スマートフォンを開けば、世界中の映画やアニメが定額で見放題という時代になった。NetflixやU-NEXTといった映像配信サービスは私たちの生活に深く根付き、映画鑑賞のハードルを圧倒的に下げている。
そんなサブスク全盛の現代に、新たに誕生した小さな映画館がある。
2025年12月、東京・神保町、お茶の水エリアにミニシアター「CineMalice(シネマリス)」がオープンした。設立に向けて実施されたクラウドファンディングでは総額2143万9800円、なんと目標額の293%もの資金を集め、映画ファンの熱烈な期待を背負っての船出となった。
なぜ今、あえてミニシアターなのか。そして、なぜ神保町という街が選ばれたのか。
独自の「サブスク制」を採用したシネマリス誕生の軌跡とそこに込められた思い、そして筆者が実際に現地を訪れて感じたリアルな体験を紹介したい。
あえて今、映画館を作る理由
シネマリスの支配人を務める稲田良子氏は、もともと映画やエンターテインメント業界とは無縁の業種で長らく働いてきた人物だ。コロナ禍を経て、多忙な日々の中でふと「これからの人生は何か自分のやりたいことにチャレンジしたい」と思い立ったことが、すべての始まりだったという。
その背中を押したのは、ある喪失感だった。稲田支配人が長年通い詰めていた「飯田橋ギンレイホール」や、神保町の「岩波ホール」といった老舗ミニシアターが立て続けに閉館したのだ。一方で、都内や地方で新たに誕生するミニシアターの存在を知り、「映画館をやりたい」という思いを強くしていった。これまでのすべてを投げ打ってでも映画館運営に第二の人生を捧げる決意をした。
映像配信サービスは手軽に圧倒的な数の映画にアクセスできる利便性をもたらした。それでも、稲田氏は「やはり映画は映画館で観るもの」と語る。映画館では、上映が始まれば一時停止はできず、スマホを触ることも許されない。ある種の「不自由な体験」だが、だからこそ日常を断ち切り、作品の世界に深く没入することができる。
シネマリスが目指しているのは、単に映画を上映する場所ではなく、職場や学校、家庭から離れた「第三の居場所(サードプレイス)」、あるいは日常から逃げ込める「逃げ場所」の提供だ。
地下空間の壁と、異例の熱狂を生んだクラウドファンディング
シネマリスが居を構えたのは、千代田区神田小川町のビルの地下1階。この場所は偶然見つけた物件だったというが、神保町・お茶の水エリアといえば、日本のミニシアターの草分けともいえる「岩波ホール」がかつて存在した聖地だ。古書店街や学生街でもあり、純喫茶やカレー店がひしめくこの街は、新たな映画館が溶け込むのにこれ以上ない舞台だった。
しかし、映画館を作るための道のりは険しいものだった。そもそも、選んだ物件は映画館を設営するために建てられたものではなく、さまざまな法律をクリアする必要がある。地下にあることから階段の設計には厳しい規制が課せられていたり、来館者のために必要な換気量やトイレの個数が定められていたりと、既存の物件をルールに合わせて注意深く改修しなければならなかった。
この困難なプロセスを、シネマリスはX(旧Twitter)などのSNSで発信し続けた。物件探しや法令対応の苦労をリアルタイムで共有することで、徐々に共感の輪が広がり、「開業したら働きたい」「ボランティアでも手伝いたい」という人々も集まったという。
そして昨年6月~8月に行われたクラウドファンディングでは、当初の目標額730万円をわずか12日間で達成。最終的に1479人から約2144万円もの支援を集める大成功を収めた。集まった資金は、音響やデジタルシネマ映写機の導入だけでなく、スクリーン前にステージを設ける費用や、交流ラウンジの本棚やベンチ、ソファーの充実など、観客の「居心地の良い空間」を作るために使われた。
「サブスク制」がもたらす、未知の映画との偶然の出会い
シネマリスは、新作や人気作のみならず、国内外の自主製作作品も含めた映画を中心に上映する。総座席数は約130席で、スクリーンは2つ。シアター1では新作のロードショーや特集上映を行い、シアター2では準新作や旧作・名作を中心に上映する。
このシアター2で導入されたのが、業界でも珍しい「サブスク制」だ。月額2500円(税込)、または年額2万2000円(税込)の会費で月4~6本、年間約50本の映画が見放題となる。年額で換算すれば、1本あたり500円以下という破格の設定だ。
なぜこのシステムを導入したのか。そこには、稲田氏自身の原体験がある。かつて支配人は、飯田橋ギンレイホールの年間パスポートを利用することで、自分が本来なら選ばないようなジャンルの映画も観ていたという。そこで得た予期せぬ映画との出会いが、新たな価値観を広げてくれたのだ。
配信サービスのレコメンド機能は、視聴・検索履歴などから自分の好みに合った作品ばかりを提示してくるが、シネマリスのサブスクは映画館側がキュレーションした「未知の作品」とのセレンディピティ(偶然の出会い)を提供する仕掛けとなっている。なお、サブスク会員にならなくても通常の旧作料金で鑑賞することが可能だ。







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