2026年は、本格的に「フィジカルAI」が発展するといわれている。デジタル空間のみでタスクをこなす生成AIとは異なり、フィジカルAIは現実世界の物理空間において身体を稼働させ、タスクを行うのが特徴だ。
世界では産業ロボット領域を中心に実証が進められているが、生活者として気になるのは、家庭のタスク「家事」を代行する用途だ。年始に注目が高まったこともあり、家庭に浸透する未来は決して遠くはなさそうだ。
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どんな暮らしが実現できるようになるのか、家事をしなくて済むようになった人間が向かう先とは――? ポジティブ・ネガティブ両面について、専門家に聞いた。
フィジカルAIとは?世界の動向
フィジカルAIとは、AIがセンサーやカメラ、外部システムなどから得られる情報を解析し、物理的なデバイスを用いて動作するシステムだ。生成AIなどの汎用AIと比べて物理的に現実世界で動作し、「身体性」を持つのが特徴だ。
世界的に開発が進められており、今年初頭に開催された世界最大規模のテクノロジーの祭典「CES 2026」では、韓国のLG Electronicsによる「LG CLOiD」が話題を呼んだ。食器を食洗機に入れる、洗濯物をたたむ、冷蔵庫の中身を見てレシピを提案するなどの細かな動作を含むタスクを披露した。
家事タスクをこなすロボットが一家に一台、備わる未来が具体的にイメージできるようになってきた。
フィジカルAIによる家事代行がもたらす生活とは?
家庭に家事代行の役割としてフィジカルAIが導入された場合、人間にはどんな生活が待っているのだろうか。国内でフィジカルAIの開発を進める期待のAIスタートアップ、ugo株式会社 代表取締役CEOの松井健氏に話を聞いた。
「家庭に家事代行のフィジカルAIが導入されれば、まずは“面倒だけど付加価値が低い”反復作業から置き換わっていくでしょう。AIは掃除(床・水回り)、食器の片付け、洗濯物の搬送・たたみ、ゴミ出し、日用品の在庫確認と補充などを、住環境の地図や家ごとのルールを学びながら段取りして実行します。
人は細かな手順ではなく『今日はここまで』『この棚は触らない』と方針を渡し、ロボットが安全に動きます。家事時間の削減だけでなく、アレルギー対策の清掃頻度管理、見守りや戸締まり確認、スマートホーム連携による省エネ運用まで含めて“家のオペレーション”が整い、共働き・子育て・高齢世帯の負担が大きく下がります。急な残業や体調不良のときも家のタスク滞りなく回り、生活のレジリエンス(回復力、立ち直り力)が上がるのが本質です」
家事から解放された人間が向かう先は?
家事代行のフィジカルAIが本格導入された後、家事をしなくて済むようになった人間にはどんな変化が訪れるのだろうか。まずはポジティブな面から探ってみよう。
「家事から解放されると、人は『時間』を確保できるだけでなく『認知負荷』の回復にもつながると考えられます。家事はタスク量以上に“気に掛け続ける”コストが大きいもの。それが減れば、家族との会話、子どもの学び、趣味や運動、地域活動、睡眠などに再配分できます。
働き手にとっては育児や介護と両立しやすくなり、特に人手不足の日本では労働参加の裾野を広げる効果が期待できます。また、高齢者や障がいのある方にとっては、家事ができないことのストレスや転倒リスクが減り、健康寿命の延伸にもつながるでしょう。
さらに家事代行はサービス産業として再設計され、ロボットの運用設計者、遠隔サポート、家庭向け安全・UX設計などの新しい雇用も生まれるでしょう。人の役割は“作業者”から“暮らしのディレクター”へ移ります」
フィジカルAIにより家事から解放されることのネガティブ4つ
一方、フィジカルAIが浸透し、人が家事から解放されることにはネガティブ面もあるという。大きく次の4つが挙げられる。
1.安全
家庭では転倒・挟み込み・火や水回りのリスクがある。
2.プライバシー
カメラやマイクが生活空間に入ることで、プライバシーが侵害される不安がある。
3.サイバー攻撃
乗っ取りやデータ漏えいのリスクがある。
4.格差・雇用
導入コストの関係で導入できる家庭が限られ恩恵が偏る、家事代行の仕事が変質する。
「解決策は、機能を段階的に解放する“フェイルセーフ設計”にあります。例えば速度制限や力制御、危険作業は人の承認なしでは行えない仕組みにするなどです。
またプライバシーについては、第三者認証と保険、データ最小化、そして継続的なセキュリティ更新・監査が求められます。
家事代行の仕事に関する課題は、サービス提供側が運用教育とリスキリングを用意し『人の仕事を奪う』のではなく『危険・重労働を減らし、見守りや品質管理へ』と役割転換を支えることが重要です」
フィジカルAIの開発
ugoは現在、どんな分野でフィジカルAIの開発に取り組んでいるのだろうか。
「当社では『社会実装ファースト』を軸に、いきなり家庭で万能家事を狙うのではなく、安全要件が明確で費用対効果が出やすい警備・巡回・点検・監視といった現場でフィジカルAIの実用化と運用技術の確立に取り組んでいます。
具体的には遠隔操作と自律制御をシームレスに切り替える運用の確立、複数台ロボットをクラウド上で統合管理するオーケストレーション技術の開発、さらに現場で蓄積されるノウハウを『手順+データ」として構造化し、モデル学習へ還元する仕組みづくりに注力しています。
AIモデルは単体ではなく、センサー処理から判断、実行までをモジュール化し、用途や規制に合わせて差し替え可能にする設計を推進しています。加えて、社会インフラ点検(データセンター等)への展開や海外も見据え、標準化・保守運用まで含めた『使い続けられるロボット』を積み上げています」
今後の展望~任せられる多技能ロボットへ進化
今後のフィジカルAI開発の展望について、松井氏は次のように話す。
「私たちは2018年の創業時、家事代行ロボットの展開から事業をスタートしました。当時は強化学習やVRコントローラを用いた遠隔操作で、洗濯物をたたむといった取り組みを行っていましたが、当時は事業化には至りませんでした。そして、今はフィジカルAIによって、その状況が変わりつつあります」
今後のフィジカルAIは、次のように進化するという。
1.単機能ロボット→多技能ロボットへ
2.“動ける”→“任せられる”へ
「鍵となるのは、世界モデルやVLA(視覚・言語・行動)のような学習基盤に加え、現場・家庭で継続的に学べるデータ循環、そして安全・責任の設計にあります」
家事代行などのフィジカルAIの実用化が進むと、どのように普及していくだろうか。
「まずは施設・集合住宅・サービス事業者の運用下で標準化が進み、コストが下がった時点で一般家庭へ広がる流れになるでしょう。ロボットは人を置き換える存在ではなく、人の意思決定を支え、危険・単調・重労働を減らす協働パートナーとして社会に根付かせることが肝になると考えます。そしてその実装力が、今後の各社の勝負どころだと考えています」
2026年は、フィジカルAIの開発が飛躍する年になるといわれている。未来を想定し、今から人間にも“心の準備”が必要になりそうだ。
取材・文/石原亜香利







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