年サンデー』編集長
日本一のあだち充ファン
市原武法さん(右)
1974年、東京都生まれ。『週刊少年サンデー』で『KATSU!』『クロスゲーム』などを担当。2009年『ゲッサン』を創刊、『MIX』を立ちあげた。その後『週刊少年サンデー』編集長。22年に小学館を退社、現在は漫画原作者。
DIME 5月号
Amazonで購入 7netで購入〝あだちワールド〟は 敗者にやさしい
柳川 1976年に生まれた僕には10歳上に兄、8歳上に姉がいて、物心ついた頃には実家の本棚にあだち充作品が並んでいたんです。恋愛は『みゆき』、野球のルールや面白さは『ナイン』や『タッチ』と、80年代前半に連載されていたあだち作品で学んだようなものです。同世代の小学生と比べたら少し、マセた子でした。
市原 あだち先生は18歳で上京して漫画家生活に入りますが、70年代はオリジナル作品よりも原作付き作品を多く執筆していて、その流れの中で当時の読者にとって人気ジャンルだった野球ものを数多く手がけていらっしゃいます。オリジナル作品としては1978年連載開始の『ナイン』が初めての野球漫画になると思います。
柳川 先生は『タッチ』と『MIX』の舞台である明青学園のユニフォームのモデルとなった群馬県立前橋商業のOBですが、もともと野球漫画を描きたかったわけではない、と。
市原 そうだと思います。前橋商業は結構な野球名門高ですが高校時代に母校を熱心に応援していたという話は聞いたことがないので(笑)。石井いさみ先生のスタジオでアシスタントしていた頃にテレビなどで高校野球中継を少しずつ観るようになったと仰っていました。
柳川 あだち作品のほとんどは高校野球が舞台であり、故・水島新司先生や満田拓也先生のように日本のプロ野球やメジャーリーグを描いてません。なぜでしょうか。
市原 あだちワールドに最も親和性が高いのが高校野球だからだと思います。野球そのものが漫画表現に向いているというのもあるのですが。野球は9人対9人の試合ですが重要な場面には1対1の真剣勝負がある。侍の果たし合いに近い感覚。だから日本の漫画表現に向いているし、その中でも高校野球は特に漫画に向いていると思います。
柳川 高校野球は基本的に、負けたら終わりの一発勝負です。加えて、野球は「間(ま)のあるスポーツ」だと言われていて、9イニングの間に、プレーが途切れる瞬間がたくさんある。その間を描くことに漫画は適しているのかもしれません。
市原 そうですね。あだちワールドは数多ある漫画作品の中でも特に「間」を大切にするので。それと夏の甲子園は1つの高校を除いて全国全ての高校が必ずどこかで敗退してしまいます。なので負ける側のドラマの方が圧倒的に多い。そこが、敗者に優しいあだち充の世界と相性が抜群なのだと考えています。あだち先生は、フラれた子や勝負に負けた子にとにかく優しいので。
柳川 僕は『タッチ』の主人公・上杉達也のライバルのひとりである西村勇が大好きで。最後の夏、明青学園との対戦を前に準々決勝で敗れ去る。その日の試合後にプールで泳いでいた達也の元を西村が訪れ、「あまり長くつかっていると肩が冷えるぜ」と心配するシーンがありますよね。
市原 あれは名シーンですね。
柳川 カーブを投げすぎてヒジに違和感があったり、試合の前日に応援してくれていたお婆ちゃんが亡くなってしまったりするけれど、それを言い訳にしない。サヨナラ負けを喫して、マウンド上で泣き出すという醜態を見せた西村も達也の前では強がって、「甲子園いけや、上杉。」と声をかける。浅倉南に対する恋心も、白旗をあげる。まさに敗者やフラれた男子に対する優しい視線ですよね。余談になりますが、プールに浸かっていた達也に「肩を冷やすなよ」ってアドバイスするのも、時代を感じさせます。当時、投手は肩を冷やしちゃダメだというのが定説だった。西村は『MIX』にも勢南高校の監督として登場し、同じ道を歩む息子と共に甲子園を目指す。いつまでも憎めない敵(かたき)役です。
市原 達也にとって甲子園はもともと目指していた場所ではなく、そもそも野球も自らの意思で始めたわけではなかった。双子の弟である和也が交通事故で亡くなったあと、南を甲子園に連れて行くという和也の夢をバトンタッチされて、和也と同じ道を歩むようになった。つまり、甲子園に行くまでは和也の夢なんです。須見工業に勝利して甲子園初出場を果たしたあとは、南のもう1つの夢である普通のお嫁さんになるという夢を実現すべく、達也は南に告白する。
柳川 そして最終巻では、甲子園で明青学園が優勝したということを、優勝校に贈られる記念のお皿のカット1枚だけで表現し、物語を終えました。
市原 和也の夢を叶えた後、自分のためだと急に欲がなくなる達也が「ほしいものはほしい」と言えるようになるのか。南に自分の思いを伝えられるのか。そんな達也の成長を象徴しているのがあの優勝皿なのだと僕は考えています。
柳川 春夏の甲子園を共催している毎日新聞と朝日新聞をはじめ、大手メディアは甲子園球児の身近に起きた不幸を記事にしたがります。僕は安易に家族の不幸を記事にして感動話に仕立てるのは好きじゃないんですが、和也が交通事故で命を落としてしまう『タッチ』のコミックス7巻の衝撃は忘れられず、今でも手に取ると泣いてしまいます。
市原 当時の少年漫画界では主要人物が亡くなることは大きなタブーだったと聞いています。当時、和也が亡くなることを知っていたのは担当編集者だけで、物語の展開を不安視した編集部首脳陣は「まさか死んだりしないよな?」と担当に釘を刺していたそうです。和也が亡くなる回は校了紙を編集部に置いたまま、担当編集者は会社から逃亡して電話にも出なかったという噂もあります(笑)。
柳川 『H2』ではひかりの母が、『クロスゲーム』では幼なじみの若葉が小学5年生で亡くなります。あだち作品には近しい人物の死が度々みられますが、なぜでしょう。
市原 僕の考えではあだち先生が描いているのは「ラブコメ」ではなく「青春」だと思うんです。青春にはたくさんの「初めて」があります。「初めての友達」「初めての恋」「初めてのデート」「初めてのキス」そして「初めての近しい人間の死」。大切な人が死ぬ、ということは人間が生きている限り避けては通れない通過儀礼です。それを、あだち先生は描写しようとしているのだと思います。
野球には「間」があるからあだち作品になじみやすいんです

夏の甲子園を名物のカレーとともに楽しむ、あだち先生と市原さん。
高校野球が10倍楽しくなる!あだち漫画の名場面(1)
『タッチ』で西村が達也を激励するシーン
(完全復刻版 第20巻「終わった」より)

達也のライバルである勢南の西村勇は、準々決勝で敗れ去る。前日に祖母を亡くし、かつ変化球の多投によってヒジの違和感も抱えていた。野球も恋も達也にエールを送った。







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