
行楽地でのレンタカー利用。これは「旅の選択肢」を大きく広げると同時に、思い出をより深いものにしてくれる。
しかし、何事にも「難点」が存在する。レンタカーの場合は、ピックアップとドロップアウトの場所が同じという点だ。言い換えると、レンタカーの乗り捨ては基本的にはできない。
別分野を例に出すと、航空券には「オープンジョー」という概念がある。成田からローマへ行き、そこからは陸路でミラノへ向かい、オリンピックを観戦する。帰路はミラノの空港から日本へ……というスケジュールだ。ローマからミラノへの移動の手間が発生するものの、単にオリンピック観戦に留まらない観光旅行が可能になる。
レンタカーにはそういうことは不可能で、どうしてもという場合はワンウェイ料金を払わなければならない……というのは去年までの話。実は2025年は、「片道レンタカーサービスの曙」と言える年になったのだ。
成田空港までのレンタカーを片道利用できる!
2024年10月3日のことである。
Pathfinder株式会社が、PR TIMESにこのようなプレスリリースを配信した。『カタレン、成田空港と実証実験を経て本格的に事業を開始』という題である。
「MaaS社会の実現に不可欠な最適配置アルゴリズムを開発・運用するスタートアップPathfinder株式会社(東京都渋谷区 代表取締役:小野崎悠介 以下、当社)が提供する片道レンタカーサービス「カタレン」が、成田国際空港株式会社(千葉県成田市 代表取締役社長:田村 明比古、以下「成田空港」)及び株式会社MIC(横浜市都筑区、代表取締役社長:増田 信夫、以下「MIC」)と連携して実施してきた「成田空港専用片道レンタカー」≪カタレン for Narita≫の実証実験を経て、10月から本格的に事業を開始することを発表いたしました。」
(カタレン、成田空港と実証実験を経て本格的に事業を開始 PR TIMES)
都心にある提携拠点から成田空港に設けられた拠点へ行くためのレンタカーで、成田空港に着いてしまえばあとは返却するだけ。つまり、これはプレスリリースにもある通り「片道レンタカー」なのだ。基本料金とは別に発生するはずのワンウェイ料金は、片道レンタカーでは当然発生しない。
国際空港へ行くための交通手段として考えるなら、悪くない……いや、「素晴らしい」とすら言えるものである。
筆者自身も経験があるが、海外旅行のために自分の運転する車で出発地の空港へ行くというのはかなりハードルが高い。駐車場のことを考えなければならないからだ。その料金もさることながら、空き状況もチェックする必要がある。そんな手間を避けるとしたら、旅行に同行しない家族もしくは友人にハンドルを握ってもらうしかない。
ピックアップ地点とドロップアウト地点が別になっているカタレンを使えば、そのような悩みから解放されるのだ。
複数事業者が手を取り合う
さて、上のプレスリリース配信の「時点では、本格的なオペレーションが開始されたばかりということで巷での知名度はあまりなかったはずだ。が、そこから8ヶ月で中国地方での実証実験を行うに至った。
MaaS社会の実現に不可欠な最適配置アルゴリズムを開発・運用するスタートアップPathfinder株式会社(東京都港区 代表取締役:小野﨑 悠介 以下、当社)は、西日本旅客鉄道株式会社(本社:大阪市北区、代表取締役社長:倉坂 昇治)、株式会社JR西日本イノベーショ ンズ(本社:大阪市北区、代表取締役社長:川本 亮)が展開する、JR西日本グループが持つ特徴ある資産等を活用し、スタートアップ企業等と新しい価値を創出する事業共創プログラム「ベルナル」に参画しています。その最終審査として、当社は、西日本旅客鉄道株式会社、JR西日本レンタカー&リース株式会社(本社:兵庫県尼崎市、代表取締役社長:妙泉 貴史)の3社で、レンタカー片道利用の促進とそれに伴う地域活性化を目的とした実証実験を2025年7月1日(火)~7月31日(木)まで、岡山-福山-広島間にて実施することとなりましたので、お知らせいたします。
(Pathfinder、中国路線の三拠点(岡山・福山・広島)で1ヶ月限定のカタレン実証実験を開始 PR TIMES)
JR西日本の実験プロジェクトの枠内で、期間は僅か1ヶ月。しかし、首都圏ではない地域にも新しい交通概念を展開したこと自体に、極めて大きな意義が含まれているのではないか。
なお、Pathfinderは国土交通省の地域交通DX推進プロジェクト『COMmmmONS』に採択されている企業である。そのCOMmmmONSの公式サイトには、 Pathfinder代表・小野崎悠介氏のこんな言葉が記載されている。
片道レンタカーは、一社だけの努力では広がりません。複数の事業者が連携し、共通の基盤でサービスを展開することで初めて広域的な利便性が実現します。
「移動はひとつの手段だけで完結するものではありません。新幹線や飛行機に乗り換えるのは当たり前ですよね。だからこそ、標準化やデータ連携が進めば、もっと自由に移動を組み合わせられるようになるはずです」と小野崎氏。
「例えば、空港に到着した利用者がアプリでレンタカーを予約し、地方都市まで片道で移動。現地ではシェアサイクルに乗り換え、帰りは鉄道で都市部に戻る。こうした複数の交通手段をまたいだ移動が、シームレスに行えるようになるのが理想です。」
(もう返却のために運転しなくていい。移動の自由を広げる片道レンタカー「カタレン」 COMmmmONS公式サイト)
昭和30年代、日本各地の観光地では複数の鉄道会社が運営する観光バスが文字通り鎬を削っていた。箱根山戦争がいい例だが、西武系列のバスと小田急系列のバスが国鉄小田原駅でスピーカーを最大ボリュームにして「箱根に行くバスはこちらです!!!」と叫び、小田原駅長から何度も注意されていた。道中ではレースまで繰り広げていたらしい。人口ボーナス期に向かっていた時代だからこそ、各社は「一社独占」を本気で目論む余地があったということだ。
が、2020年代は状況が全く異なる。上の記事には「複数の事業者が連携し、共通の基盤でサービスを展開することで初めて広域的な利便性が実現します」とあるが、これは「複数の事業者が連携し、共通の基盤でサービスを展開しなければ広域的な利便性を実現することができません」と書き換えるべきだ。まさに人口オーナス期真っ只中の国の光景である。
が、人口の増減や国民平均年齢はさておいても、交通分野とは本来「各分野の複数の企業が協業する」というのが最も合理的な形ではないか。
日本の交通ビジネス業界はまるで『信長の野望』
自社のサービスだけでなく、他の交通手段の存在も考慮して全体の設計図を描く。片道レンタカー事業の場合、ある程度大きな駐車場を他社から借りなければならないという事情もあって独善的な抜け駆けは決して許されないのだろう。
こうしたことは、日本の交通事情を知らない外国企業には絶対にできない。
2019年、元陸上選手のウサイン・ボルト氏が創業に関わった電動キックボードシェアリングサービス『Bolt Mobility』が日本に上陸した。「上陸した」といっても、ボルト氏が来日して記者会見と試乗会を開いただけだが、それでもこの話題はテクノロジーメディアからカーメディア、そして民法のテレビ局や大手紙までもが大きく取り上げた。やはり、世界最速の男の知名度は大きな注目を生み出すのだ。
しかし、Bolt Mobilityの日本でのその後は全く聞かれない。
このシェアリングサービスの末路を説明した日本語の情報は、個人ブログを除いて筆者が@DIMEで執筆した記事しか見当たらない。アメリカ各地で車両を放棄した状態でサービスを終了したのだが、日本進出の話に限って言えば上の記者会見以降は「何もなかった」と表現するしかない。
ウサイン・ボルトのBolt Mobilityは車両を放置したまま事業放棄、電動キックボードシェアサービスが抱える課題
「世界最速の人類」ウサイン・ボルトの電動キックボードシェアサービス『Bolt Mobility』の杜撰な結末 ウサイン・ボルト。今に至るまで「世界最速のホモ・サ…
道幅が狭く道路が混雑しやすい日本では、交通関連の新規事業を具現化する前に国交省や警察庁との調整・連絡を行わなければならない。いや、それよりも交通分野の他業種の事業者との調整が待っている。しかも日本の場合、地域毎に路線バスやタクシーのメインキャストが全く異なるということが当たり前。水平線の向こうからやって来たスタートアップは、右も左も分からない状況でシミュレーションゲーム『信長の野望』のようなことをやらされるのだ。
それは、日本の事情に疎い外国企業にとっては「壁」そのものである。Bolt Mobilityは、その壁を見て踵を返した……と評価するしかない。
そうした背景を改めて認識すると、「複数の事業者との連携」が極めて重大な意味を帯びていることがよく分かる。
島根県で実験的なキャンペーンが
片道レンタカー事業は、この1年ではっきりと頭角を現すようになった。
同時に、従来のレンタカー事業に一時的な「ワンウェイ料金免除」を施し、実質的な片道レンタカーにする試みも行われている。島根県と公益社団法人島根県観光連盟、ANAグループが現在行っている萩・石見空港レンタカー乗り捨て0円キャンペーンがそれだ。
島根県および公益社団法人島根県観光連盟では、萩・石見空港を活用したさらなる観光誘客の促進を目的に、ANAグループと連携して、東京(羽田)=萩・石見線の利用促進事業を進めています。
この度、新たに「萩・石見空港片道利用で、レンタカーの乗り捨て料金が0円になるキャンペーン」を期間限定・台数限定で実施します。このキャンペーンにより、山陰エリアや近隣県との広域周遊を促し、萩・石見空港の利用促進を図ります。
(島根県×ANAグループ連携 萩・石見空港片道利用でレンタカー乗り捨て料金0円キャンペーン PR TIMES)
萩・石見空港と鳥取空港、米子空港、山口宇部空港をつなぐ片道レンタカーを導入することにより、山陰地方周遊旅行をより手軽なものにしようという野心的なキャンペーンだ。なお、上のプレスリリースを配信しているのは島根県である。
自治体が片道レンタカーの可能性に着目している、という事実に注目する必要がある。日本という国の構造上、都道府県や市区町村の意見は(どのような形であれ)必ず制度に反映される。中央省庁が地方自治体にそれだけ気を遣っている、と表現してもいいだろう。
以上の出来事を根拠に、「数年後にはレンタカーは片道利用が当たり前になる」と言い切ってもバチは当たらないはずだ。
【参考】
カタレン、成田空港と実証実験を経て本格的に事業を開始 PR TIMES
もう返却のために運転しなくていい。移動の自由を広げる片道レンタカー「カタレン」 COMmmmONS公式サイト
島根県×ANAグループ連携 萩・石見空港片道利用でレンタカー乗り捨て料金0円キャンペーン PR TIMES
文/澤田真一







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