
病院は、残念ながらキャッシュレス化の流れから取り残されているのではないか?
こう書くと、批判があるはずだ。「最近の病院はキャッシュレス決済に対応するようになっている。現に自分は、地元の総合病院でクレジットカードを使って診察費を払ったばかりだ……。しかし、日本の医療を支えているのは総合病院ではなくクリニック、つまり街角の開業医である。
現時点においても、キャッシュレス決済を導入しているクリニックは多くない。が、一方でそれに隣接する薬局はキャッシュレス決済に対応していたりする。つまり、そこに深刻な「ねじれ現象」があるのだ。
街角クリニックのクレカ導入率は4割にも満たず
COVID-19のパンデミック以降、「キャッシュレス決済後進国」とまで言われていた日本にも大きな変化が訪れた。
コード決済アプリが普及し、タッチ決済対応クレカも「当たり前」のものとなった。地方に在住の高齢主婦は、今でもクレカは「中年以上の会社員の持ち物」というイメージを持っていたりもするが、クレカの定義をデビットカードやチャージ式プリペイドカードにまで広げると、今や小学生でもクレカを持っている。そうした背景があるからこそ、交通系ICカードに代わってタッチクレカ乗車システムを採用する地方都市の路線バスも現れたのだ。
が、そんな状況においてクリニックはキャッシュレス決済対応が遅れている。
経済産業省内に設置された有識者会議『キャッシュレス推進検討会』が去年12月に作成した資料には、こう書かれている。
病院(20床以上)のクレジット導入率(2024年)が約65%に対して、診療所(19床以下)は2024年時点で約36%と導入率が低い。固定された診療報酬等の業界固有の課題はあるが、規模の差がキャッシュレス普及に大きく影響しており、中小企業共通の課題が大きいと考える。
(キャッシュレス推進検討会とりまとめ〔案〕概要版 18ページ 経済産業省)
「固定された診療報酬等の業界固有の課題はあるが」という部分は、キャッシュレス決済サービスの手数料の問題も含まれているはずだ。上の資料の19ページには「中小企業がキャッシュレスを導入しない理由」が記載されているが、生活関連から飲食、娯楽、宿泊などの各分野で、「現金で困っていない」「手数料が高い」という理由が1位と2位を独占している。
だが、それは本当なのか? 公的機関が作成した資料の内容を疑うわけではないが、クリニックの場合はもっと「来院者のニーズに由来する理由」が強く存在するのではないか?
カルテも処方箋も電子化する一方で

さて、どのクリニックも徒歩圏内に処方箋薬局が置かれている。この薬局での支払いはどういうわけかクレカとコード決済が可能、ということがよくある。クリニックは現金決済のみだが、薬局はキャッシュレス決済に対応。これは患者から見れば、見過ごすことのできないねじれ現象である。
クリニックがキャッシュレス決済に対応してくれたら、徹頭徹尾現金を持ち歩かずに用を済ませられるのだ。
厚生労働省は現在、電子処方箋と電子カルテの導入を進めている。電子処方箋は2025年6月の時点で8割の薬局が運用を開始し、電子カルテも「遅くとも2030年には概ねすべての医療機関において、必要な患者の医療情報を共有するための電子カルテの導入を目指す」という目標を掲げている。
そうした背景を考慮した場合、全国の街角クリニックにとってはまさに今が「攻め時」「変わり時」と解釈することもできるのではないか。
いや、本来であれば街角クリニックは、接触感染防止が強く叫ばれたパンデミックをきっかけに生まれ変わっているべきだったのでは……?
診察代の決済方法は未だ「現金」が過半数
株式会社エム・ピー・ソリューションが去年5月にPR TIMESで公開したプレスリリースがある。
『関東圏の医療機関における決済実態調査』と銘打ったアンケート調査を実施し、その結果を公開したのだ。調査概要は以下の通り。
・調査名:関東圏における病院やクリニックでの決済状況調査
・調査対象:過去半年以内に病院やクリニックの受診経験がある、関東圏在住20代~60代男女
・調査方法:インターネット調査
・調査期間:2025年4月18日~2025年4月22日
最初の質問は「直近で病院・クリニックを受診した際、診察代の支払いでどのような決済方法を利用しましたか?」。これに対して「現金」と答えた人は51.8%、「キャッシュレス決済」と答えた人は48.2%である。
次の質問は「全ての決済方法に対応している場合、病院・クリニックでの支払いで最も使いたい決済方法は何ですか?」。全体では「現金」が24.2%、「キャッシュレス決済」が75.8%という結果になった。意外なことに、これは各世代毎に見てもほぼ同じ割合である。60代以上では「現金」が26.0%、「キャッシュレス決済」が73.7%だった。
受診を諦める20代
ただし、以下の質問は世代によって割合が大きく異なった。
「キャッシュレス決済に対応していないことで、受診を諦めた・受診先を変えたことはありますか?」という質問に対して、「受診を諦めたことはない」と答えた人は72.4%、「受診を諦めたことがある」と答えた人は27.6%。これは全体の数字である。20代に絞って見てみると、「受診を諦めたことはない」は41.1%、「受診を諦めたことがある」が58.9%に上った。若年層は、「あのクリニックはキャッシュレス決済を導入していないから」という理由で受診を断念したり、受診先を変えてしまうことがよくあるという。
なお、同じ質問の60代以上の調査結果は「受診を諦めたことはない」が91.1%、「受診を諦めたことがある」が8.9%だった。即ち、20代にとってクリニックのキャッシュレス決済対応は「なくてはならないもの」だが、高齢者にとっては「あれば嬉しいもの」に過ぎないのだ。
高齢者は、常に一定以上の現金を携帯していることにも触れる必要がある。「現金支払いのみの病院・クリニックで、受診後の会計時に現金の持ち合わせが無かった・足りなかった・ギリギリだった経験はありますか?」という質問に、20代は57.9%が「経験あり」と答えているが、60代以上で同じ回答を選んだ人は22.8%しかいない。
必ず訪れる「進化の瞬間」
このように世代別のはっきりとした落差・温度差が存在し、しかもクリニックに来院するのは(診療科にもよるが)主にシニア世代ということを想定した場合、「今は急いでキャッシュレス決済に対応する必要はない」ということになってしまうのだろう。
しかし、それも永久に抱えられる発想ではない。いつかは、そして必ずや「進化の瞬間」が訪れる。
日本という国は、中央政府がトップダウンで新しい制度や仕組みを導入させるようにはできていない。とはいえ、現状を維持しようとすると——つまり高齢者のリズムに合わせてキャッシュレス決済の導入を見送り続けていると、結果として「若者は街角のクリニックを選ばない」という状況につながってしまうのではないか。これもまた、一つの「格差」である。
ただし、上述したキャッシュレス決済サービスの手数料の問題についても加味して考察しなければならない。この部分の対策について、キャッシュレス推進検討会がどのような見解を公表するのか。議論は2026年度に持ち越されそうだ。
【参考】
キャッシュレス推進検討会とりまとめ〔案〕概要版 経済産業省
電子処方箋・電子カルテの目標設定等について 厚生労働省
「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム 厚生労働省
〔関東圏の医療機関における決済実態調査〕「現金持ち合わせ不足」が約4割、医療機関の決済サービスの課題が浮き彫りに PR TIMES
文/澤田真一
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