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最も身近で、最も深い!「トイレ」と「アート」の意外な関係

2026.02.15

トイレとアート。この二つの単語を並べると、多くの人は戸惑うに違いない。

トイレは生活に直結した実用的な場所であり、一方でアートは「わざわざ見に行くもの」「特別な空間にあるもの」というイメージがあるからだ。両者は一見すると無関係のもののように見える。ところが、アートの歴史を振り返ると、トイレほど繰り返し登場してきたモチーフも珍しい。しかもそれは単なる悪ふざけや話題づくりではなく、美術の価値や制度、さらには鑑賞体験そのものを問い直すために選ばれている。

トイレは、誰もが使い、誰もが身体的な存在に戻る場所だ。社会的な立場や肩書きから一時的に解放され、もっとも無防備な状態になる。その空間にアートを置くことは、私たちが「アートを見る側」として構えてきた姿勢を根本から揺さぶることにもなる。今回はトイレがどのようにアートと結びついてきたのかを、「展示室に持ち込まれたトイレ」と「トイレに持ち込まれた展示室」という二つの視点から見てみよう。

展示室に持ち込まれたトイレ

トイレとアートの関係を語る起点として、欠かせないのがマルセル・デュシャンの《泉》(1917)という作品だ。この作品は、市販の陶器製小便器に「R. Mutt」という署名を加えただけのものだ。彫刻的な加工は一切なく、見た目は公共施設のトイレにあるものと変わらない。ちなみに署名が本人の名前と異なっているのは、自身も委員を務める独立美術家協会(アンデパンダン)展に出展するにあたり、身元を隠すためだった。「何がアートか」ではなく「どの時点からアートになるのか」という問いかけた点でこの作品は美術史において強い影響を与えた。デュシャンは、作品の価値が作家の技術や美しさではなく、「選ばれ、展示される」という制度によって生まれることを示したのである。

この考え方は、その後の現代美術に大きな影響を与えた。ピエロ・マンゾーニの《アーティストの糞》(1961)はその代表例だ。金属製の小さな缶に「作家の排泄物」と記されたラベルを貼り、販売したこの作品は「作家の名前が付いただけで価値が生まれるのか」という問いを突きつけた。ちなみに世界の主要な美術館に収載されているこの作品、未開封となっており中身とタイトルが一致しているかどうかは分かっていない。

さらにマウリツィオ・カテランの《アメリカ》(2016)は、18金で作られた便器が実際に使用可能な状態で展示されたことで一躍有名となった作品だ。豪華な素材と、誰もが行う生理行為との落差は、富や権力の偏在といったテーマを直感的に浮かび上がらせるものだ。これらの作品において、トイレは不潔さや下品さの象徴ではない。むしろ、美術の価値を成立させてきた前提条件を露わにする、極めて挑発的なアイコンとして機能している。ちなみにこの作品、過去に一度盗難されるという憂き目に遭っている。

トイレに持ち込まれた展示室

日本の石川県にある金沢21世紀美術館。ここは日本で数多くの現代アートに出会える場所として有名な美術館であるが、デュシャンらとは異なるアプローチでトイレに対峙している作品がある。ピピロッティ・リストの《あなたは自分を再生する》という作品は一般的な展示室ではなく、来館者が実際に使うトイレの内部に設置されている。個室の壁に、30センチ四方の祭壇を設け、中にはクリスタルと美術館をモデルとしたオブジェが配置されている。オブジェには飲食物が体内で血液、涙、内臓組織へと変化する様を賛美するような映像と、排泄物に対しての感謝の言葉が投影される。

重要なのは、このトイレが「作品専用」ではない点だ。鑑賞のために入室するのではなく(もちろん鑑賞のためでもよいのだが)、用を足すために入る。その行為の途中で、ふと光や映像に気づく。気づかない人がいても構わないし、長く留まる必要もない。アートとしての主張はごく控え目で、展示室に求められてきた静けさや感覚を、日常空間にそっと持ち込んでいる。こちらの作品ではここではトイレは挑発の対象ではなく、身体と感覚が自然に結びつく場所として扱われている。現代美術が、思考だけでなく体験そのものを重視する方向へ進んできたことを象徴する事例と言えるだろう。

トイレ作品が示す、現代美術の現在地

トイレとアートの関係を整理すると、現代アートの二つの方向性が見えてくる。一つは、展示室にトイレを持ち込み、美術の価値や制度を問い直すアートだ。デュシャンやマンゾーニ、カテランの作品は、「これは本当にアートなのか」という違和感を通じて、私たちが無意識に受け入れてきた前提を揺さぶってくる。

もう一つは、トイレという日常空間に展示室の感覚を持ち込み、鑑賞体験そのものを変えるアートである。金沢21世紀美術館の事例は、アートが必ずしも「構えて見るもの」でなくても成立することを示している。トイレは、誰にとっても平等で、馴染み深い場所だ。そこにアートが入り込むと、鑑賞は特別な行為ではなく生活の延長になる。アートは私たちの生活と決して遠い存在ではないことを、こうした作品たちは教えてくれる。

<プロフィール>
コウチ ワタル
東京在住の美術ライター。2025年にアートナビゲーター(美術検定1級)の資格取得。中学生の時に美術の資料集で目にしたルネ・マグリットの作品を見て美術の世界に興味を持つ。それ以来、国内外の美術館、国際芸術祭を訪問するようになる。好きな作家はルネ・マグリットのほか、レアンドロ・エルリッヒなど。このコラムでは開催中・開催予定の芸術祭、企画展、常設展の紹介の他、社会人として押さえておきたい使える美術の基礎知識を紹介。

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