2度のW杯経験を糧に、指導者になるべくスペインへ移住
2026年北中米ワールドカップ(W杯)が4カ月後に迫ってきた。ご存じの通り、日本代表は98年フランス大会から8回連続で大舞台に参戦しているが、グループリーグを突破したのは2002年日韓、2010年南アフリカ、2018年ロシア、2022年カタールの4回だけ。そのいずれもベスト16突破を果たせなかった。
今回の森保一監督率いるチームは「W杯優勝」という大目標を掲げているが、決勝トーナメントで勝つことは本当に至難の業。それを痛感した1人が、2010年南ア・2014年ブラジルの2大会に参戦した元日本代表FW大久保嘉人である。
2010年は岡田武史監督(現FC今治代表取締役会長)率いるチーム。日本は堅守を全面に押し出し、首尾よく16強入り。パラグアイ相手にPK戦までもつれ込んだが、惜しくも敗れている。大久保は4-3-3の左FWで献身的な守備を披露。得点こそなかったが、凄まじいハードワークでチームを力強く支えた。
そして2014年はアルベルト・ザッケローニ監督率いるチーム。当時の大久保はしばらく代表から遠ざかっていたが、Jリーグでのゴールラッシュで最後に滑り込み、得点源として大きな期待を背負った。しかし、本番ではチームが不振に陥り、彼自身も救世主になり切れず、大いなる悔しさを味わったのだ。
こうした経験を踏まえ、彼は2021年の現役引退後、指導者への強い意欲を抱くようになった。そして2025年4月からは家族揃ってスペイン・バルセロナへ移住。現在は語学学校に通い、指導者ライセンス取得準備に向けての進めているという。
「2024年4月に長男の碧人がプロサッカー選手を目指してスペインに渡りました。僕ら家族は日本から息子を応援するつもりだったんです。そんな時、妻の莉瑛が『私たちも行こうか』と言い出した。息子3人も『行きたい』と賛同したので、自分も覚悟を決めて移住の準備を始めました」と大久保は2年前の出来事を述懐する。
「制度が変わって本当にギリギリでした」と滑り込みで投資家ビザを取得
とはいえ、海外生活にはビザ取得という大きなハードルがある。大久保は2005~2006年夏までの1年半、スペインリーグ1部・マジョルカでプレー。同国に居住した経験があったが、当時の労働ビザ取得はクラブ側が対応していたため、自身が主体的に動いて手続きを行う必要はなかったという。
「今回は状況が全く違いました。妻が中心となって弁護士と相談しながら、1つ1つ手続きを進めていきました。最終的には不動産取得を条件とする投資家向けのビザ制度を利用する形になったんですが、準備が進んだところで『2025年4月3日以降、この制度が廃止される』という情報が飛び込んできて、本当に慌てました」と彼は苦笑する。
期限が迫る中、手続きを進めることになり、まさに時間との勝負だったのだ。
「結局、期限直前にビザが下り、居住権を取得することができました。本当にギリギリでした」と大久保は綱渡りだった当時を振り返る。







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