土屋アンナさんの母で、モデル事務所代表の土屋眞弓さんが1年半の闘病の末、2025年12月12日に亡くなった。膵臓がんのステージIVだった土屋さんは、自身の半生と人生観を振り返る著書『人生あれか、これか』を遺した。その本作りに携わった編集者が、土屋眞弓さんとの想い出を記す。
「凛とした武士のような人だった」土屋アンナさんの母・土屋眞弓さんと、そばにあった言葉たち
土屋アンナさんの母で、モデル事務所代表の土屋眞弓さんが1年半の闘病の末、2025年12月12日に亡くなった。膵臓がんのステージIVだった土屋さんは、自身の半生と…
土屋眞弓さんの言葉を振り返って
土屋家の玄関には、眞弓さんが高校生の時に揮毫した「あれかこれかの決定が人生だ」という書が飾られている。『人生あれか、これか』のタイトルはこの書が元になっており、これは眞弓さんの人生観を表している言葉である。

「多分早いと思うよ、決断するの。元々悩まない人だから。悩まないっていうのは、とにかくやってみなきゃわからない、試してみないとわからない、試して失敗したら別をやればいい、っていう考え方だから」
眞弓さんはとにかく迷わない。娘の土屋アンナさんから所属事務所を作ってほしいと頼まれたときも、芸能界についてまったくの素人なのに、ほんの一瞬だけ悩んで「わかった」と言って即行動に移し、亡くなるまでマネジメントの仕事を続けた。どうして決断が早いのか、その問いかけにはこう答えてもらった。
「だって、止まれないでしょ? じっとしていたって時間は過ぎていくわけだし。先延ばししていいことと、しない方がいいことがあるけど、何かを決める時って、だいたい先延ばしできないじゃないですか。ただ、その瞬間で決めたことが正しいかどうかっていうのは、後になってみないとわからない。だけど結果的に責任を取るのは自分なんだから、その自分が『これだ』と思ったことを選択しているんだし、それが最終的に間違っていたとしても、それはまたその先で修正が効くんだろうって私は思っているんです。そういうね、変な自信を持った方がいいんです。『絶対大丈夫』って」
そして「わからないことは聞けばいい」というのも眞弓さんのポリシーだ。ある日お宅へ伺ったところ、ノートパソコン相手に何やら難しい顔をなさっていたので、どうしたのかと尋ねてみると、飛行機のチケットを取ろうとしているがどうにも上手くいかないと言うので、ネット上のトラブルシューティングを私が手伝い、最終的にはご自身で電話をしてチケットを押さえていた。「わからないことはプロや詳しい人に聞いたり、任せたほうが早いから」と言い、こうもおっしゃっていた。
「わからないことを恥ずかしいと思う人もいるみたいだけど、全然恥ずかしいことじゃない。わからないことをわからないままにする方が、もっと恥ずかしいんです。知ったかぶりしたりとかね。それはもう絶対やっちゃダメ!」
起きてしまったことは引きずらない、面白いことを考えていつでも前向きに、知らないことは詳しい人に尋ね、物事には深刻にならずに真剣に向き合う、そして最後は誰かと比べずに「私は私」で判断する、それで自分が納得できればOK──眞弓さんからは、そんなことをたくさん教えていただいた。
「だいたい何か大変なことがあったり、辛いことがあったりしたって、誰もそれを代わってくれないじゃない? 代わってくれないんだから、自分がやるしかないのよ。どんなことがあっても」
人生で迷ったとき、ぜひ『人生あれか、これか』を開いてみてください。
文・成田全(ナリタタモツ)
書籍情報
2025年6月1日放送の『おしゃれクリップ』(日本テレビ系)でも話題となった、モデル・歌手である土屋アンナさんの母・土屋眞弓さん。優しく強いその生き方と、これまでの波乱万丈の人生について綴った書籍『人生、あれかこれか』。あとがきにかえて、娘・アンナさんのロングインタビューも掲載しています。

『人生、あれかこれか』
著・土屋眞弓
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