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なぜ、今「タイムカプセル開封」がバズっているのか?と思って50年前の思い出を開けてみた

2026.03.15

ここ数年、地方新聞やローカルニュースで「タイムカプセルを開封」という話題を目にすることが増えた。

創立100周年や150周年の記念事業として、校庭の片隅から金属の容器を掘り出す。中から出てくるのは、50年前の作文や手紙、色あせた写真。かつての子どもたちが、未来の自分に宛てたことばが、今のおとなの手に戻る。

そういえば筆者も、小学生のころ、学校の敷地にタイムカプセルを埋めた記憶がある——と思い出していた矢先、「タイムカプセル開封式のご連絡」と書かれたハガキが届いた。

実は、日本の小学校制度は1872年、明治政府が公布した「学制」から始まった。それから約100年後、1970〜80年代にかけて、全国で創立100周年を迎える学校が相次ぐ。その節目の記念事業として広まったのが、タイムカプセルだった。

もとは〝タイムボム〟だった

タイムカプセルということばは、1939年のニューヨーク万博で生まれた造語である。

アメリカのウェスティングハウス社が「5000年後の人類へ現代文明を残す」という構想を掲げ、金属製の容器に生活用品や記録を収めて埋設した。当初の名称は「タイムボム」。のちに「タイムカプセル」と改められた。

日本では1970年の大阪万博で公式タイムカプセルが埋設され、大きな話題となった。

高度経済成長期、日本では新幹線や高速道路、巨大な団地など、未来を先取りするような技術や都市計画が次々と現れた。1970年の大阪万博は、その象徴だった。そこでは当時の生活用品や記録を金属の容器に収め、20世紀の文明を未来へ残すという試みが実際に行われた。

科学技術によって急速に変化していく「今」を未来へ残そうとする発想には、当時の人たちの自信がにじんでいる。

タイムカプセルという発想は、この万博をきっかけに広く知られるようになり、やがて学校や地域の周年事業にも取り入れられていく。

50年ぶりに戻ってきたもの

今年1月、筆者が卒業した小学校では、当時の卒業生に作文を返す食事会が開かれた。

残念ながら筆者は参加できなかったが、同級生が、当時自分が書いた作文を写真に撮って送ってくれた。

「50年後の学校」について書かれた当時小学校3年生の作文
「今のクラスのくらし」について書かれた当時小学校3年生の作文

その作文を読みながら蘇ってきたのは、「50年後の未来」ではなく、「50年前の今」、つまり作文を書いた当時の時間だった。本来、タイムカプセルとは過去を保存するものなのだから、それは当然のことなのかもしれない。それでも長いあいだ、筆者のなかではタイムカプセルはどこか未来的なものだった。それに気づいた時、少し不思議な気がした。

1970年大阪万博から数年がたち、当時の日本では、科学技術が未来を切り開くというイメージが広く共有されていた。高度経済成長の時代であり、未来には今よりも便利で豊かな生活が待っている。そんな期待が、ごく自然に共有されていた時代でもあった。

アニメでも宇宙を舞台にした物語や、『ドラえもん』のように未来の道具が日常に現れる作品が人気を集めていた。自分たちがおとなになるころには、ロボットが働き、車は空を飛び、世界旅行だけでなく宇宙へも出かけられる――そんな未来を想像していた。

そうした時代の空気のなかで、小学生にとってタイムカプセルは未来を象徴するような存在だった。少なくとも筆者のなかでは、そのイメージは50年間ほとんど変わらないままだったことに、あらためて気づいた。

埋めたあとの時間

タイムカプセルの開封がニュースとして伝えられることも多いが、すべてがそうして開けられるわけではない。年月がたつなかで所在がわからなくなったり、学校の統廃合によって場所そのものが失われたりして、開封されないまま終わる例も少なくないそうだ。

というのも、タイムカプセルは埋めることよりも、開けることのほうがはるかに大きな手間と力を必要とするからである。

そこで、実際に、ある小学校でタイムカプセルの開封を主導した卒業生に話を聞いた。

当初、学校にはタイムカプセルの存在を示す公式な記録が残っていなかったそうだ。記念碑の下に埋めたという「記憶」だけでは、敷地を掘り返すことはできない。

卒業生有志は、当時の資料を一つずつ探していくことになったという。新聞記事や写真を確認し、手がかりになりそうな記録をたどっていった。

決め手になったのは、育友会の会報だったそうだ。卒業式後の記念碑除幕式で、「50年後に開けてください」と校長と育友会会長が呼びかけた記録が残っていたという。

この記録によって、タイムカプセルの存在が確認された。有志のあいだでは、開封に向けた動きが本格的に始まった。

ちなみに、当時会報を発行していたのは育友会、つまり在校生の保護者たちだった。

結果として今回の開封は、当時の親世代が残した呼びかけを、子どもだった世代が引き継いで実現したことになる。

開封は50年前に封印されたコンクリートをカットするところから始まる。
箱の中からは当時の在校生の絵画や作文、寄せ書きなどが出てきた。
50年前に封印した作品や資料を体育館に並べ、確認作業を行う。

しかし、それで終わりではない。開封には費用がかかる。また、事実を広く知らせなければ、卒業生は集まらない。

有志はクラウドファンディングを立ち上げ、説明会を開き、経緯を共有した。そうして開封式は実現したが、すべての卒業生が当日集まれたわけではなかったそうだ。

現在はWEB上で寄せ書きを公開し、時間を越えた共有を続けているという。

50年前の自分と答え合わせ

タイムカプセルは未来を信じる装置だが、埋めた瞬間に完成するわけではない。封じ込めた「今」を、開封の日まで守り続けなければならない。

筆者自身の作文については、実は書いた内容を今でもよく覚えている。だからこそ、返ってきた作文は、自分の記憶との答え合わせでもある。

今のところ、筆者はまだその作文を手にしていない。読むことができる日を楽しみにしている一方で、少し緊張するような気持ちもある。

文/内山郁恵

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