デジタル化が進み、読書の形も多様化する中で、「紙の本の居場所」は問い直されている。そんななか、書籍のオンライン買取・販売の大手「株式会社バリューブックス(以下「バリューブックス」)が2026年2月に、Ginza Sony Park(以下、「銀座ソニーパーク」)で開催したイベント「本の公園」が、書店界隈に静かな衝撃を与えている。
銀座ソニーパークに出現した「本の公園」
銀座ソニーパークの地下2階で、2026年2月7日から2月23日まで開催された「本の公園」
※画像提供:Ginza Sony Park
「本の公園」は、ブック・コーディネーターでPodcast「本の惑星」を主宰するバリューブックス取締役の内沼晋太郎氏と銀座ソニーパークがコラボレーションして生まれた企画。古本市場における需要と供給のバランスによって値段がつかず、古紙回収に回るはずだったものから拾い上げた古本を2万冊ほど集め、誰もがふらりと訪れて、無料で⾃由に読みふけることができる「本の公園」として会場を開放した。
「読むだけなら無料」「トートバッグに詰め放題」――SNSで広がった熱狂
筆者がこのイベントの存在を知ったのは、Xの投稿から。愛読していた雑誌のバックナンバーを大量に発見して喜ぶ投稿や、「トートバッグを買った人だけが入場できるのかと思ったら、入場は無料で好きなだけ座って本が読める」という太っ腹さに感激する投稿など、とにかく熱気がすごかったのだ。
ちなみにネットで拡散したのは、開催当初は「トートバッグに何冊でも詰め放題」のシステムが話題を呼んだことも理由のひとつ。しかしネットで知った多くの人が会場に押し寄せ、本の補充が間に合わなくなったため、4日目の2月10日から、「トートバッグ1枚につき5冊まで」と制限された。そこで客足が止まるかと思いきや、それでも入場者数が大きく減ることはなかったという。
「気になったら確保」 本をめぐる心理戦
筆者が「本の公園」に足を運んだのは、開催日から数日たった平日だったが、入口にはオープン待ちの人も数人いて、オープン直後から盛況。若い人からシニアまで年齢層が幅広く、みんな、すごい熱気で本を探していた。会場内の椅子に座って読みふけっている人も多く、ほとんどの人が手元に数冊の本を積んでいる。
なぜ手元に大量の本を置いておくのか、自分が本を探してみてわかった。目をつけた本があって、少し目移りして再度見ると、もうその本がなくなっているということが頻発する。だから少しでも気になった本は、自分の手元に置いておく必要があるのだ。
また自分の超愛読書があるのを見つけると、嬉しい気持ちが半分、「これを読んだ人は手元に置かず、売ったのか」という残念な気持ちが半分。そして次に見た時にその本が無いと、誰かが見つけて持ち帰ったことにホッとする。そんな、一般の古書店では味わえない心の揺れも、周囲の熱気ゆえだろう。
会場を一巡して気づいたのは、歴史小説、時代小説が多いこと。時代小説は常に新刊が出ているのを目にするので、一定のファンがいるのだろうが、古書としては売れにくいという現象のあらわれなのかもしれない。また筆者が主に読むのは海外の翻訳小説だが、会場で見つけた翻訳小説は、ロアルド・ダールの「単独飛行」1冊のみだった。これも、翻訳小説の刊行数が減っていることを象徴しているのかもしれないと、さびしく思いつつ、運命を感じてその1冊を持ち帰る5冊の中に加えた。中学生の頃に愛読した北杜夫の「どくとるマンボウ航海記」(昭和30年代の出版)があって、これも加えた。
仕掛け人・内沼晋太郎氏に聞く
不思議だったのは、会場に詰め掛けた人たちの熱気。よく考えたら、こういう本は近所のブックオフなどの古書店にも大量にあり、値段はもしかしたらもっと安いかもしれないのに…。その理由を、このイベントの企画者である内沼晋太郎氏に聞いた。
内沼氏は、2012年にビールが飲めて毎日イベントを開催する新刊書店「本屋B&B」を、2020年に日記専門店「日記屋 月日」をそれぞれ開業し、『これからの本屋読本』(NHK出版)『本の逆襲』(朝日出版社)など本に関する著書も多い、まさに“本の仕掛け人”だ。
内沼氏よると、「本の公園」は、古書界で「売れにくい本」「行き場を失った本」を、再び人と結びつけるための試みとして企画されたイベントだという。
「バリューブックスには、毎日およそ3万冊の本が全国から届き、うち約半分は買い取り価格がついてインターネットでの販売を通じて次の読者に届けられますが、残りの半分は値段がつかず、その多くを古紙回収に回さざるを得ないのが現状です。しかし、値段がつかない最も大きな理由は、本の保存状態や傷み具合、内容とは関係がないことがほとんどなのです」(内沼氏)。
例えば、有名な賞を受賞した作品は短期間に何万部も売れ、少し時間がたつとその多くが古書として売られる。しかしその時に、何万人もの買い手は存在しないので、同じ本が古書業界にあふれ、行き場を失うのだ。それは単に、需要と供給のタイミングのずれから起こる現象であり、その本の面白さとは何の関係もない。バリューブックスは、古紙になろうとしている本との新たな出会いをつくる活動「捨てたくない本プロジェクト」を立ち上げ、施設や学校に寄贈したり、ブックカフェを運営したりとさまざまな取り組みをしている。「本の公園」もそのひとつ。
「本の公園」のきっかけは、銀座ソニーパークからイベントスペースを使用して、内沼氏がパーソナリティを務めるPodcast「本の惑星」で何かイベントをしないかというオファーがあったこと。しかし内沼氏は、それだけではなく、広い空間を使って何か面白いことができないかと考えた。もともと銀座ソニーパークは、ソニー創業者のひとりである盛田昭夫氏が1966年の旧ソニービル設立時に「街に開かれた施設」を目指し、10坪のパブリックスペースを「銀座の庭」と呼んだことに由来する。このコンセプトを現代に引き継ぎ、建物の解体後も人々が集まる「銀座の公園」として再開発された。そこから、誰もが公園のように自由に出入りしてのびのびと本と触れ合える「本の公園」を構想したという。
内沼氏も銀座ソニーパーク側も、当初はこれほど多くの来場者があり、熱気に満ちたイベントになるとは予想していなかったという。
「SNSで注目されたのは、最初の“本が詰め放題”というお得感からだったかもしれません。でも、補充が追い付かず5冊に制限してからもその熱気は衰えませんでした。会場内に置いてあるのは決して特別な本ではありませんが、それでも企画の見せ方や置く場所によっては、こんな熱気が生まれる。今回の成功で、仕組みを変えるだけでも、まだまだ本の売り方にはさまざまな可能性があるということがわかりました」(内沼氏)
そもそも最近は書店自体が激減していて、路面店となるとさらにレアな存在となっている。あれだけ多くの店舗が立ち並ぶ銀座にも、書店といえば教文館以外に見当たらない。街で本と触れ合える場所が、圧倒的に少なくなっているなかで、銀座ソニーパークという、普段はアート系のイベントやアーティストとコラボレーションしたプログラムなどと、訪れるたびにユニークなイベントが開催されている場所に大量の本があり、しかも一般の書店と違って、長時間座って自由に読める。そのことが筆者にとっても新鮮だった。また詰め放題だと、何も考えずに目についたものをバッグに入れるかもしれないが、5冊に絞ることでより真剣に選ぶことになり、試し読みに熱が入った。おそらく、他の入場者も同じだったと思う。
今回のイベントの反響の大きさに、銀座ソニーパーク内に常設店を作ってほしいという声もあるそうだ。確かにこういう場所があちこちにできたら、普段は本を読まない人もふらりと入ってしまいそうだし、本を読むという行為がもっと身近になりそうだ。「本の公園」は、本と人の関係を少しだけ、やさしく結び直す場所なのかもしれない。
取材協力/株式会社バリューブックス、Ginza Sony Park
取材・文/桑原恵美子
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