こんな内装見たことない!昭和史が刻み込まる昭和ラブホ
三脚を背負い、愛機のカメラCanon EOS R6 Mark IIと広角レンズ、ストロボをかばんに詰めて、いざ出発。ラブホテルならではの“ご休憩”と“ご宿泊”のシステムをうまく噛み合わせながら全国を行脚するゆななさん。
Z世代の彼女が、なぜそこまで昭和ラブホに激ハマりしたのでしょう。
「大きな理由は、昭和ならではの“贅沢さ”ですね。昭和の頃は1部屋に2,000万円をかけるなんてザラにあったそうです(現在の価値で6,000~1億円)。2階にある透明バスタブを1階から見上げられる部屋もあり、そこまでしてお風呂を覗きたい気持ちもおもしろいです」
確かに、ゆななさんが紹介する昭和ラブホはどれも近年のカップルズホテルにはない、「やりすぎだよ!」とツッコみたくなるほどのゴージャス感とサービス精神がみなぎっています。それでいてどこか切ない哀愁と背徳感が漂い、二度見を禁じ得ないディープな魅力を放っているのです。
「単に派手なだけではなく、昭和の流行にリンクしているところが興味深いです。たとえば汽車型のベッドが前後に移動する部屋があって、ルーム名が“銀河鉄道999”。あと、UFOの形をしたホテルが千葉県にあるのですが、当時はピンクレディが流行っていて、ヒット曲『UFO』にちなんでその外観にしたと聞きました」
造形に昭和史がしっかりと刻み込まれている昭和ラブホは、言わば「泊まれるタイムマシン」なのです。
昭和ラブホは新風営法や経営者高齢化などで危機に
では、昭和ラブホにあった強烈な美意識は、なぜ消えてしまったのか。それは予算の問題だけではありません。
主な原因は昭和60年(1985)に施行された通称「新風営法」(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)にあります。それまでは許されていた回転ベッドや鏡張りの部屋は新設が極めて難しくなったのです。そして、オーナーの高齢化とともに、昭和ラブホそのものの減少が進んでいます。
「これまで取材した最高齢のオーナーさんは89歳でした。チェーン店ではなく個人事業の昭和ラブホは跡継ぎがなく、どんどん消えていっています。存在は知っていたのに閉業に間に合わなかったホテルはいくらでもあるんです。『数か月前までバリバリ営業していたのに』……って」
ホームページを残したまま、すでに閉業しているパターンも。
「もう電話がつながらないのに、どうしても諦めきれずに、外観だけでも撮影したくて現地へ行った日もありました。訪れてみると案の定、ホテルは解体工事の真っ最中。たまたまオーナーさんがいらっしゃって話しかけてみたら『2週間前に来てくれたら全室を撮影させてあげたのに』と言われて。『解体中でもよいし、お金も払うから部屋を見せていただけないか』とお願いしたのですが『もう電源を落としちゃったから無理』と。そういう経験は1度や2度ではないです。画像が残せなくて、いまだに悔いが残りますね……」
昭和ラブホ50軒を厳選した記録集
回転ベッドなどのギミックが現存している昭和ラブホが速度を上げて減少するなか、貴重なドキュメントを集めた新刊が『昭和ラブホへ、20代女子がひとりで巡った205軒』(二見書房)。
これまで取材した昭和ラブホから50軒を厳選したこの本は、彼女が“昭和ラブホ3代ベッド”と定義する「回転」「馬車」「貝殻」型のベッドや、ディスコのホールのように光が点滅する床、天井を覆うルーレット盤、ウォータースライダーなど遊園地級の設備の記録がズラリ。
どれも1960年代~1984の約20年の間に造られたもので、狂おしいまでに高度成長期の勢いが感じられます。
「ベッドだけではなく、お風呂がすごいのも昭和ラブホの特徴の一つです。お風呂はホームページやSNSに載っていない場合があり、行ってみて初めてバスタブが金色だったり王宮調だったりして衝撃を受けるケースはたくさんあります」
ゆななさんは部屋を撮影するのみならず、回転ベッドや電動する設備は必ず試乗(?)するのがポリシー。実際に回転を体験し、振動を感じて、どんな気持ちになるのでしょう。
「自分が回っている姿を鏡越しに見ると、『かなりシュールだな』と思います。でも、それよりも昭和生まれの機械が現役で動いている感動の方が強いですね。古い機械ですから存在がすっごく貴重なんです。実際、数か月前まで回転していたのに壊れて動かなくなったベッドもありました。故障すると修理できる業者さんはもうかなり限られていますし……」
かつては情欲をかき立てるために設けられた回転ベッドですが、Z世代にとっては性愛の回り舞台ではなく、昭和のテクノロジーの粋を集めた貴重な文化遺産の追体験なのでした。
単身取材で「自殺が目的?」と怪しまれる
就職してからは、休日は北海道から沖縄まで、ほぼ昭和ラブホ巡り。給料の大半を費やすほど夢中になりました。
「これまでかかった費用は……恐くて数えていないんです。数百万……いや、コワい! とりあえずお金がないので節約するために、移動は主に高速バスと路線バスを利用します。長距離バスで11時間揺られるのはしょっちゅうです。路線バスも、ホテルの目の前でちょうどよく停まってはくれません。最寄りのバス停から徒歩で40分は、よくあります。どしゃ降りのなか、舗装されていないぬかるみの道を歩いた日もありました」
いやもう、お遍路さんの世界です。昭和の頃は、ロードサイドにあるラブホテルは「モーテル」(モーターホテル)と呼ばれ、徒歩での来客は想定されていませんでした。そのような環境のなか、ずぶ濡れになった女性が歩いて一人でラブホテルへやってくる。ホテル側が、単身のゆななさんにただならぬ気配を感じる場合もあるのだそうです。
「パネルで部屋を選んでいると男性スタッフさんがやってきて、『お姉さん、一人? まさか自殺しに来たんじゃないよね?』と訊かれたことがありました。過去に女性一人の宿泊者で、なにかあったんでしょうね」
以前は「怪しまれた」という昭和ラブホ研究、SNSに尽力したおかげで最近ではホテル側に認知され、この頃は取材や掲載を歓迎されるケースが増えたと言います。そんなゆななさんの、これからの目標は。
「夢は、閉業したラブホのベッドや備品などを展示する“昭和ラブホテルミュージアム”の建設です。実は新刊のなかで紹介したホテルにも、もうなくなってしまったところもあって。独特なデザインなど誰かが残しておかないとこの文化が消えてしまう焦りがありますね」
愛を育む場所であるラブホテル。そこで育った愛が、世代を超えて若者に伝わっているのだなと筆者は感じました。回転ベッドは止まってしまっても、愛のグルーヴは止まらない。
『昭和ラブホへ、20代女子がひとりで巡った205軒』
(ゆなな著/2,420円・二見書房)
平成生まれの女性が全国200軒超の昭和ラブホをひとりで巡り厳選! 美麗写真と独自研究でその魅力を凝縮した文化遺産探訪記。
撮影・画像提供/ゆなな 取材・文/吉村智樹







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