2050年には世界人口の約半数が近視になるという予測が出ている。そんな中、窪田製薬ホールディングスが開発した近視抑制メガネ型デバイス「Kubota Glass」が注目を集めている。
従来の「メガネやコンタクトで矯正すればいい」という常識を覆し、近視を矯正するのではなく防ぐという画期的な製品だ。1日1~2時間の装着で近視の進行を抑制し、一部では視力回復の例も報告されている。
この革新的なデバイスの開発背景や技術について、代表取締役会長の窪田良氏に聞いた。
2050年、世界人口の半分が近視に
近視人口は、年々急速に増加している。2050年には全世界人口の約半数が近視になるという予測が出ており、もはや個人、国内だけでなく、世界的な健康課題だ。
特に深刻なのが東アジア諸国だ。中国、韓国、台湾、シンガポールなどでは20歳以下の90%以上が近視という国が多数存在する。日本も例外ではなく、20歳以下の9割以上が近視だといわれている。またアメリカやヨーロッパでは20歳以下の約60%と、世界的な広がりを見せている。
なぜ、これほどまでに近視人口が増えているのか。台湾、中国、シンガポールで行われた研究が答えを示している。子供たちを2つのグループに分け、一方に外遊びを推奨したところ、推奨したグループでは近視の発症率が明らかに低下した。つまり室内で過ごす時間の長さが、近視急増の大きな要因となっていたのだ。
そもそも近視は、人類が本来持っていなかった病気だと窪田氏は指摘する。
「近視は本来、哺乳動物には存在しないものです。近くしか見えない状態では野生動物は生存できません。人間も文明が発達する前は同じでした。メガネが開発されたのは、歴史的に見れば本当に最近のこと。つまり仮に近視になる人がいても生存率は低く、子孫を残せませんでした」
遺伝的な形質として近視が広がるには数十万年単位の時間が必要であり、わずか数十年で起きた現在の近視急増は、明らかに環境要因によるものだという。
さらに深刻なのは、近視が将来の失明リスクを高めることだ。
「緑内障、白内障、網膜剥離、黄斑変性症といった失明に至る重篤な眼疾患にかかる確率は、近視の人の方がはるかに高くなります。緑内障は日本の失明原因第1位ですが、近視との関連が指摘されています。つまり、近視はただ視力が落ちるだけの問題ではないんです」と窪田氏は警鐘を鳴らす。
眼軸が伸びることで近視が進行する
近視とは、眼球が前後に伸びてしまうことで発現する。本来丸い形をしている眼球の奥行きが伸びることで、網膜より手前でピントが合ってしまい、遠くが見えにくくなる。この眼軸の伸長が、近視の根本的な原因だ。
眼軸が伸びる要因は主に2つある。1つ目は周辺遠視性デフォーカスだ。室内で近くを見ていると、視界の中心はピントが合うが、周辺部分はぼやける。目がそのボケを感じると、網膜をその方向に近づけようとして眼軸を伸ばそうとする。毎日朝から晩までそれを続けることで、近視が悪化する。
2つ目の要因は調節ラグだ。近くを見続けると、目の筋肉に力を入れてピントを合わせる必要がある。しかし長時間見続けると目が疲れ、十分に力を入れられなくなる。力が入りきらないと、ピントが合わない状態が続き、遠視性のボケを引き起こす。室内にいると、2つの要因が、重なって作用する。
特に問題なのは、子供の目は成長過程にあることだ。生まれたときは約12ミリだった眼軸が、成人までに約24ミリまで伸びる。眼軸がまだ定まっていない成長期は、外部環境の影響を受けやすい。室内で近くばかり見続けると、眼軸が正常な範囲を超えて伸びてしまうのだ。
窪田氏はさらに、発症時期の重要性を指摘する。「近視の発症が早ければ早いほど、最終的な近視は悪くなります。5歳で発症するのと15歳で発症するのでは、伸びる期間が10年も違うため、その分眼軸が長くなってしまうわけです」
環境要因で眼軸が伸びてしまう以上、子供の生活環境を変えることが近視予防の鍵になる。
「失明撲滅」ミッションから生まれた技術
窪田製薬ホールディングスは元々、網膜の失明疾患治療薬を開発していた。この薬は目のエネルギー消費を抑えることで網膜を安静にし、病気の進行を抑えることを目指すものだった。
研究の過程で、窪田氏らは目のエネルギー消費に関する重要な発見をした。実は暗闇で目をつぶっている時の方が、明るい場所で目を開けている時よりもエネルギー消費が多い。暗闇では、わずかな光をキャッチするために100%のエネルギーをかけて準備しているためだ。逆に言えば、光が入ると目は安静になるということ。
この知見から、光を発するコンタクトレンズや眼鏡の開発へと進んだ。しかし窪田氏は、この技術を他の眼科疾患にも応用できないかと考えた。そこで注目したのが近視だった。
「世界から失明を撲滅する」というミッションを掲げる同社にとって、患者数が最も多い病気をターゲットにすることは、自然な流れだったのかもしれない。窪田氏はこう語る。
「近視患者は圧倒的に多い。肥満、高血圧、糖尿病のどれよりも多いんです。全世界人口の半分が近視になるという状況は、もう異常な事態です。だからこそ、この世界的な健康課題の解決に挑戦しようと決めました」
近視は遠視性デフォーカスが原因だ。それならば、映像を投影して真逆の近視性デフォーカスのシグナルを網膜に入れ続ければ、眼軸の伸びを引き戻せるのではないか。この仮説を検証するため、まず大型の設置型デバイスを開発した。
デバイス内に被験者を座らせ、遠くを見させながら網膜周辺へ映像を投影する。その間、網膜の動きを観察した。仮説通り、網膜を手前に引き戻すことができた。
窪田氏はこう振り返る。
「網膜を手前に引き戻すことに成功しました。これは世界で初めて、映像を投影する技術によって眼軸を動かすことを実証したものです。この画期的な研究成果は、2022年にシュプリンガー・ネイチャー社が刊行する学術誌『Scientific Reports』に掲載され、近視治療における新たな可能性を示しました」
実証を終えた窪田氏らは、デバイスの小型化に取り組んだ。大型の設置型からヘルメット型へ、そしてメガネ型へと改良を重ねた。子供が使うものなので軽量化は必須だった。また、毎日2時間もの時間、デバイスの前に座り続けるのは現実的ではない。その点、メガネ型にすれば日々の生活の邪魔をすることなく使い続けることが可能になる。こうした考えのもと、現在のKubota Glassが完成した。
装着して普段通り過ごすだけ、それで効果が得られる
Kubota Glassは、AR技術を用いて外で遠くを見ている状態を再現するメガネ型デバイスだ。フレームには8つのプロジェクターがあり、映像を投影する。レンズでボケの程度を調整し、中心部の八角形のミラーで反射させて目の中に入れる。プロジェクターから投影された映像は、瞳孔を通り、網膜の周辺部に届く。
投影される映像は、白と黒のマルタクロスという図形だ。眼科の心理実験でよく使われるパイのような形をしており、白と黒のエッジ部分が良い刺激になると考えられている。
使用方法は極めてシンプルだ。1日1~2時間かけるだけでよい。
「スマホを見ても本を読んでも大丈夫です。その距離よりさらに前方に映像が投影されているため、何をしていても効果が期待できます」と窪田氏は説明する。
かけている間は、普通に日常生活を送れる。テレビを見ても、勉強をしても、ゲームをしてもかまわない。近視性デフォーカスの映像が常に投影されているため、近くを見ていても近視進行抑制効果が期待できる。
現在、進行度に関わらず、どの程度の近視でも使用できる。中国では近視が発症する前の子供に使ってもらい、近視発症を防げるかどうかの臨床試験も行っている。台湾では近視の人に使ってもらい、近視の進行が抑制されることが確認できている。
半年で眼鏡不要に、実際の改善例
Kubota Glassが目指すのは、近視の進行を遅らせること、そして可能であれば止めることだ。実際に使用した子供たちの中には、長年続いていた近視の進行が止まった例が報告されている。
窪田氏はある使用者の例を紹介する。
「その方は小学校時代、毎年近視が進行していました。しかし使い始めてから急に止まったんです。眼科医からは『一体何をしたらそこまで止まるのか』と驚かれたそうです」
さらに驚くべきことに、視力が回復した例もある。半年から1年の使用で眼鏡が不要になった使用者も報告されている。まだ数は少ないが、進行を止めるだけでなく、改善する可能性も示されている。
ただし効果には個人差がある。近くをどれだけ見るか、室内で過ごす時間など、ライフスタイルが大きく影響するためだ。近視の進行スピードは身長の伸び方と同じで、個人によって異なる。
窪田氏は、平均して1日2時間程度の装着を推奨している。ただし進行が早い人はもっと長時間、反対に普段から外にいることが多い軽度の近視の人は、2時間未満の使用でも効果が期待できる。このように、使用者の状態に応じて調整が可能な点も、この製品の特徴の一つだ。
1日2時間、屋外で遠くを見ることの効果
Kubota Glassは近視進行を抑制するデバイスだが、本来最も効果的な近視予防法は外遊びだ。窪田氏はこう語る。
「アジア諸国では外遊びを取り入れることで、実際に近視が減ってきているという研究結果が出ています。外遊びが子供の近視予防に効果的であることは、はっきりしたエビデンスがあります」
外遊びは脳の発達、筋肉や身体の発達、目の健康など、あらゆる面で重要だ。文明が発展する前の人間は、毎日動き回り、不整地を走るような運動をしていた。それが人間の進化に必要だった。現代のように座っていたり、平らな道路を靴を履いて歩いたり、近くを見続けたりする生活は、本来の人間の姿とは異なる。
では、どれだけ外遊びをすればよいのか。窪田氏は興味深いデータを示す。
「1日16時間起きているうち、14時間近くを見ていても、2時間ほど外で遠くを見れば近視になりにくいというデータがあります。それほど目は近視を防ぐようにできているんです」
つまり、毎日2時間遠くを見る時間を確保さえできれば、24時間のうち14時間もの間、近くを見ていても良いということだ。
「細切れでも構いません。通勤通学の時間、散歩、買い物など、外にいる時間を少し増やすだけです。ただ、外で光を浴びていたとしても、スマートフォンなどに触れていては意味がありません。あくまで、手元ではなく遠くを見ること。成人してからももちろん効果を期待できますが、これを幼少期から成長期を終えるまで続けることができれば、将来的な目の健康維持に大きく役立ちます」
ただし、現代の生活環境では外で遠くを見る時間を確保するのが難しい場合も多い。子供は室内での習い事や勉強時間が増え、大人はオフィスワークやリモートワークで一日中室内にいることも珍しくない。
このような環境だからこそ活躍するのが、Kubota Glassだ。AR技術を用いて網膜周辺に特殊な映像を投影することで、屋内にいても外で遠くを見ている状態を目に対して再現する。外で過ごすことの重要性は変わらないが、目の健康に関しては、Kubota Glassが外遊びと近い効果を得られる選択肢となる。
全てのウェアラブルデバイスへの実装を目指す
今後の普及戦略について、窪田氏は壮大なビジョンを語る。
「理想的には、このテクノロジーをあらゆるウェアラブルデバイスに実装したいと考えています。MetaやApple Visionなど、スマホの次がウェアラブルデバイスだと言われていますが、そういうものに近視抑制技術を組み込むことです。子供が使う場合は、必ずその技術を使って近視を抑制しながら使える時代を目指しています」
現在、様々な企業がウェアラブルデバイスを開発している。もしこれらすべてに近視抑制技術が標準装備されれば、デバイスを使うこと自体が近視予防になる。近視進行を気にせずに、子供たちが安心してテクノロジーを活用できる社会が実現する。
ただし、現在の課題は価格だ。Kubota Glassは77万円と高価なデバイスになっている。
「現在は非常に高価なデバイスになっているため、価格をどう下げていくかが課題です。サブスクリプションモデルの導入など、様々な方法を検討しながら普及に努めていきたいと考えています」と窪田氏は説明する。
窪田製薬ホールディングスのミッションは「世界から失明を撲滅する」ことだ。近視は緑内障や白内障など、将来的な失明リスクを高める。しかし日本では、近視が深刻な病気であることがまだ十分に認識されていない。窪田氏の挑戦は、技術開発だけでなく、近視を病気として認識させることにも向けられている。
2050年には世界人口の半数が近視になると予測される中、近視を矯正するのではなく防ぐという新しいアプローチが広がり始めている。
取材・文/宮﨑駿
都道府県別にみる近視の重症度ランキング、最も低いのは長野県、最も高いのは?
日本人の多くが悩まされている近視。その重症度に地域差はあるのだろうか? JINSと、大阪大学大学院医学系研究科・医学部 社会医学講座 公衆衛生学は、JINSが保…







DIME MAGAZINE
















