マーケッターとして「おひとりさま」「草食系」など数々のトレンドワードを世に広め、テレビのコメンテーターとしても活躍中の牛窪恵さん。実は牛窪さんが熱狂的な阪神ファンだということをご存じでしょうか?
大学教授でMBAホルダーでもある著者が、推し活と行動経済学などの研究を経て導き出した「Well-being(幸福感)」に繋がるキーワード、それが「阪神ファンと熱狂」でした。毎年40試合前後を球場で観戦する著者だからこそ気づいた、彼らの体感的リアリティと行動心理の意外な関係をまとめた新著『「幸福感」に満たされたいなら阪神ファンを知りましょう マーケッターが気づいた「効果と法則」』から阪神ファン自身も気づいていない「幸福感」に繋がるヒントをピックアップして紹介していきます。
試合後もユニフォームを脱がない。阪神ファンの「譲れないもの」
「どうして阪神ファンは、自宅を出る瞬間からユニフォームを着てるんですか?」
他チームファンの方々から、よくそんなふうに聞かれます。
最初は、「気のせいだろう」と考えていました。ですが、ある時期から球場、とくに「敵地」の東京ドーム(ジャイアンツの本拠地)や神宮球場(スワローズの本拠地)に向かうファンの群れを観察してみたところ……。確かに、巨人ファンやヤクルトファンは、多くがユニフォームを着ておらず、球場で入場待ちの列に並んだ瞬間、あるいはゲートをくぐったあとなどに、カバンから出して急いで着るケースが少なくなかったのです。
他方の阪神ファンはといえば、当の皆さんはよくおわかりでしょう。甲子園球場に向かう阪神電車の車中では、すでに6~7割がタイガースのユニフォームを着用済み。
また驚くのは、「負けた試合」のあとでも、ユニフォームを脱がずに梅田駅を闊歩するファンが大勢いること(私もその一人です)。
極めつきは、北海道(エスコンフィールドHOKKAIDO/ファイターズの本拠地)や福岡(みずほPayPayドーム福岡/ホークスの本拠地)に向かう「飛行機」の搭乗口から、早くもユニフォームに身を包んで「やる気満々」のファンが、空港のあちこちで散見されることです。
ユニフォームや制服は、着用することで仲間との「一体感」やチーム・スピリットが生まれる可能性が高い(俗にいうユニフォーム効果)ということが、複数の研究でわかっています(Evelina, L. W.,et al.,(2015),“ Uniforms and Perception of Professionalism”,Advanced Science Letters,21(4),pp.723-726ほか)。ですが、球場内ならともかく、本来は球場に向かう車中や道中から、早々とユニフォームを着る必要はないはずですよね。とくに、負け試合の際は「阪神ファン」であることを開示しても、あまりメリットはないはず。
それなのに、なぜ阪神ファンは、ユニフォームを着続けるのでしょうか。
理由の一つは、前回紹介した「勝っても負けても虎命」、すなわちチームID効果、「拡張自己」でしょう。多くの阪神ファンにとって、タイガースは自身のアイデンティティそのもの。私もたいてい、負け試合でもユニフォームを着たまま梅田駅を歩きますが、それは「ごめんね、私の応援が足りなかったから」との反省の意から。
ただ、この行為は女性ファンには必ずしもお薦めしません。とくにナイターでの負け試合のあとは、街行く酔っ払いの人々に「おい、阪神負けたやんけ」「どうしてくれるんや?」などと絡まれる可能性もあるから(苦笑)。実際に私も、何度か絡まれた経験があり、さすがに「脱ごうかな」と迷うこともあります。
ですが、たとえ迷ってもユニフォームを着続ける、阪神ファン独特の「心の持ちよう」がある。それが、オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー氏が提唱した、通称アドラー理論(心理学)で言うところの、課題の分離。
ユニフォームを例にとれば、「脱ぐか・着続けるか」など、何か課題が生じた際、「自分に変えられるもの」と「変えられないもの」をしっかりと見極め、変えられるものだけにフォーカスしよう、との考え方といえるでしょう。こちらはぜひ他チームファンの皆さんにもお薦めしたいものです。
たとえば、いまの会社が好きで、ずっと働き続けたい。でも職場には、何かと自分につらく当たる上司がいる。そんなときアドラー理論では、「ずっと働き続けたい自分」と「自分につらく当たる上司」を、分けて(分離して)考えようとします。
なぜなら前者は、自分の考え方一つで、どうにでもなるから。「もっと楽しく働こう」と決意することもできるし、「やっぱり辞めよう」と放り出すこともできる。でも後者、すなわち「自分につらく当たる上司」は、ほとんどの場合、自分にはどうにもできない。それなら後者を気にするのはやめて、前者のことに集中しましょう、というのが課題の分離の概念です(「ダイヤモンド・オンライン」ダイヤモンド社/岸見一郎・古賀史健/23年4月5日掲載)。
同じように、ユニフォームを脱ごうかとの迷いが生じても、それでも着続ける阪神ファンは、「周り(他者)はどうあれ、ユニフォームを着続けたい自分」と、「ユニフォーム姿の自分を否定的に見る人たち(他者)」を、切り離して考えているといえます。後者は、少し前に流行った、お笑いタレント・小島よしおさんのギャグで言えば、「そんなの関係ねぇ!」。阪神ファンの多くは(ユニフォームをいっさい脱ぐ気がない人を除けば)、たぶん無意識のうちに、そうした課題の分離を行なっているのでしょう【図3】。

皆さんも、仕事や生活の場で、「こんなことを言ったら、嫌われるかな?」など、迷うシーンもあると思います。ですが、もし自分で「やっぱり言いたい」との気持ちがあるなら、ぜひ「承認欲求」を捨て、勇気をもってその言葉を発してみてください。そして、もし反対意見を言われても「そこは自分に解決できる課題じゃない」と割り切り、前向きに善後策を練る、あるいは「この人には、何を言っても無駄だろう」と切り捨てるなど、自分の課題だけに集中するのが得策でしょう。それが、アドラー理論を日本で一躍有名にした書籍のタイトル『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健/ダイヤモンド社)の神髄でもあるのです。
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いかがだったでしょうか?
なぜ甲子園で見ず知らずの人達とあれほどまでに連帯感をもって応援できるのか、道頓堀に飛び込んでもいいぐらいの気持ちになるのか、阪神ファンたちの行動がまさか幸福とこれほど結びついているとは!
間もなくプロ野球が開幕しますが、彼らの行動から学べることは多そうです。阪神ファンから学ぶウェルビーイングのヒントが詰まった一冊、ぜひ書店やオンラインでチェックしてみてくださいね。

「幸福感」に満たされたいなら阪神ファンを知りましょう
マーケッターが気づいた「効果と法則」
牛窪 恵(著) 集英社
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-790234-1
牛窪 恵
世代・トレンド評論家/立教大学大学院客員教授/修士(MBA)
マーケティング会社インフィニティを20余年経営し、大手企業各社と数千人の消費者を取材。
その知見から、財務省 財政制度等審議会専門委員や内閣府「経済財政諮問会議」政策コメンテーターなど、数多くの政府委員や研究会メンバーを歴任してきた。
マーケティング関連の著書を通じて「おひとりさま」「草食系(男子)」「年の差婚」などの流行語を世に広める。
近著は『Z世代の頭の中』(日経BP)。
テレビ番組のコメンテーターとしても知られ、現在「ホンマでっか!? TV」(フジテレビ系)、「所さん!事件ですよ」(NHK総合)、「よんチャンTV」(毎日放送)ほかに出演中。
阪神タイガースの大ファンで、毎年40 試合前後を現地(球場)にて観戦。
阪神ファンへの取材経験も多い。推しは森下翔太選手。
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