2024年、日本の出生数は統計開始以降初めて70万人を下回りました。少子化は長年指摘されてきた課題ですが、いまや現実の数字として社会に突きつけられています。子供の数が減るということは、一人ひとりに向けられる期待や責任、そして投資のあり方も変わるということを意味します。
実際、教育や住環境、体験機会に対する支出は、「たくさん与える」から「より良いものを選ぶ」へと価値観が移行しています。いわば量から質へ。その流れは、医療や健康の分野にも及び始めています。
そうした中で関心が高まっているのが、出産時に採取できる「臍帯血(さいたいけつ)」の保管です。臍帯血とは、へその緒を流れる血液のことを指します。胎内で赤ちゃんの成長を支えてきた血液であり、出産という限られた瞬間にしか採取できない貴重な細胞源です。
「臍帯血保管」が5年で1.5倍に!「量」より「質」へシフトする育児投資
民間臍帯血バンク国内最大手のステムセル研究所の公表データによると、首都圏ではこの5年で保管数が約1.5倍に増加しており、出生数が減少する中でも選択する家庭が増えていることが示されています。全国的に出生数が減少している状況を踏まえると、この動きは単なる人口増減の影響ではなく、「将来の医療に備える」という価値観の変化を反映したものと見ることができるでしょう。
出生数が減少しているにもかかわらず保管数が伸びているという事実は、親世代の意識変化を映し出しています。背景にあるのは、「いま使うもの」への投資だけでなく、「将来の選択肢を残す」ことへの投資という考え方です。臍帯血に含まれる幹細胞は、血液疾患の治療で既に活用実績があり、さらに神経領域などで研究が進められています。
医療は10年、20年というスパンで大きく進化します。将来の医療水準を前提に考えれば、今は使わなくても、未来に意味を持つ可能性がある。そうした時間軸の長い判断が、育児にも入り込み始めているのです。
世界で広がる“家族で保管する”という選択
民間臍帯血バンクに預け、将来的に家族で活用するという流れは、海外ではすでに一定の広がりを見せています。特にシンガポールでは出生児の約20%が臍帯血を保管しているとされます。これは決して一部の特別な家庭だけの選択ではなく、出産時に検討される一般的なオプションのひとつとして社会に浸透していることを示しています。
臍帯血は子供本人だけでなく、遺伝的に近い家族に適合する可能性があります。そのため「子供のための保管」という枠を超え、「家族単位の医療資源」として位置づけられるケースもあります。兄弟姉妹間での適合可能性や、将来的な医療応用の広がりを踏まえれば、家庭全体のリスクマネジメントという視点が生まれるのも自然な流れです。少子化が進む社会では、出産はより貴重な機会となります。
一度きりのタイミングでしか採取できない臍帯血をどう扱うかという問いは、感情論ではなく、合理的な判断の対象になりつつあります。海外の保管率は、日本における今後の普及可能性を示唆する指標とも言えるでしょう。
捨てられている「へその緒」は再生医療としてどんな役割を果たすのか
へその緒や臍帯血は、通常であれば出産後に廃棄されます。しかしその内部には、さまざまな細胞へと分化する能力を持つ「幹細胞」が豊富に含まれています。幹細胞は、損傷した組織や機能を補う可能性を持つ細胞として、再生医療の中核を担う存在です。
すでに血液疾患の領域では臍帯血移植が実施され、治療選択肢のひとつとして位置づけられています。加えて近年は、神経系、免疫系、炎症性疾患など、より広範な分野で研究が進んでいます。臨床研究の積み重ねと技術革新により、細胞の保存・加工・応用技術は高度化しています。重要なのは、医療技術は連続的に進化するという点です。
10年前には想像できなかった治療法が、いま現実になっている例は少なくありません。
かつて医療廃棄物とされていた組織が、未来の医療基盤として評価されている事実は、その象徴とも言えます。「使うかどうかは将来決める」という余白を持つこと。それ自体が価値を帯び始めているのが現在の状況です。
「もしも」に備えるリスクマネジメントの最前線―脳性まひや自閉スペクトラム障害(ASD)への医療・支援の選択肢をどう考えるか
子供の成長には希望がある一方で、不確実性も伴います。健康に生まれても、将来的に病気や発達上の課題に直面する可能性を完全に排除することはできません。医療体制や支援制度は整備されつつありますが、「もしも」にどう備えるかという問いは、親にとって現実的なテーマです。脳性まひや自閉スペクトラム障害(ASD)などに対しては、臍帯血を活用した臨床研究が国内外で進められています。
現時点ですべてが確立された治療法というわけではありませんが、一定の研究成果が報告されています。将来の医療の選択肢が広がる可能性があることは、少なくとも事実です。臍帯血保管は万能な解決策ではありません。すべての疾患に適用できるわけではなく、利用の可能性も個別に異なります。
それでも、「未来に選択肢を持つ」という状態は、リスクマネジメントの観点から一定の意味を持ちます。これは金融的な投資というよりも、時間に対する投資に近い概念です。将来の医療進歩を前提に、いま判断しておくという考え方です。
少子化時代の新しい価値観としての「健康資産」
少子化が進む日本では、子供一人ひとりにかける思いがより強くなっています。教育や生活環境だけでなく、医療面での備えも含めて「どのような未来を残せるか」を考える家庭が増えています。臍帯血保管は出産時にしかできない選択です。その希少性は、後から取り戻すことができません。
だからこそ、検討対象として浮上しています。実際に保管するかどうかは各家庭の価値観や経済状況によりますが、「知ったうえで判断する」という姿勢そのものが重要です。出生数が減少する時代において、子供はよりかけがえのない存在になります。その未来に向けて、医療的な選択肢をひとつ増やしておくという発想は、「健康資産」という新しい概念として社会に広がりつつあります。
量の時代から質の時代へ。そして現在から未来へ。
医療の進歩を前提にした育児観は、これからの日本社会において、静かに存在感を高めていくのかもしれません。
文/磯村実穂
株式会社ステムセル研究所 広報担当/助産師・看護師。大学卒業後、助産師として東京都内の大学病院に勤務。ハイリスク妊婦の看護や分娩介助、新生児看護を経験。妊婦さんに知ってほしい情報を、ステムセル研究所のインスタグラムやYouTube等のSNSで発信している。https://stemcell.co.jp/corporate/information/news250129/
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